対談の第一テーマは、AIをはじめとするテクノロジーと、それを利用する人間の役割をどのように配分するべきか。デジタル導入と業務変革に際しては、現場の従業員や管理職の中に必ず「抵抗勢力」が現れるもの。従来のやり方を変えることに抵抗を感じる人々が、新しいテクノロジーを受け入れ、業務や事業を変革する意識を持つにはどうすればよいのか。
INDUSTRIAL-Xの八子知礼氏がこのテーマを提示すると、ディアワンダーの前刀禎明氏は「テクノロジーは人間をスポイルする使い方をしてはいけない。むしろ人間の創造性を発揮できる使い方をすることが重要」と指摘。さらに「テクノロジーと人間とのすみ分けは必要なく、むしろ融合していくべき」と持論を展開する。この考えはどういう意味を持つのか。
株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役CEO 八子知礼 氏
八子氏は「デジタル技術やAIは人間の実務作業時間を短縮し、創造的な仕事に集中できる時間を増やす」という、テクノロジーの一般的な効用を挙げた。この考え方は、これまでの技術革新がもたらした恩恵を端的に表現している。例えば、そろばんが電卓に置き換わったことで、計算業務の効率化と精度向上が可能となり、より高度な業務への集中が促された。
しかし、前刀氏が提唱する「テクノロジーと人間の融合」という概念は、単なる効率化を超えた視点を提示している。台頭するAI技術をはじめとする新しいテクノロジーは、単なる道具ではなく、人間そのものを「進化」させる可能性を秘めているというのだ。
ディアワンダー株式会社 代表取締役CEO & CWO 前刀禎明氏
「進化」を実現するポイントは、「創造的にテクノロジーを活用する」ことにある。単にAIを使うのではなく、その力を最大限に引き出し、新しい発想や価値を生み出すことが重要なのだ。
「人類が進化する大きなチャンスです。これまで私たちは、論理的に物事を考えることに慣れてきましたが、AIの普及はその枠を超えた柔軟性をもたらしてくれます。(多様で膨大な情報の中から)自分自身の視点や軸で新たな関連性を見つけ出し、そこから価値のある結論を導き出せるようになりました。今まで気づかなかった情報と情報のつながりを発見できるようになったことこそが、創造性を高め、頭脳を高度に活性化させる。それが人間の進化であり、テクノロジーと人間との融合です」(前刀氏)
前刀氏は具体的な方法として、利用者自身が物事を教え込む「AIを学習者として使う」ことを挙げる。同氏は「テクノロジーが得意とする左脳的な論理思考は重要だが、そこに右脳の感性的な思考を加えなければ、新しいことは生まれない」と指摘。そして、AIを使いながら自分なりの方法を見いだしていく過程が重要」と強調する。過程の中で、AIが学習した膨大な知識と自分の業務や目標とを関連づけることが可能となり、その結果、これまで想像したこともないような新しい関連性を発見することができる。さらに自身の経験や知識、アイデアとAIの力を組み合わせることで、現状を打破するような革新的な発想が生まれてくるという。
右脳的な思考法を磨くには、「常に『なぜ』と問い続ける姿勢が大切だ」と前刀氏はアドバイスする。「なぜそれをするのか」を深く考えないまま遂行される業務は、暗黙的にも明示的にも社内で共有されている「決まり」や「前例踏襲」の文化に支配されてしまい、「思考停止」を招く。
「現在共有されている前例や決まりも、かつては先輩たちが前例のないところから創造したものだったはず。それと同様に、現時点の新しいテクノロジーや環境で、『新しい前例』をつくっていく必要があります。その原動力になるのが『なぜ』と問い続ける姿勢なのです」
八子氏は、対談の中で「事業変革を成功させるためには、経営者の覚悟やオーナーシップ、そして情熱が不可欠である」と強調。そして、その事業変革を支える存在として「変革人材」にも同様の情熱が求められるはずだと述べた。そこから議論を一歩進め、「では、変革人材に求められるマインドセットとは具体的にどういうものか」と、第二のテーマを掲げた。
前刀氏は「それには明確なポイントがある」とし、「多くの人が仕事の中で無意識に使っている『◯◯をさせる』という言葉は、実は『させられる』仕事を肯定している。管理者や上司が『部下に◯◯をさせる』とき、部下は『上の指示で◯◯をさせられている』と捉えがちになる。この受け身の状態では『他責』の構造が助長され、当事者意識のないまま行動を選ぶことになります」と、日本企業に根強く存在する「させる/させられる」という言葉に着目し、これが変革を推進するための主体性や情熱を阻害する大きな要因だと指摘する。
その上で「自分で考え、自分の行動に責任を持つ主体的な姿勢こそが変革人材に不可欠な要素である」と力説し、アップルのプロモーション「Think different」を例に挙げた。「本気で考え、自分を信じる人たちこそが本当に世界を変えています」(前刀氏)
こうした考えをさらに深める形で、前刀氏が提示したのが「Creative Desire」というキーワードだ。これは前刀氏が現在取り組んでいるアプリ開発の理念そのものでもある。
クリエイティブデザイアの概念
前刀氏は、単なる業務効率化のためのテクノロジーを「ただのツール」に過ぎないと位置づけ、その枠を超えた活用についてこう語る。「重要なのは、人間が『こういうものをつくり出したい』という非常に創造的な欲求、すなわちCreative Desireを持つこと。そして、その欲求を実現するためにAIを活用することで、一人一人が未来を創造することができます」。
Creative Desireを持つためには、いくつかの重要なステップがあるという。「固定観念からの脱却」「自分自身の新たな価値発見」、そして「自分を超え続けていくこと(Free yourself、 Create yourself、 Exceed yourself)」が必要であり、さらに、ワクワクしながら自発的に学び、どんなことでも学べる知性を持ち、自分を超え続けること(Wonder Learning、 Learning Intelligence、 Self-Innovation)を通じて、CQ(好奇心・創造性指数=Curiosity/Creativity Quotient)が向上する。
「CQの『C』は、好奇心(Curiosity)であると同時に創造性(Creativity)でもあります。この指数が向上することで未来を創造するCreative Desireが発現します」
では、具体的にどのようにしてCreative Desireを生み出せるのか。前刀氏がディアワンダーで取り組んでいるのが、「DEARWONDER+」というアプリを使った方法だ。(DEARWONDER+ サイト:https://www.dearwonder.ai)
同アプリは、AIと会話しながらアイデアを拡張していけるツール。iPadとApple Pencilに最適化されており、利用者が入力した文字や絵から関連する画像やアイデアを次々に提示し、思考を広げられるツールとなっている。
「特徴は、マルチモーダルな設計にあります。人間の脳のように外部からの刺激を受け、それに反応してインスピレーションを生み出すプロセスをデバイス上で再現することを目指しています。手書きで書いた内容をAIが認識し、関連する画像や洞察を次々に表示する。自分の思考をキーボード入力や検索結果の一覧表示を選ぶなどといった操作に中断されることなく、アイデアが途切れることなくスパークし続けます。また、AIが利用者と対話を通じて思考を深めてアイデアを洗練させるなど、知的なエージェントとして活用することもできる」(前刀氏)
単なる資料や文書作成の補助としてAIを活用するのだけでなく、AIはその前段階において、非言語的・非構造的なアイデアを言語化・構造化するプロセスを支援する。このようなツールを活用することで、CQを高め、Creative Desireを生み出し続けられるという。
最後に前刀氏は次のように語り、セッションを締めくくった。
「人間は年齢とともに記憶力は衰えるが、記憶の引き出しにある情報を結びつけ、新しい発想へとつなげる能力はむしろ向上するのです。私自身、今が最も脳が活性化していると感じています。それは、常にワクワクしながら創造的な活動を続けているからです。もっとこんなことをしたい、あんなことをやりたい、さらなる変革を実現したいというマインドセットが、日々の創造的な活動から生まれてくるのです」(前刀氏)
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