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地元に対する愛着を育てるために従来頻繁に用いられてきた手法に「ゆるキャラ」があります。地方創生や町おこしに用いられるご当地キャラクターですが、2021年度には合計1553キャラクターにも上り、10年前から倍増したといいます。
「ゆるキャラ」という言葉の通り、どのキャラクターも「かわいい」「癒される」ことが特徴であるため、数が増えれば増えるほど似通ってくるのは不可避で、自治体によっての差別化が難しくなってしまいました。その結果、2010年から毎年行われていたゆるキャラの地域貢献度を競う「ゆるキャラグランプリ」も2020年には幕を下ろしました。
同じようにB級グルメやご当地グルメも自治体が知名度を上げるために用いられてきました。多くの人たちにとって観光や旅行の目的に「地元の美味しいものを食べる」ことが含まれる以上、地元のグルメを開発することを疎かにすべきではありませんが、こちらもゆるキャラと同じく差別化が難しく「コモディティ化」してしまっているのが現実です。
ゆるキャラやB級グルメが地方創生の一つの施策として、目的を持って活用されることを否定するものではありませんが、「とりあえず間違いないはず」とブランディングの「頼みの綱」にされる時代はもはや過去になりつつあります。
前回言及した建築家であり、都市空間デザインを専門にする東京理科大学教授の伊藤香織氏は、シビックプライドを醸成するものとして「レガシー」と「レゾナンス」という2つを取り上げます。
「レガシー」とは日本語に訳すと「遺産」ですが、「次世代に受け継がれるシビックプライド」のことです。これはまちのだれもが認知している文字通りの遺跡や歴史だけにとどまらず、新しいアクションも住民にとって新しい意味を獲得できれば「レガシー」になります。
例えば、群馬県高崎市に1961年に建設された群馬音楽センターは、群馬交響楽団の本拠地として、また建築家のアントニン・レーモンドによる独特の建築として知られています。2008年に取り壊しが議論された際、まちでは反対運動が起きたといいます。それにより、この建物はまちの人たちにとって大きな意味を持つ「レガシー」として認知されるようになりました。
一方、「レゾナンス」とは日本語で「共鳴」と訳され、「今、広がっているシビックプライド」のことです。具体的には、現在進行中のアクションが新しいまちのニュースとして人やまちの関係性を揺さぶり、連鎖を生み出します。
例えば、東京都町田市を本拠地とするFC町田ゼルビアは1989年にチーム創立後、2011年にJリーグに入会、2023年にJ2優勝を果たし、念願のJ1昇格を果たしました。町田はもともと「少年サッカーの街」として知られていましたが、自分たちがサポートするチームの成長ストーリーを通じて、子どもからお年寄りまで、町田市の人たち全体を共鳴させています。
言い換えると、「レガシー」とは現在と過去をつなぐ連鎖であり、「レゾナンス」は現在の空間の中で生まれる連鎖です。つまり、唯一無二のシビックプライドは横軸に広がる「空間」と、縦軸に広がる「時間」の連続性が交差するところに立ち上がるのです。ゆるキャラにしても、B級グルメにしても、地域の歴史や文化とつながりが深ければ、シビックプライドを育みますが、マーケティング戦略として外から与えられたに過ぎないケースも少なくありません。
全国の自治体が地方創生の原動力になるシビックプライドを醸成するためにさまざまな試みを行っています。この点、首都機能を持ち、地元出身者が少ない東京都市圏ほど、シビックプライドを醸成するのが困難なエリアはないかもしれません。
例えば、大阪圏の地元出身者は79.2%、中京圏では82.5%ですが、東京圏の地元出身者は68.1%にとどまります。また、東京住民の27.6%が「5年後には引っ越している」と答えるなど、人口移動率が高く、ライフステージに合わせて移り住む場所の典型的な場所が東京という場所です。
また、東京は首都圏機能を保持しているため、レガシーやレゾナンスも「東京」「Tokyo」という範囲を超えて、「日本」「ニッポン」まで広がることが多く、シビックプライドを醸成しづらいといえるでしょう。
さらに東京都市圏の住民は、そもそも自分たちが「東京」というまちにコミットできるという感覚を持ち合わせていません。東京という街を「消費」することは考えても、「創生」したり、「参加」したりすることで積極的に関与しようという意識が希薄なのです。
そんな中、令和3年度に東京都渋谷区では「シブヤ科」がスタートしました。「シブヤ科」とは、小学3年生から中学3年生までを対象にして、目的は「渋谷区に住み、学ぶ子どもたちが、もっと渋谷のことを知り、もっと渋谷に関わることで、渋谷への誇りを持ち、渋谷への愛着が育むこと」です。
各学年の総合学習の一部を活かして、渋谷の歴史や文化、防災、環境、街づくりなどをテーマにフィールドワークなどの活動を通じて、主体的な学びや気づきを子どもたちの中に生み出しています。単に教室で教師が一方的に座学を展開するのではなく、地元で活躍している人から選出されたファシリテーターなど、校外の人々とも交流しながら、問題を自ら深掘りしていく点が特徴です。
従来からいわゆる「郷土愛」を育む取り組みはどの自治体でも行われていました。ただ、どうしても歴史を本で学んだり、講義を聞いたり、地元の遺跡や博物館を見学したりするなど、「レガシー」中心であり「レゾナンス」が欠けていたように思います。
この点、シブヤ科は、生徒たちが自ら地域社会に出ていき、大人を巻き込むことで、そこに共鳴を生み出し、「空間×時間」が交差する唯一無二の価値を持つ渋谷を発見しようする試みである点が注目に値するでしょう。
どんな施策にしても、地元を「消費」という視点で見る以上、まちそのものや住民が持つさまざまなストックがフローに転換することはありません。自治体が行うべきなのは、ゆるキャラやB級グルメという「正解」を一方的に与えるのではありません。むしろ、レゾナンスを生み出すためのコミュニケーションポイントや仕組みを準備することで、住民たちがシビックプライドを育み、主体的にアイディアを生み出し、アクションを起こせるようにすることなのです。
(TEXT:河合良成 編集:藤冨啓之)
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