About us データのじかんとは?
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第1次産業はデータ活用やDXが困難な業界である。製造業であれば「トヨタの生産方式」、「タクトタイムスケーラー」、「QCDS」 といった方法論が確立されている。しかし農業のような1次産業では、いまだに経験と勘による生産が中心で、技術や生産量の標準化が進んでいないのが現状だ。
その原因として考えられるのは、
からだろう。
「農学やってなくても出来るんや」という同氏のデータと技術を用いる取り組みと、果実堂の挑戦について伺った。
果実堂は2005年に前社長が創業、水俣市の棚田でベビーリーフに出会ったのが原点だ。予防医学の見地から毎日少しずつ食べることで病気になりにくい体質をつくってもらいたい、安全安心な野菜を届けたい、という想いから、有機栽培ベビーリーフの生産と販売をスタートした。現在は、グループ全体で従業員数はパートも含めて150名だ。「ビニールハウスによる大規模ベビーリーフ、アスパラガスの生産・販売」、「農業コンサルティング事業」、そして「ビニールハウスソリューション事業」の三つを事業の柱としている。
祖業となっているベビーリーフとは野菜やハーブの幼葉の総称で、日本で食べられるようになってまだ日が浅い。ミズナやコマツナ、レタスの仲間のグリーンロメイン、ほうれん草の幼葉などをミックスして出荷している。
大阪生まれの高瀬さんは大手ディベロッパーで建築士として働いていた。その後知人から誘われ、大分でベビーリーフの栽培、研究を開始した。そこに果実堂の前社長が訪ねてきて、栽培技術のコンサルタントとして招かれたのが2010年。翌年、果実堂に入社している。コンサルタント時代からデータと効率を重視したサイエンス農業を標榜していたそうだが、コンサルタント自ら現場に飛び込んだのはなぜだったのか。
「その頃の果実堂はめちゃめちゃ若かったんです。『こんな若い子たちが農業したいんだ。この子らが安心して働ける場を作らなあかん』と思いました」
農業と言えば高齢化と後継者不足が積年の課題だが、同社の平均年齢は現在でも30歳と若い。若者が多いのは、それだけ職場に魅力があるからだろう。
しかし高瀬さんが招かれた当時の果実堂はベンチャーということもあり、潤沢な手持ち資金がある訳ではなく、赤字経営だったという。「データをもとに型を作れば、必然的に収量が上がり経営が安定する」という確信こそあったものの、データ取得に必要な機器類を調達する予算がなかった。
だからこそ、一つひとつの事象を科学して栽培する「サイエンス農業」の最初の一歩は「手作業での水管理」だったという。具体的には「触診」という技法で、農業用地の土壌を握って団子にし、開いた手の中の土塊の割れ方を見て水分状態を判断する。土質によって水分保持量は異なるが、AからFまでの6段階評価をし、作物ごとの適切な水分含有量とつき合わせながら、きめ細かくマニュアルを作成していった。現在は結果をデジタル機器で記録しているが、当時は紙に手書きで書き付けていたという。こうして土壌ごとに標準化が行われたことで、節水、節肥が実現し生産性も向上していった。
「植物の体は90%以上水分です。水の管理が重要だと誰もが気づきながら、そういうツールがなかった訳です。つまり改善から入っていった。生育段階で根の張りに合わせて、どこに水が必要なのか見定めていきました。潅水(水撒き)という事象を細分化し科学的思考で突き詰めたのです」
水を撒けば良い作物が育つ訳ではない。ふんだんに撒いても日持ちが悪く品質も頭打ちになる。収量性に目を奪われていると、植物に合った水管理が出来ないのだ。適正な水管理を実施していると、潅水量が抑えられていく。同様に施肥の量も減っていくそうだ。
「農家によっては、肥料が半減すると思います。売上が1億円ぐらいの所だったら、500万程度節約できるんです。しかも生育がもっとよくなるんですよ」
水と肥料を必要な分だけ与えコストカットに努めることで、逆に作物の品質が向上するのだ。こうして徐々に果実堂としての型ができあがっていった。就業当初赤字だった社業を黒字転換するのに3年。その後も順調に増収増益を重ね、6年目の2015年3月に売上高を10億円に導いた。
その間、予算を掛けずに出来ることから改善活動をコツコツと積み上げ、200項目もの効率化を実現したという。
ここで、果実堂の型2つを紹介しましょう。
果実堂のデータ活用の起点はいつでも「現場」だ。当初から現在まで、データ活用の目的は「現場の改善活動」だという。 そのための教育も徹底している。研究志望の新入社員もまずは農場で実際に作業することで現場を理解する方針を貫いている。研究といってもアカデミックな基礎研究ではない。現場に直結して活動が良くなる技術に特化しているのだ。だから現場での「気付き」が重視され、現場とラボとで温度差が生じにくいように配慮が成されている。
生産の型を編み出した果実堂は、分社化して外部へのコンサル事業を開始。業界内で着実に評価を勝ち得ている。
しかしデータ活用しかり、ITインフラの導入しかり、他社のノウハウを自社に落とし込めずにいる例は枚挙にいとまがない。果実堂は、自社の成功にどのようにして再現性を持たせているのだろうか?
「結局伝え方が重要なんだと思います。ポイントは二つあって、一つは社内で言語を合わせること。残りは説明を端折らないこと。見える化して納得してもらえれば、相手の拒否感は収まります」
一つ目の言語の方は、社内の誰が行っても相手に同じ説明ができることが大切なのだという。そうでないと「この人はこう言ってるけど、あの人は違うことを言う」という話になってしまう。きちんと標準化してどの技術者も同じ対応が出来ていれば強い。
二つ目の説明を端折らないというのは、土の中が「見えない世界」であることと強く結びついている。
就農者たちは土壌の分析データの見方は知っているが土壌の可視化ができていないため、経営者として不安になるので肥料を多めに撒いてしまうのだ。分析値は理解していても実践が伴わない所以である。
しかし土壌成分を見える化することで、必要な肥料の量が明らかになる。数字の裏付けがあるため、ノウハウが属人化しない。標準化することによって、農業の参入障壁が格段に低くなる。
「農地としての土壌はおおよそ6種類に分類できます。その成分を可視化し、今は自社の技術として確立して他社にも公開しています。誰もが出来るようになれば本気で農業したい人が入ってくるんじゃないでしょうか」
高瀬さんが水の管理という改善から手を付けたことは先に述べた。改善は必然的に効率化や自動化に向かう。
当初ハウス1棟あたりで1年間に6回収穫する状況だったのが、地道な努力により10回まで増やすことに成功した。収量が増加し生産も安定していたが、その代償として水の管理の手間が増えてしまった。技術者が軽トラに乗って農場の土を触り、土壌の水分に応じてどれだけ潅水するか決定しなければならなかったからである。果実堂のハウスは850棟。そのすべてに都度、足を運ぶ手間は決して小さくない。
そこで東大と共同でセンサーを開発し、手で行っていた触診をデジタル化した。スマートフォンやPCで土壌の水分状態を確認できるようにし、遠隔で潅水出来るようにしたのである。ハウス40棟あたり年間2,000時間の削減につながり、現在は約半分のハウスに実装済みで大幅に時間が節約できるようになった。土壌の水分管理だけではない。ハウスの換気も設定温度に応じて自動化できるように開発したそうだ。
労務の改善は農場のなかに留まらない。果実堂のベビーリーフ工場では、1箱10キロの集荷箱の搬入がAGV(自動運搬機)により自動化されている。パートさんの体を気遣ってのことだという。生産ラインに流すオリコン(折り畳みコンテナ)を1日あたり2,000〜3,000個作る必要があるが、これも自社で組立機を開発し省力化している。
この開発の内製化が果実堂を果実堂たらしめている。高瀬さんは語る。
「人間が月に行く時代だ。これくらい作れるだろう。失敗してもいいから作ってみたら、と言ってチャレンジしてもらっています。うちには大学で工学を勉強した技術者はいません。だから試行錯誤です。しかし私自身が建築から農業という畑違いの世界に飛び込んでここまで出来ています。自信を培っています。みんなにもなにかをやり遂げたときの楽しさを感じてもらいたいと思っているんです」
自社エンジニアリングだけではない。収穫物のパッキング作業も改善の対象だ。各作業員のタクトタイム(製品一つあたりの製造にかける時間)のデータをとって配置を決めている。具体的には早さで ABC とランク付けし、A と C が隣り合うように並んでもらっているという。こうすることで C が A のペースに引き揚げられ全体のスピードが上がるのだそうだ。その結果、当初1時間に2キロの製品を作るのが精一杯だったのが、今では7.5キロ〜8キロ程度作れるまでになったという。
最初期の予算を掛けない改善から現在の自社エンジニアリングによる機器開発まで、数々の業務効率化を成し遂げてきた果実堂。改善の優先順位はどのように振り分けられているのだろうか。
「1)」だが、QCDS、すなわち品質(Quality)、価格(Cost)、納期(Delivery)、安全性(Safety)のサイクルを廻している内に、生産コストが下がっていく。予算がなかった初期は機に乗じて潅水チューブのような安価な備品からアップグレードしていったという。
「2)」は高瀬さんが果実堂に関わることになった背中押しの部分とも関係してくる。先述の AVG による収穫物の搬入は、従業員が重さ10キロのコンテナを持って腰を痛めたことがきっかけだった。働く者の労務を軽減し、削減した時間は福利厚生として休みに充てたり、さらなる改善活動に充てたりしている。
「改善には建築士時代の知見も生きていると思います。しかしどんな産業でも目指すところは同じではないでしょうか。農業以外の業種に参入していたとしても、同じことをしていたと思います」(高瀬さん)
高瀬さんによると、労務改善は環境配慮にもつながっているという。
例えば
こうして期せずして労務の改善が SDGs の実現をも可能にしているのだ。
データを駆使して型を作り、業務を改善し、SDGs活動に結びつけるという部分までお話ししてきた。しかし農家の多くがこうしたことを実現できていないのは、データ活用のスキルだけが問題だからではない。天候や自然災害などの不確定要素が多く、生産が計画通りに進まないという農業の特性にも問題があるからだ。しかし高瀬さんは言う。
「常々言っているのは『農業にイレギュラーはない』ということです。イレギュラーの存在を許容してしまうと、イノベーションが起こりません」
果実堂でもかつては「大雨で災害対策しないといけないので、今週の改善活動はできません」などの声が上がっていたという。しかし台風や大雨は毎年起こりうるものだ。災害が起きてから動くと効率が悪いばかりか危険も伴う。前段階で予防し、災害に対してゆったり構えることが重要になる。
「豪雨対策も飛散防止も可能な限り準備した。もしものときはもしものとき」
従来の農業には災害に対する周到な準備と、ある種の開き直りとも言えるマインドが足りなかった、と高瀬さん。日々の改善活動を、災害や危機が起きた時のレジリエンスにつなげることが大切となる。
災害は避けられない。2012年の九州北部豪雨では700ミリの雨で農地の1/3が冠水し土砂に埋もれた。2016年の熊本地震のとき、会社のある益城町はもっとも深刻な被害を被った。ダムが決壊して水が出なくなったのである。
北部豪雨では深刻な打撃を受け回復に3ヶ月を要したが、震災のときは事前の災害対策に基づき、給水車を5台借りて散水することで黒字を保つことができた。
「災害対策は更新中で BCP(Business Continuity Plan :事業継続計画)の策定を行っているところです」
災害対策も織り込みながら日々業務を改善しているのだ。
ビニールハウス栽培が中心なので計画が立てやすい面はある。しかしイニシャルコスト回収がたいへんなので、露地栽培で戦う方が有利な面もある。果実堂では露地栽培のコンサルもしており、地形を見て排水整備をするだけで収量が大きく改善することを経験してきた。国内のみならず、ミャンマー、台湾、ベトナムなどアジア各地の露地栽培の現場でも結果を出している。
現在果実堂は年間800トンの生産量を誇る国内最大のベビーリーフメーカーへと成長を遂げている。「数値を活用すると収量が2倍、3倍になる」という高瀬さん自身の言葉を実証した形だ。「データを元に型を作る」を愚直に実行し、地道な改善を積み重ねた結果が、複利式に大きな風となったのだろう。それが若い人材を集める求心力にも繋がってる。働きやすい環境をデータの力で実現できたとき、それが地方創生の軸になるのかも知れない。
高瀬貴文(たかせ・たかふみ)氏
株式会社果実堂・株式会社果実堂テクノロジー代表取締役社長。
1975年生まれ、大阪府出身。1999年建築士として住友不動産(株)に入社。2008年(有)西日本農業社に転職。果実堂創業者・井出 剛氏の依頼で同社の技術指導を担当。2011年果実堂入社。栽培管理部部長・技師長、執行役員、取締役を経て2019年12月より現職。2016年に果実堂テクノロジーを分社化し、農業コンサルティング事業も行っている。
聞き手:檀原照和(だんばら・てるかず)
1970年生まれ、横浜在住。大学時代に都市政策について学ぶ。劇団員、印刷会社勤務などを経て2006年出版デビュー。過去の寄稿先は角川書店、筑摩書房、ミリオン出版、夏目書房、リイド社など。取材範囲は宇宙開発からベンチャー企業、街角の個人店まで幅広い。果実堂との出会いは今夏発売予定のSDGs本での編集協力。現在は Web メディアでの記事執筆も積極的に手がけている。日本文藝家協会会員。
(取材:檀原照和 PHOTO:森雄也 編集:藤冨啓之 企画:野島光太郎)
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