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「ヒト」に関するデータを定量的に把握し、分析・活用するために不可欠とされるHRテクノロジーへの関心が、国内においても急速に高まっている。2018年12月、人材マネジメント領域として初のISO規格「ISO 30414」(人事・組織に関する情報開示のガイドライン)が公開、さらに2020年11月には米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して人材マネジメントに関する情報開示を義務づけた。海外においてISO 30414が浸透している中、日本国内でも対応する動きが出始めている。ウイングアーク1stの人事ソリューション・エヴァンジェリストである民岡 良が、最新の潮流を解説する。
「私は、かなり紆余曲折を経て現在のキャリアにたどり着きました。自身がその時々で必ずしもジョブフィットしていたとはいえなかった、というのが最大の理由ですが、ジョブマッチの精度を高めてくれるようなHRテクノロジーが昔からあれば、こんなに遠回りをしなくてよかったのかもしれません」。日本オラクル、SAPジャパン、日本IBMで財務会計や人事ソリューションの導入などに携わってきたウイングアーク1st 人事ソリューション・エヴァンジェリスト民岡は、現在に至る経歴を振り返りながら語る。
民岡は現在、一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアムの理事も務め、国内のHRテクノロジーに関するThought Leader(ソートリーダー)の一人となっているが、これまでの経歴のはざまではフリーランスになったり、法科大学院に通って新司法試験合格を目指したりしていたという。本人曰く、「決して褒められた経歴ではない(笑)。」。
「しかし振り返ってみれば、その『寄り道』についても決して悪いことばかりではなく、現在の仕事の糧になっています。まず、ジョブマッチングの重要性を身をもって体験できました。また、新司法試験への挑戦を通じて、HRテクノロジーの安全な利活用のために欠かせない「視点」を養うために、労働法や個人情報保護法などの法律の世界にも触れることができました。これらは今の私の強みになっています。最近になって、一見すると「無駄だったかも」と感じていた断片的なキャリアが、実は全部つながっているのだと感じるようになりました。偶然も重なり、幸運にも恵まれたおかげかもしれません。誰もがそう感じられるようになるわけではないかもしれません。その経験から、『テクノロジーとデータの力を使って全ての人に光を当てたい』『本人も気付いてない強みを見出すサポートをしたい』と思うようになりました。」
キャリアに関する民岡のエピソードから、広範にわたって様々な業務をカバーする人事領域においてテクノロジーを活用する難しさも浮かび上がってくる。
「人事部門主導で組織全体に大きな変革を起こそうとしても、それはますます困難になったといえるでしょう。組織変革のためにはこの時代においてはDX(デジタルトランスフォーメーション)が不可欠(もちろん、DXを推進するためには組織変革も必要だ、という関係にもあるといえるが)とされていますが、人事領域においてもそれは同様です(HR-DXと呼ばれる)。人事領域においてデータ活用やテクノロジー(HRテクノロジー)の活用が進めば、自ずとヒューマンキャピタル(人的資本)の可視化や情報公開を積極的に行おうという機運が高まります。それを裏付けるように、2018年12月には、人材マネジメント領域として初のISO規格「ISO 30414」(人事・組織に関する情報開示のガイドライン)が公開されました。HRテクノロジーの利活用促進の潮流と相まって、ヒューマンキャピタルの可視化が世界のトレンドになっていると感じます。」
HRテクノロジーの活用にともなってヒューマンキャピタルの可視化がトレンドになっているとのことだが、それ以外の背景としてはどのようなものがあるのか。そもそも、「ヒューマンキャピタル」という言葉自体、決して新しいものではない。「ヒューマンリソース(人材)」に対して「人財」という表現を用いて「企業は人が資本」「企業は人なり」などというスローガンを前面に押し出すことはよく見られた。
それに対して民岡は「『材』を『財』に置き換えて表現してみせたところで、実態が伴っていたかは甚だ疑問だ。大きく変化したのは、機関投資家などの『カネの出し手』の意識です。企業の多くが『人が大事』と言いながら、中期経営計画などで投資家に示されるのはBS(貸借対照表)やPL(損益計算書)上の財務データオンリーであり、最も重要な『価値』が見えないじゃないかと言われるようになってきたのです。」と説明する。投資家にしてみれば、開示される情報が財務データだけでは、実際の企業の「競争優位性の源泉」や成長可能性などが判断できないため、投資をするにしてもリスクがあるというのだ。
「人に関するデータがあるとしても、これまではPL(損益計算書)上のコスト(人件費)でしか示されていませんでした。コストは『なるべく削減すべきもの』とされがちですから、これは投資家でなくても違和感があります。そこで、真の意味のヒューマンキャピタルをまさに『人的資産』『人的資本』として可視化しようとする動きになり、そのためのガイドライン(もしくはテンプレート)として登場したのがISO 30414だったのです。」
昨今、財務諸表だけではうかがい知れない企業のリアルな姿や、将来性までを含めた企業の実態把握に、非財務データを取り入れることが注目されるようになっている。ヒューマンキャピタル(人的資本)はその代表例だ。ISO 30414は、組織におけるヒューマンキャピタル(人的資本)の実際の価値(業績への貢献度合等)を明確に把握できるようにするための国際規格である。具体的には「組織文化」、「採用の質」、「離職率」、「生産性」、「健康と安全」、「リーダーシップ」など、人事領域に関する主要な項目(メトリックと呼ばれる)に対して数値の算出や可視化についてのガイドラインを提供している。
「ヒューマンキャピタルレポーティング(HCR)、すなわち人的資本に関する報告書(言い換えれば、人材マネジメントの出来不出来についての報告書)は、投資家など社外に対してだけでなく、社内にも発信するように要請されています。ISO 30414は、これまでの過去のISO規格ではカバーできていなかったまったく新しい領域の規格といえますが、これが生まれた背景の一つに、SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)投資への関心の高まりがあります。いずれも、特に投資家の間で無視できない重要なキーワードになっており、ヒューマンキャピタル(人的資本)の内容、あるいは、人材マネジメントの出来不出来も「持続可能性」を測る上での指標の一つとして、可視化のニーズが高まってきたわけです。」
規格の公開により人事領域における様々な事象の見える化が進み、今後はさらにベンチマークデータとの比較も可能になっていく。たとえば業界の平均値と比べて、特定の企業が優れているのか劣っているかも明白になる。国や地域ごとでも比較可能になるだろう。
「取り組みが進んでいる企業にとってはアピールポイントになりますが、遅れている企業にとっては、投資家から資金が集まらなくなったり、『採用ブランディング』にも悪影響を及ぼして人材も集まらなくなり、事業継続にも影響が出たりするようになってくるでしょう。」
「前述のとおり、ISO 30414が生まれた背景にはHRテクノロジーの進化もあります。ヒューマンキャピタルに関する国際規格のニーズは早くからあり、10年以上前から議論されてきました。しかし、標準規格とするためには、ヒトに関することをデータで定量的に把握する必要があります。最近になってHRテクノロジーが進化して普及も進んだためそれが可能になり、規格化を後押ししたといえます。」
ISO 30414が公開されるよりもはるか以前から、米国ではHRテクノロジーを強みとするベンチャー企業が数多く誕生し市場からの資金も集まっている。
「日本のHRテクノロジー産業の規模はアメリカに比べれば小さく、後れを取っている状況ですが、だからこそ市場が拡大する余地はまだまだ大きいといえます。」と民岡は話す。日本企業にとっても、ISO 30414にのっとり情報を開示していくためには、HRテクノロジーの活用が欠かせなくなるからだ。
衝撃的なニュースもある。「米国証券取引委員会(SEC)が2020年8月、上場企業に対して『ヒューマンキャピタルマネジメント(人材管理)の情報開示』を義務付けると発表しました。これを受けて、米国市場に上場している企業のみならず、日本国内でも開示に向けた動きが加速するでしょう。」と民岡は語る。日本企業もすぐに対応が必要ということなのだろうか。これに企業として取り組むのであれば、もはや人事部門だけで対応できる問題ではなく、経営者が率先して取り組むべきテーマだ。
「人事部門だけではなく、さまざまな部門が連携して取り組むことが大切。ただし、恐れることはありません。例えば『1on1』(上司と部下間で、主にキャリア支援を目的とした1対1の面談を高頻度で行うこと)などの仕組みが最近になって注目されていますが、このような手厚いサポートは日本企業であれば昔からやってきたことともいえます。ただし、例えば昭和の時代はその場所は夜の居酒屋だったかもしれませんが(笑)。この『1on1』を通じて、部下のスキルの棚卸しや日々の仕事ぶりについてのフィードバックをリアルタイムに行いやすくなったりするといわれており、それによってエンゲージメントが向上したり保有スキルに関する最新情報を取得しやすくなるのではないかと期待されています。スキル情報の可視化やエンゲージメントスコアの開示はまさしくISO 30414の中のメトリックとも直結し、したがってこの規格の中には日本企業がこれまでずっと大切にしてきたことも多く含まれているといえるのです。」
規格に対応したくてもそもそも開示対象となるデータがない、十分に揃っていない、どこから手を付けたら良いのか分からない、と大げさに考えるのではなく、まずは一つずつ、自社が取り組みやすいことから進めていくことを、民岡は提案する。
「たしかに、このISOの中のメトリックは大半がいわゆる『ジョブ型』的な人材マネジメントを行っていることが前提となっています。それに対してほとんどの日本企業には『ジョブ定義』の情報すら存在しない。従業員の保有スキルの棚卸し、可視化をしていこうとする文化もない。そう考えると『進むも地獄、退くも地獄』、多くの日本企業にとってまさにそんな状態でしょうね(苦笑)。」
しかし、それでも民岡は「退くも地獄」のほうを想像すべきだ、と強調する。
「まずは出来ることからという姿勢で果敢に『可視化』にチャレンジすると、最初の結果こそ良くないかもしれませんが、それが分かるだけでも大きなメリットがあります。そこがスタートです。いったい何が足りないのか、どのようなデータを新たに集めていくべきなのか、ほんのわずかでも道筋は見えてくるはずです。ぜひ、ポジティブに取り組んでほしいです。そして、やらなかったことにより後からじわじわくるダメージがどれほどのことになりそうか、常に想像しておいて頂きたいです。」
と、最後は厳しい言葉で締めくくった。
大学卒業後、⽇本オラクルにてERPシステムの教育事業に従事。SAPジャパンにおいては⼈事管理システム(SAP ERP HCM)の導⼊、認定コンサルタント養成プログラムの講師を担当。その後、⼈材エージェント業務を経て⽇本IBMに参画し、Kenexa /Watson Talentを活⽤したタレントマネジメントおよび採⽤・育成業務プロセス改⾰に従事。現在はウイングアーク1stにて、⽇本企業の⼈事部におけるデータ活⽤ならびにジョブ定義、スキル・コンピテンシー定義を促進させるための啓蒙活動に従事している。そのための「指南書」として、『HRテクノロジーで⼈事が変わる』(2018年、労務⾏政、共著)を出版。HRテクノロジーコンソーシアムの理事としても活動している。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)
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