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市役所のプロジェクトは「100年先の未来をつくる最高の仕事」。職員のマインド変革で「未来共創のまちづくり」を進める、埼玉県入間市の市政改革とは? –Manufacturing Japan Summit 2025 イベントリポート

2025年2月4日、5日、ホテル椿山荘東京で開催された「Manufacturing Japan Summit 2025」。会場には、国内の製造業リーダーやソリューションプロバイダーが集い、講演やディスカッションを通じて産業界の課題や未来像を語り合った。本稿では、埼玉県入間市市長の杉島理一郎氏とエリコンジャパン株式会社バルザース事業本部シニアアドバイザーの田岡秀樹氏の対談「日本ものづくりの再興を語る~入間市の挑戦が日本中を巻き込む?!~」の内容をダイジェストでご紹介する。

         

改革の素地づくりから着手。4年間で得た手応えとは

2020年に初めて入間市長に当選し、2024年から2期目を迎えた入間市長の杉島氏。就任以来、「未来共創のまちづくり」を市のパーパスとして掲げて従来の体制を見直し、職員とともに行政の変革に取り組んできた。

エリコンジャパン株式会社バルザース事業本部シニアアドバイザーの田岡秀樹氏

対談の口火を切ったのは、田岡氏の「前例を重んじ、新しい取り組みや組織を超えた連携に慎重な『お役所』を、なぜ就任早々に大きく変えようと思ったのか」という質問だ。杉島氏はこう語る。

「課題が明確であれば、従来のいわゆる縦型の組織で、リーダーの指揮に従って一気に解決していくというアプローチが通用します。しかし、今のように課題自体が見えにくい時代には、皆で課題やあるべき姿を共有し、協力しながら新たにつくっていく姿勢が求められます。こうした共創を推進するために、組織体制から見直し、市のパーパスとして『未来共創』を掲げました」(杉島氏)

埼玉県入間市市長の杉島理一郎氏

もちろん最初から、そうした改革の素地が庁内に出来上がっていたわけではない。むしろ市は一通りの開発が済み、財源も厳しい状況にあった。一方で市民のニーズは多様化・高度化しており、職員のやりがいやモチベーションも高いとは言えない面も見受けられたという。

杉島氏が改革の第一歩として着手したのは、ブレーン集めと課題の洗い出しだった。必要な人材をさまざまな手段で探して集め、入間市の課題把握と解決に向けた攻略案づくりに徹底的に取り組んでいった。

実はこうした取り組みは、着任の前から始まっていた。無投票当選がほぼ確実だったことから、市長選の3カ月前から準備を開始し、6分野・30本・60項目に及ぶ公約「RISE UP宣言」を策定。選挙前に市職員へ「当選後にこれを実行する」と宣言する異例のステップを踏んだ。田原氏はこのアプローチについて、「公約を市民ではなく、まず職員に向けて行った点に、杉島市長の改革にかける本気度が感じられる」と評価する。

「市長就任後は、マニフェストを確実に進行させるために、進捗管理と数値目標管理を必須とし、その達成に向けて具体的に何をすべきかを徹底的に詰めていきました。個人的にはここもみんなと共創したかったのですが、現状を変えるには強いリーダーシップが必要だと考え、トップダウンで推し進めました」(杉島氏)

ただ「独裁」では組織を変えることは難しいと考え、ブレーンをはじめ優れた人材を個々のプロジェクトに投入。職員たちは、「外からの視点」に触れることで、杉島氏の主張が独善的な考えなどではないと理解して、積極的に参加してくれるようになったと振り返る。

「潮目が変わってきたと感じたのは、開始から1年半~2年経った頃です。2022年度SDGs未来都市に選定されたり、全国初のヤングケアラー支援条例の施行で、大勢の方が行政視察に訪れたりと、入間市の改革が外から注目を集めるようになりました。市職員の応募者数も増加し、2023年度は400人を超える応募がありました」(杉島氏)

「630万人が訪れる街」という強みを再発見

杉島氏は、上で掲げた公約「RISE UP宣言」の達成度を、第1期の任期が満了する2024年時点の自己評価で87点とした。最も大きな成果が「入間市の地域資源の再定義」だという。

0から1を生み出すよりも、入間市にすでにある「強み」を探す方が効率的だ。そう考えて入間市のアドバンテージを徹底的に見直した中で、「年間630万人もの人が訪れている」という強みを再発見した。

これほどの人数の正体は、会員制のアウトレット店として人気の高い「コストコ 入間倉庫店」の来店客だ。同店は圏央道入間インターチェンジのすぐそばにあるため、オープン直後に道路の大渋滞が起こり、市役所に苦情が殺到したこともあった。

「しかし私は、年間630万人もお客さんが来るこの施設を、入間市の強みにするべきだと発想を転換。職員にもその考えを共有していった結果、今ではこのコストコが市の自慢だという人も増えました。今後は、コストコを起点に市内を回遊してもらえるように働きかけていく計画です」(杉島氏)

田岡氏は、この事例を「まさに、マイナスをプラスに変えた大きな成果」とする一方で、「ここまでのネガティブな姿勢を一気に方向転換するには、そこに合わせて職員のマインドを強力に変える具体的な取り組み、苦労話があったはず」と水を向ける。

「ここでも進捗管理を徹底して実践しました。もう1つは、『やるべきことはどんどんやる』。具体的には、プロジェクトをいくつ並行させられるかが評価のポイントだとして、部長や課長にリーダーシップを取って進めてもらう。スピードが出ない時は、外部アドバイザーを入れて加速させるケースもありました」(杉島氏)

一見強引に見えるが、けっして単なる精神論ではない。田岡氏も「進捗度合いをできる限り定量的に見ようとする姿勢は、抽象的な指標であるパーパスやテーマの達成度を把握する上で非常に有効な手法」と評価する。

職員の中に「100年先の未来をつくる最高の仕事」という意識を育てる

入間市の市政改革のパーパスは、冒頭でも触れた「未来共創のまちづくり」だが、田岡氏は、「その推進に当たって、市長自身が最も大切にしていることは何か」と、根底にあるフィロソフィーについても尋ねる。これに対して杉島氏は、改革のスタート当時から、プロジェクトそのものには全員が懸命に取り組んでくれたが、同時に何か違和感があったと明かす。

「私としては、いくつもあるプロジェクト同士をかけ合わせればもっと面白いことができると思うのですが、役所の組織が完全に縦割りであり、シナジーが機能しません。職員自身も諦めているところがあり、結果としていつの間にか、各チームがプロジェクトの目標を成功させるだけの組織になってしまっていたのです」(杉島氏)

そこで改めて杉島氏は、「何のために自分たちは仕事をしているのか」を職員に伝えることが、取り組みの前提だと気づいたという。

杉島氏は「そのためには、行政にとっての明確な言葉としてパーパスが必要だと考えた」として、「心豊かでいられる、『未来の原風景』を創造し伝承する。」を入間のパーパスに掲げた。

100年先の未来から入間の人々が振り返った時に、「これが自分たちの原風景だよね」と言ってもらえるようなモノやコトをつくり出す。どんな小さなことも、どんな分野の仕事であっても、それらが全て100年先の未来をつくる最高の仕事だと思って、一人一人が楽しんで取り組もうというメッセージだ。

最近では職員の意識にも変化が見られ、手応えを感じているという。中でも感度がいいのは若手の職員で、意欲や変革への前向きな姿勢を持つ職員が、上司に新しい知識などを教える「リバースメンター制度」も導入された。これは、すでにDX分野で導入していたものを、パーパス分野にも広げていったものだ。また共創の企画などでも、若手がよいと思うものを提案する機会も設けている。

加えて、就任当初から進めてきた外部人材の導入も加速中だ。杉島氏は、未来への投資として大型プロジェクトを増やしていった結果、それまで経験のなかった職員たちにも、大きな案件に携われるスキルが蓄積されてきたと語る。

「しかし今度は、そのスキルを生かそうにも、行政枠だけでは資金が足りない。そこで、徹底的に外部の方々の力を借りることとし、官民連携の『未来共創推進室』を立ち上げました。これを核に、民間のアイデアと資本を使って入間市の社会課題を解決していくというプログラムを作成中です」(杉島氏)

子どもたちが自分で答えを見つけるための教育を地元企業と連携して推進

これまでの取り組みの成果である「入間市の強み」として、杉島氏はいくつか例を挙げる。「ふるさと納税額が20倍以上に増加」「行政視察件数が大幅にアップ」「市職員の応募人数大幅アップ」「市の公式ホームページが859万アクセスを達成」「観光客数が埼玉県内第4位の約630万人に増加」「手もみ茶、全国品評会で第1位獲得、19連覇」など、内容は多彩だ。田岡氏は、こうした成果を踏まえた上で、これから本格化する2期目の展望について尋ねる。

「2期目の市政改革の3本柱の1つに、教育改革があります。単なるカリキュラム改革ではなくて、子どもたちが実社会で経験したことの中から、自分で答えを見つけていくための教育を展開していく取り組みを現在進めています」(杉島氏)

そしてもう1つの大きな関心事は、市内の製造業とのリレーションづくりだと、杉島氏は明かす。入間市内にはものづくりに関する中小企業が非常に多く存在している。そうした企業の横の連携や横展開について、積極的に取り組んでいきたいという。

すでに市内には、微細加工技術のスペシャリスト企業が協働して商品開発や若手育成に取り組むプロジェクト「マイクロヒル構想」のような活動が長年継続されており、こうした人々との共創もこの先の大きなテーマだと語る。

対談の終盤では、田岡氏が会場の参加者にも呼びかけ、制限時間いっぱいまで杉島氏との質疑応答が行われるなど、盛況のうちにセッションは幕を閉じた。

 

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