パネルディスカッションのパネリストとして、株式会社セゾンテクノロジー執行役員CTOの有馬三郎氏、サイボウズ株式会社New Business Division 副本部長の伊佐政隆氏、ウイングアーク1st株式会社CTO室室長の安田昂平が登壇。株式会社角川アスキー総合研究所デジタルメディア部専門メディア課TECH.ASCII.jp編集長の大谷イビサ氏がモデレーターを務めた。
まず3社のソフトウエアを簡単に紹介する。セゾンテクノロジーの「HULFT」は、1993年にファイル転送のソフトウエアとして誕生して以来、企業向けのデータ転送ツールとして成長を続け、近年は多彩なデータ連携を可能にするプラットフォームへと進化している。
サイボウズは、グループウエア「サイボウズ office」を提供する企業として、1997年に創業。2011年にノーコード・ローコードで業務アプリを作成できるクラウドサービス「kintone」をリリース。業務のデジタル化に大きく貢献するツールとなっている。
ウイングアーク1stは1993年に創業し、帳票基盤ツール「SVF」を中心とした帳票運用と、多次元高速集計検索エンジン「Dr.Sum」やBIツール「MotionBoard」など、データエンパワーメントソリューションにより、企業のデータ活用推進を支援してきた。
このように3社は、20年から30年の歴史を持つ国産ソフトウエアメーカーである。モデレーターの大谷氏は、過去10年を振り返る質問を投げかけた。
大谷:今から約10年前には、「外資系クラウドが台頭する中で、国産クラウドがなくなる」と言われていました。しかし、国産クラウドをリードしてきたさくらインターネットやインターネットイニシアティブ(IIJ)は、直近でも過去最高益を出しており、絶好調です。その一方で、消えていったサービスもたくさんあります。現在のこの状況は誰も予想できなかったと思うのですが、どのような戦略が明暗を分けるのでしょうか。
伊佐:私は2004年にサイボウズに入社してグループウエアに携わっていたため、2007年にGoogleの法人向けクラウドサービスが始まった衝撃と、その後の社内の混乱をよく覚えています。月額500円で1GBのストレージが使えたと記憶していますが、当時としては圧倒的なサービスで、社内でも死活問題と受け止められました。その後、当社は「大航海時代」というスローガンを掲げ、「とにかく新規事業をやろう」ということになったのです。
有馬:私たちは2014年頃、米国のITイベントにHULFTのクラウドベースのソリューションを展示して表彰を受ける機会がありました。そこから「クラウドに勝ち筋があるのかもしれない」という認識が社内にも広まりました。その1、2年後に米国に拠点を設けて、海外クラウド、SaaSとどう戦っていくか、試行錯誤しました。そこで、データ連携サービス「DataSpider」を必要なユーザーに届けるためにも、クラウドで勝負していくという答えを出し、2020年にデータ連携プラットフォーム「HULFT Square」の開発に着手しました。
安田:ウイングアーク1stの「Dr.Sum」は2001年に発売した製品ですが、今から10年前は「100億件のデータを1秒で解析する」という目標を掲げて、バージョン5.0を開発していた時期です。もちろん海外勢のクラウドの動向を注視していましたが、対応するというよりも、「日本企業に求められている集計ツールをつくって、目の前にいるお客さまを驚かせたい」というマインドが強かったです。
大谷:なるほど、新規事業、クラウドへの挑戦、顧客企業のニーズへの対応と、3社それぞれの戦略で商機を見出した10年だったということですね。
大谷:現在の課題と技術による対応としては、「人材不足解決の鍵としてAIをどのように活用していくか」というテーマがあります。AI Insideが2022年に行った、ビジネスパーソン1500人を対象とした調査では、約2割がAIを使いこなせる人材になりたいと回答していますが、エンジニアはどうでしょうか。
AI人材になりたい「潜在AI人材」が約2割、リスキリングによる職種転換が日本の難題「AI/IT人材不足」解決のカギに
安田:人手不足の課題は業界共通であり、採用活動は激化しています。ただ、限られたパイを取り合うだけではなく、パイ自体を増やす活動も必要です。リスキリングもそうですが、極端なところでは、私たちは小学生向けのプログラミング教室を主催しています。参加した小学生は、将来の採用面接が確約になるという、いわば青田買いです。
伊佐:サイボウズはテクノロジー企業として、プロダクト開発だけでなく、販売、マーケティング、学校、オフィス、あらゆるところでAIが前提となる未来を想像していまして、自らもその未来を体験すべきだというメッセージを発信しています。また、プロダクト開発の場面では、すでに自然とAIを使う流れになっています。
有馬:私は経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」に参画しているのですが、会議の中でも、2030年に80万人のエンジニアが不足するというリスクを、生成AIが解消できるのではないかという話が出ました。しかし今のところは、そこまでの開発自動化はできないという結論です。その一方で、海外のスタートアップの開発者に話を聞くと、ほぼ全員がプログラミングに生成AIを使っています。
安田:当社のエンジニアも、コーディングだけでなく、その前段の要件定義、基本設計にも生成AIを活用しています。生産性の面では、生成AIの有無で初速が変わってくると考えています。
大谷:「初速が変わる」という意見を、私も取材の中でよく耳にします。生成AIはプロトタイプをつくるなど、アイデアを形にする段階では威力を発揮するということです。ただし、完成度を高めていくところでは、やはりプロフェッショナルな人間の知見や経験が必要になるということでしょう。
有馬:私は、後工程の補修・改修にどこまで生成AIを使えるかが、今後の課題になると考えています。AIを取り込んだプロセスをつくっていくためにも、従来のプロセスを変換する意識が開発者に求められていくと思います。
安田:生成AI を前提にすることで、吐き出すファイルのフォーマットも変わってきます。すでに、学習に使われているフォーマットに引っ張られ始めていると感じています。
大谷:最後のテーマは「データを制する者がAIを制する」です。というのも、私は、今年2回開催された日本マイクロソフトのパートナー10社による生成AI活用コンテストの審査員を務めたのですが、優勝する企業はデータ分析のスキルが優れているという印象を受けました。AIの利活用でボトルネックになるのは、分析可能な状態にデータを整流化することだといわれていますが、やはりデータに課題があるのでしょうか。
有馬:最初に生成AIを使う目的・意義があるべきですが、その次に必ずデータの問題が出てきます。データが、いつ、どこから来て、何にどう使うデータなのか。上流から下流までデータの信頼性を保持していくことが、今後ますます重要になるでしょう。
伊佐:プロダクト開発におけるデータ活用という面では、アクセス権に対する判断の難易度が高いと感じています。AIは社内の全ての情報を瞬時に把握できますが、誰にどの情報を渡すかの判断を間違えると大変なことになります。社外で使うものかどうかでも判断は全く違ってきます。
大谷:データを使えるようにするという点やセキュリティなど、さまざまな観点からデータガバナンスが重要ということですね。
伊佐:kintoneを導入されるユーザーの中にも、「データがデータになっていない」というケースが非常に多く、これを改善しなければデータ活用には至りません。まず、業務フローをデジタルに載せて、AIを見据えた正確性の高いデータを集めていくべきだと思います。
安田:AIについては、以前から「前処理が8割」といわれていましたが、その考え方は今も変わっていないと感じています。また、先ほど有馬さんは目的が先にあるべきだと指摘されましたが、深い課題理解がデータの整形にも生きてくると考えています。
大谷:これからデータとAIの時代が訪れることが予想されているわけですが、皆さんはそこでの勝ち筋をどう見ていますか。
安田:開発者本位の開発になっては元も子もありません。私たちの強みはお客さまやパートナーとの距離が近いことです。この考えを、プロダクトのバリューチェーンに関わる全てのメンバーが持ち続けることが重要だと思っています。
伊佐:サイボウズのクラウド事業の中心には、エコシステムという戦略がありました。私たちはお客さまに、デジタル変革のきっかけをプラットフォームサービスとして提供しますが、実際に変革を進めるのはお客さま自身と、それをサポートするパートナーです。日本のIT全体としてもエコシステムは非常に重要です。企業同士、政府とも協力して、同じビジョンを追いかけていくことが大事だと考えています。
有馬:これまでHULFTは、信頼性を評価いただき、お客さまに選んでいただいてきました。しかし、信頼性にこだわれば、開発のスピードは遅くなります。クラウド時代の勝ち筋は、信頼性とスピードを兼ね合わせて、リリースとフィードバックの回転を速く、そして多くしていくことに尽きると思っています。
大谷:貴重なお話をありがとうございました。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:野口岳彦 編集:野島光太郎)
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