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アートとビジネス(前編):AI社会のサバイバルでアーティスト思考は武器になるか

ビジネスの世界において、アーティストが作品を創造する方法である「アート思考」の考え方が広まってきています。しかし自由であるはずのアート業界は、実は因習にとらわれた狭く閉ざされた世界です。今回は、そんなアートワールドの概要とそこに押し寄せるテクノロジーについて紹介します。

第1回アートとビジネス(前編):AI社会のサバイバルでアーティスト思考は武器になるか
第2回アートとビジネス(後編):アートワールドとテクノロジー

         

登場人物

大学講師の知久卓泉(ちくたくみ)
眼鏡っ娘キャラでプライバシーは一切明かさない。

五里雷太(ごりらいた)
IT企業に勤めるビジネスパーソン。

テックジー
主にCGを制作しているアーティスト、最近は生成AIも駆使する。

 

アートとは何か

 チクタク先生

今回の話のテーマですが、AIではなくアートになります

 ゴリくん

今度はアートですか。意外ですね。AIネタがなくなったのですか?

 チクタク先生

いえ、AI関連の発表や論文は相変わらず大量にあるのですが、従来の考え方を否定するような話が出てきたので、確認できるまで少し様子見する必要があるのです。このテーマに関しては。しばらくお待ちください

 ゴリくん

そういうことですか。で、アートといえば、油絵のような絵画を思いついてしまいますが、デジタル分野の最先端にあるAIとは対極にある分野ですね。チクタク先生の専門外じゃないですか

 チクタク先生

そうなのです。そこでアートに詳しい人をお呼びしていますので、ご紹介します。アーティストのテックジー先生です

 テックジー

ご紹介ありがとう。テックジーと呼んでくれ。この名はテクノ爺を略して屋号にしたものだ。老舗の美術団体に所属しており、自称アーティストだ。もっともキャンバスの代わりにタブレット、絵筆の代わりにマウスやスタイラスペンでCGを制作販売している程度で、最近は生成AIなども利用しているからテック系なのだ。ただし、この芸術分野に関しては一家言あるぞ

 ゴリくん

お手やわらかにお願いしますが、”いっかげん”とはなんでしょうか?聞いたことがないのですが

 チクタク先生

その人独特の意見や主張という意味です。最近あまり聞きませんが、ゴリくんも一般常識として覚えておいてください

 ゴリくん

常識かどうかはさておいて、テックジーさんのご意見とは?

 テックジー

さん付けでは呼ばないように。爺さんと言われているようで気分が悪い。ところで今回のコロナ禍の中で、政府から”不要不急の外出は控えろ”と言われ、あらゆるコンサートや劇場、美術館などでのイベントが中止に追い込まれた。このため多くのアーティストたちは、自分の存在意義まで見失ってしまったのだ。芸術活動は、社会にとって実は不要不急だったのかとな

 ゴリくん

そういえば、そんなこともありましたね、というかまだ去年のことでしたか

 テックジー

洋の東西に関わらず、芸術が花開くのは裕福で芸術に理解があるパトロンが存在しているからだ。社会が豊かで余裕がないと、娯楽や芸術にまでお金が回ってこないのが現実だ。ハプスブルグ家の庇護がなかったら、モーツアルトやベートーベンたちの偉大な交響曲は生まれなかったし、茶会を茶道として大成させた千利休は天下人である豊臣秀吉の側近だった。
しかしハプスブルク家がフランス革命によって滅亡しても、クラシック音楽は現代でも活況で、豊臣家が没しても茶道は連綿と引き継がれている。一度誕生した芸術は、たとえ直接何かの役に立たなくても、数世紀も生き永らえることができた。なぜだね?ゴリくんとやら

 ゴリくん

なぜかと急に問われてもわかりませんが、やっぱり何かに役立っているのでしょうね。娯楽かな

 チクタク先生

そもそも、役に立つものだけが残り、役に立たないものは消える、というシンプルな考え方が間違っているのではないでしょうか。もしくは芸術・アートは、社会にとって有用性が高いものなのかしれません。イギリスの社会思想家ジョン・スチュアート・ミルは、功利主義(utilitarianism)における幸福や快楽とは、肉体的・即物的快楽だけではなく精神的・知性的な効用も含まれるとしています。この学説に従うと、アート・芸術は人々に精神的豊かさを与えてくれるので役に立つということになります

 テックジー

うむ。ごく常識的というか健全な考え方だな。もっとも功利主義という日本語では、物事を経済的価値だけで判断するように聞こえてしまうが。
アート、特に絵画は昔から金銭で売買されている。したがって、絵画には当然経済的価値がある。もちろん画家も霞を食べて生きているわけではないので、売れる絵を描かなければならない。職人である宮廷画家なら、王侯貴族からの依頼を受けて肖像画を描いていれば食べていけた。しかしフランス革命以降、依頼があって絵を描くのではなく、内なる欲求から絵を描く芸術家としての画家が増えていきたのだ。産業革命が進み、経済的に余裕がある人々が増えてくるとアートに対する需要も増えて、ロマン派や印象派の画家たちの絵も人気が出て売れるようになった

 ゴリくん

ちょっと待ってください。絵画の歴史も興味深いのですが、一般のビジネスパーソンが対象です。ビジネスパーソンにも役立つアートの価値、で解説お願いします

 テックジー

おや、そんな実利向きだったのか。我輩は教養主義派なので、それならチクタクでもできるだろう。最近流行りのアーチ思考について簡単に説明したまえ。我輩は後ほど、ビジネス抜きのアートの価値について話そう

 チクタク先生

せっかくお呼びしたのにしかたがないですね。アート思考なら理解していると思うので、簡単に説明しましょう。テックジー先生は補足願います

ビジネスにおけるアート思考

※出典:谷田部卓(著)MdN社「未来IT図解 これからのAIビジネス」2018年 現代のサバイバル術(註1)

 チクタク先生

図を参照してください。昔はビジネスにおいても経験と勘で決めるアナログ思考が全盛の時代でした。しかし経済成長が鈍化しコンピュータがビジネスでも日常的に使われるようになってくると、もっと科学的な事実ベースのロジカルシンキングが広まってきます。
さらにダイナミックに動いていく現代社会では、すぐに変動してしまう大量の情報を、正確に把握しようとしても困難です。ソフトウェア開発が、仕様をきちんと決定してから開発するウオーターフォール型から、試作を繰り返すアジャイル型に変わっていったのもこの理由からです。デザイン思考は、顧客視点から情報収集とアイデア出し、試作によって課題解決をする手法ですが、変化に追従する手法として、次第にビジネス世界で普及していきます。
しかし生成AIがビジネスに急速に普及していく時代においては、シンプルなロジカルシンキングで解決できるような業務は、生成AIに任せた方が早く処理できます。AI時代において貴重な人材には、人間にしかできない高度な思考方法が求められるようになります。それが次のステップ”アート思考”だと思います

 ゴリくん

突然、アート思考とかいわれても、せっかく経験と勘のアナログからデジタルに脱したのに、また直観だの美意識だのというアナログに戻るのですか?

 チクタク先生

そうではありません。ロジカルシンキングや分析力があるうえでの、美学であり創造性です。ここでは諸説あるアート思考を、私なりの考えで話すことにします。なぜAI時代におけるビジネスに、アート的な思考方法が必要なのかですが、まず枠にとらわれない自由な発想力です。現在の生成AIでもアイデア出しは可能ですが、原理的に与えられたキーワードと関連性の高い言葉・意味の距離が近い言葉(註2)の中から選んで出力しています。このため生成AIは、模範解答をするのは得意ですが、突飛でユニークなアイデアは出せないのです

 テックジー

その通りだ。CatGPTに書かせたラブレターは使えるが、ギャグは下手で使い物にならん

 ゴリくん

そうなんだ。じゃあボクもラブレター書かせてみよう

 チクタク先生

もっとも「柔軟な発想でアイデアを出しなさい」と、突然言われて出せる人は少ないでしょうね。ユニークなアイデアとは、意外な組み合わせから生まれるケースが多いので、大きな研究所では数学者と生物学者と経済学者のように、できるだけ異分野の研究者たちが集って自由に会話できるようにしています。仕事一筋の会社員より、多彩な趣味を持つ人の方がアイデアマンであることが多いのも事実です

 ゴリくん

そこは理解できますが、柔軟な発想力が必要だという話だけなら、わざわざアート思考という名前にする必要もない気がします

 チクタク先生

アーティストが作品を創造する方法は、既存のデザイン思考と大きく異なるところがあります。それはデザイン思考がクライアントやユーザー視点に立って、その要望を受けてから発想を始めるのに対して、アーティストの思考方法は内発的な動機からアートを創造するところです。しかもそのアートの是非の判断は、アーティストの持つ美学に依っています

 テックジー

まぁそこはアーティストを買いかぶりすぎているな。”無”からなにかを創造することはできない。大自然を観たり他のアートに出会うなど、何らかのきっかけがあって描くべきモチーフは生まれるものだ。が、ここはビジネスの話ではないので後程しよう

 ゴリくん

うーん。チクタク先生が説明した「アーティストの制作方法」をビジネスで使ったら、独りよがりだと非難されてしまいませんかね。なんだかビジネスと真逆の考え方というか……

 チクタク先生

前提としてアート思考とデザイン思考の、どちらが優れて前提いるという話ではありません。各々の手法には特性があるので、ビジネスの場面によって使い分けることが大切です。
新しい商品やサービスを開発する際に、今までは各社とも市場動向調査やユーザーニーズの深堀のようなデータ解析手法で商品開発をしてきました。その結果、市場には似たような商品が氾濫してしまい、差別化が困難になったのです。そこでデータ至上主義から離れ、本当に自社で創りたいオリジナルの商品やサービスのコンセプトやビジョンを創造するための手法として注目されたのが、このアート思考なのです

 ゴリくん

なるほど。特定の製品やサービス単体の開発ではなく、もっと上位レベルの企業理念やビジョンを創る際に利用するなら役立ちそうですね。もっとも、考えたビジョンの根拠を問われて、”直観”としか言えない恐れもありますが

 チクタク先生

確かに自分が時代感覚として漠然と捉えた概念を、単に直観だと言ってしまうと他人には理解されないかもしれません。ですから自分の直感でも、言語化は必要です。ビジネスでは大勢の人と協同で行うものなので、その言葉が共感され、周囲の人たちを巻き込むことが出来ることで、初めてビジョンやコンセプトとして完成するのです

 テックジー

そこがアート業界と最も異なるところだな。”アートワールド”と呼ばれているタコツボのように狭く閉じられているアート業界では、そこの住人だけしか理解できないルールでアートが制作され高額で売買されている。部外者がそのアートの価値を理解できなくても、無視するような業界だからな

 ゴリくん

本当ですか!アートの世界は、そんなところだったのですか

 テックジー

そうだ。では次回のテーマとして、このアート業界とテクノロジーについて我輩が話すことにしよう

【第2回へ続く】

著者:谷田部卓
AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。

(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)

 

参照元

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