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2012年10月にデータサイエンティストが「21世紀で最もセクシーな職業」と名指しされてから10年以上が経ちました。2022年度から高校では「情報Ⅰ」が必修科目となり、社会人がリスキリングでデータサイエンスを学びなおす例も増えています。
さて、そんなデータサイエンスの基礎たる「統計学」はいったいいつ生まれ、どのようにしてその知を積み上げられてきたのでしょうか? 長大な歴史のなかから重要な出来事や流れを踏まえて、世界・日本の統計史をご紹介します。
「統計(statistics)」とは、“ある集団の傾向や性質を数量的に表すこと”と定義されます。統計局はその源流を「①国の実態を捉えるためのもの」「②大量の事象を捉えるためのもの」「③確率的事象を捉えるためのもの」の3つに分類しており、①については、古代エジプトや古代ローマ帝国、中国前漢王朝など、紀元前から取り組まれていました。
人口を通して国家の実態を捉えることは、徴税や兵の徴収にあたって欠かせないことと考えられたのです。なお、statisticsという言葉は、ラテン語で国家・状態を表す「status」という言葉に由来するそうです。また、「国勢調査」の別名として知られる「人口センサス」の「センサス」は、古代ローマ時代に由来し、ローマ市民とその財産を登録するにあたって紀元前6世紀からセンサス(census)が行われていたことがわかっています。
「統計学」は、“統計について研究する学問”で、統計をデータやグラフなどさまざまな形式で表現する「記述統計」や、一部のデータをもとに全体の状態を予想する「予想統計」など色々な分野を含みます。学問としての統計──統計学は、19世紀ヨーロッパにて、「政治算術」「国情論」「確率論」の3つが合流する形で生まれました。
政治算術:17世紀イギリスでウィリアム・ペティ(1623-1687)が生んだ統計を用いて国の実態を捉え、合理的な現状把握や未来予測に役立てる学問。
国情論:17世紀ドイツでヘルマン・コンリング(1606-1681)が成立させた人口や住民を統合する方法をもとに国家の現在の情勢を把握しようとする学問。
確率論:偶然事象の起こりうる可能性の確からしさについて研究する学問。賭博に関する議論から生まれ、17世紀におけるパスカル(1623-1662)とフェルマー(1600年代初頭-1665)の往復書簡や、ホイヘンス(1629-1695)の学問的記述、ベルヌーイ(1654-1705)による『推測法』の出版、ドゥ・モアブル(1667-1754)による正規分布の発見などを経て、18世紀フランスではオイラー(1707-1783)、ラプラス(1749-1827)らによってフランスの人口推計に応用された。
上記の3つの学問を統合し、「近代統計学の祖」と称されるのがベルギーのアドルフ・ケトレー(1796-1874)です。1835年に出版された『人間に就いて』では、気候や性別、年齢などごとの比較や平均、正規分布などの概念を用いて人間の肉体の発達や知的性質を分析しており、今日につながる「統計学」を確立したといわれています。
統計学の確立以降、「十九世紀の特徴は統計が流行したことであり、十九世紀は統計の世紀である(※)」と称されるまでに、ヨーロッパ全土で統計は大きく広まります。この背景についてフランスの数学者・哲学者・エッセイストであるオリヴィエ・レイは、社会の都市化が進み、人々が自分の住んでいる世界について不確かさや不安を感じるようになった中で、統計学が世界を把握するための寄る辺となったのではないかと、著書『統計の歴史』で分析しています。
1853年には「国際統計学会」が開かれ、19世紀後半にはフランシス・ゴールトン(1822-1911)によって遺伝の研究に回帰分析と相関関数が用いられ(最小二乗法は天文学などの分野でそれ以前から確立されつつあった)、そのテーマを引き継ぐようにしてカール・ピアソン(1857-1936)がピアソン分布やカイ二乗検定を提案します。
そして、20世紀にはR.A.フィッシャー(1890-1962)が実験計画法や分散分析など現代の数理統計学の基礎を形作りました。また、ネイマン=ピアソンによる仮説検定理論の確立も避けては通れない数理統計学における20世紀の功績です。
20世紀後半から21世紀にかけては、統計学が戦争や工業などさまざまな分野で実用的に用いられた時代ともいえます。近年は情報技術の普及と発達により、それが全産業で身近なものになりつつあるでしょう。また、レオナルド・サヴェージ(1917-1971)が『統計学の基礎』を1954年に著したことを契機に、ベイズ統計学への注目が高まったのも20世紀後半以後の大きな流れといえるでしょう。
※引用元:・オリヴィエ・レイ (著), 原 俊彦 (監修), 池畑 奈央子 (翻訳)『統計の歴史』原書房、2020、83ページ
さて、ここまで全世界的視野で話を進めてきましたが、日本における統計学の歴史はいつ始まったのでしょうか?
学問としての統計学が輸入されたのは幕末~明治維新にかけてといわれています。とはいえ、人口調査はそれ以前から行われており、徳川8代将軍吉宗(1684-1751)の治世には、1721年からはじまる人口統計の記録が行われていたということです。
『学問のすゝめ』を著した福沢諭吉(1835-1901)も統計学を非常に重視し、1860年に日本で初めてオランダの統計書『万国政表』の翻訳に取り組んだ人物でもあります。また、第8代内閣総理大臣大隈重信(1838-1922)は「統計伯」と称されるほど統計を重視し、1881年には現在の統計局にあたる「統計院」の設立を建議しました。
直接に“日本近代統計の祖”と称されるのは、そんな統計院の大書記官を務めた杉亨二(1828-1917)です。杉は日本最初の総合統計書『日本政表』の編成に取り組み、大書記官への就任後は統計学校の設立や国勢調査の実現などに奮闘しました。
そして1920年、第19代内閣総理大臣原敬(1856-1921)の時代に第一回国勢調査が行われることになります。その後も藤本幸太郎(1880-1967)らによる社会統計学の研究や、赤池弘次(1927-2009)による赤池情報量規準(AIC)の確立など、日本の統計学も現代に至るまで発展の歴史を積み重ねています。
紀元前から現代に至るまで、全体の流れや偉人を紹介しながら統計学の歴史をご紹介してまいりました。いまや売上予測やビジネス上の判断で日常的に用いられる統計学ですが、そもそもは“世界や社会を数量を用いて捉えるための手法”として確立されてきました。データがこれだけ簡単に扱え、多様な形で分析できる時代が訪れたのも過去の積み重ねのおかげです。それを踏まえて見直すことで、何か新しい気づきがあるかもしれませんね。
(宮田文机)
・統計とは?「統計学習の指導のために 先生向け」┃統計局 ・統計エピソード集「統計学習の指導のために 先生向け」┃統計局 ・竹内 啓『歴史と統計学: 人・時代・思想』┃日経BPマーケティング、2018・川北 稔『政治算術」の世界』「Public History, Vol. 1」┃大阪大学文学部・オリヴィエ・レイ (著), 原 俊彦 (監修), 池畑 奈央子 (翻訳)『統計の歴史』原書房、2020・第35回「8代将軍の始めた統計」┃鳥取県統計課・宮川 公男『統計学の日本史 治国経世への願い』東京大学出版会、2017・戦後の統計制度確立に貢献した統計の偉人たち┃統計局
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