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特集「CIOの履歴書」 CIOは意思決定を躊躇う人の背中を押す仕事(前編) 株式会社digil 田口慶二氏

特集「CIOの履歴書」では、CIOとして活躍されている方々の「CIOに至るまでのキャリア」、「CIOの後のキャリア」について迫りCIOのキャリアについて考察するとともに、読者の皆様に「CIOの魅力」をお伝えします。第六弾となる今回は、株式会社オープンハウスでCIOを務めた後独立され、株式会社digilで代表取締役社長を務める田口慶二氏にお話を伺いました。CIOとしてオープンハウスの急成長に大きく貢献された田口氏のこれまでのキャリアやCIOに至った経緯、また、CIOというポジションの魅力について前編、後編に分けてご紹介いたします。

         

CIOに至るまでのキャリアについて

── ファーストキャリアはバリバリの技術者だったとお伺いしました。

田口氏:実は私が大学1年生だった1992年の当時、私が通っていた慶應大学環境情報学部(SFC)では現在内閣官房参与を兼ねる村井先生と現在情報通信研究機構(NICT)理事長の徳田先生の2人が1つの研究室を持たれていて、その研究室にどっぷり通い詰めていました。SFCの授業や研究室での経験からインターネット技術に大きな可能性を感じ、ファーストキャリアはインターネット技術に関われる技術者を選択しました。

大学生時代は、インターネットとメールソフトを利用すると無料でアメリカに情報が送れることや、HTMLを処理できるブラウザNCSA Mosaicを米国からソースをダウンロードして実行ファイルを作れば、無料で公開されているNASAの情報をリアルタイムで見ることができることなどに衝撃を受け、その感動を何とか世の中に伝えられないかと考えていました。常駐プログラムdaemonとの出会いも新鮮でした。

村井先生と徳田先生にも頼み込んで当時では高スペックのSun microsystemsのSS20を画像検索研究のために使わせて頂いていました。村井先生が「コンピュータメモリーは普通ffで使うよね。(16進数の0xff、10進数の256、最大スペックで使おうという例え)」と言われたことも印象に残っています。

自分が感動した新しいインフラの上で動くもの、新しいインフラ上だから出来るようになったことをできるだけみんなに知ってもらいたいと思いながら学生時代の4年間を過ごしていました。

すごくオタクでインターネット技術に非常に興味があり、私自身技術者を極めようと考えていたことから、大手通信会社に入社を決めました。会社では調整事も多く、勉強する時間が取れないとかなり焦っていましたね。

ファーストキャリアとして選んだ大手通信会社では、情報セキュリティのエンジニアとしてインターネット上でクレジットカードを決済するために通信プロトコルの設計、標準化活動や認証局を利用したシステムの開発等を担当していました。学生時代の対戦ゲームで感じたインターネット決済への思いが仕事で実現出来るかも?と思って暗号技術、通信プロトコル、PKIに積極的に関与するようにしていました。

── 技術者世界一を目指すキャリアからの転機となった出来事を教えてください。

田口氏:ビジネス部門に転向する転機となったのは、外資系情報セキュリティ会社に転職したタイミングです。

大手通信会社で最新技術調査業務に従事する中で参加した米国での情報セキュリティのカンファレンスで、ある外資系情報セキュリティ会社の役員と出会ってお誘いをもらい、技術者として入社するかビジネス部門のメンバーとして入社するかどちらが希望かを問われ悩みました。

大手通信会社で技術者として働いていた当時、脆弱性診断目的でIPパケットのコーディングをする等、ネットワークやオペレーティングシステムなどインフラのことばかりやっていて技術についてはお腹一杯の状態でした。自分にはビジネスの経験が全くありませんでしたし、学生時代一緒に勉強していた仲間や一緒に働いていた仲間が少しずつ起業したり、ベンチャー企業へ転職したりし始めていたこともありビジネスに対する憧れがありました。

それもあって新しいことへチャレンジすべく、外資系情報セキュリティ会社に転職する際はビジネスデベロップメントかマーケティングをやりたいと伝えて転職をしました。ビジネスに関わる確かな要素技術を正しく理解してビジネススキルを身につければ視野も広がるかもと。キャリアプランの云々なんてありません。大きく持ってないスキルを採りに行こうぐらいです。

転職後外資系情報セキュリティ会社では、ビジネスデベロップメントとストラテジックマーケティングの両方のミッションを担当することになりました。

ビジネスデベロップメントでの経験で特に勉強になったことは、自社の商品やサービスをデファクトスタンダードに持っていくために標準化活動をどう使うのかまで戦略的に取り組んでいたことです。IEEEやRFCなど世の中が便利になるためのルールを決めながら、商品やサービス開発を平行して進めていく。標準化と決まった時には提供開始、先行者利益を一気に取りに行く。小さなベンチャー企業がインターネットを使ってどうやって天下を取っていくのか、明確なビジョンがあり、進めれば進めるほど勝ちにいける感覚を持って実務を経験させてもらったことが非常に大きかったです。

すべて同じように実現できるとは考えていませんでしたが、新しい環境で自分も同じような挑戦をしていきたいと感じました。技術も大切ですが、戦略やマーケティングも大切なのだと。

── 外資系情報セキュリティ会社から物流業界、不動産業界への転職は、どのようなお考えでしたか?

田口氏:当時は物流経路の途中でコンテナごと入れ替わったり、店舗でケースごと商品が紛失したりすることが多く、それらを防止するための情報セキュリティとRFID、印刷技術、画像解析などを組み合わせた物流コンサルティングおよびプロダクト開発を大手消費財メーカーや米国大手小売業向けに取り組んでいました。

この時に関わらせて頂いた企業さまのIT部門の在り方が後のオープンハウスで内製化組織に挑む際のきっかけになっていると思います。CIOは素晴らしい方々ばかりで、エンジニアも事業会社のIT部門に多くいる。自分たちのビジネスと適応技術を理解している方が多いのでプロジェクトを進める場合に話が早い。物事が速やかに決まっていく。企業を跨いだトレーサビリティやインストアマーケティング、POSの情報分析まで横串をさす基盤がどんどん作り上がっていく。POSデータを販売する新規事業の企画や米国マテリアルハンドリングに強みを持つコンサルティング会社の買収なども経験させて貰いました。そんな中あるイベントで展示員として説明をしていたところ、ある小売業の取締役の方から興味を持って頂き、お声がけを受け転職をしました。

自社だけではなくバリューチェーンにおける取引先とも情報を繋げることによって、バリューチェーン全体で、どのタイミングで商品をお試し提供から販売へ切り替えるとか、いつどのくらい販売出来たら予算を達成できるのかをシミュレーションをする仕組みも組み込みました。インフラからビジネスロジック、データマネジメントに精通するきっかけでした。

その後ヘッドハントの機会を頂き不動産広告業のIT子会社役員として参画し、その後本体に戻り取締役(マーケティング、技術管掌)をすることになりました。

── いつかCIOを目指そう、というお考えはあったのでしょうか?

田口氏:オープンハウスに入社する際には、ある一定の成果を残してCIOになりたいと考えていました。

オープンハウスに入社する前までの会社では、成果を残した上で起業や転職など次のステップを考えようと思っていて、自分が納得できるスキルレベルや環境などが整うどこかのタイミングでは、様々な業界、業種を通じて得てきた技術的な知見とビジネス的な経験のすべてを使って集大成をと考えていました。誰が見ても「おっ」と思うような結果を出したいと考えていました。米国企業で関わったCIOのようになれれば嬉しいと思って。そんな中、株式会社オープンハウスグループの荒井社長と出会い、転職を決めました。入社面談時の問いに対して「将来は結果を出した上でCIOになろうと思います。」とはっきり伝えました。

2014年売上1,000億円未満だった会社を5,000億円に伸ばす、2020年まで6年で約6倍の成長シナリオを目論んでいた社長から、その成長を支えるためにITに関することのすべてをやってほしいと言われていました。ただ、私が入社した当時技術者はいませんし、2、3名程度のIT担当者がヘルプデスク程度のことしかできていませんでした。

一人悶々と練り上げたIT戦略を実行するには採用を始めとした投資が必要な状況でしたが、社長にはIT戦略を理解してもらうことは難しく、当然コストの合意も難しい状況でした。社長から「システムコストの妥当性はわからないから物差しを作ってほしい」と言われました。当時上場企業のIT投資は年間売上高の1~2%と言われていたので、「売上高対比で会社の成長に合わせて走らせて欲しい」と言って決めた予算が売上高の0.2%でした。根拠があったわけではなく、絶対にYesと言ってもらえる水準を宣言してやろう、という思いでの発言でした。

その水準で合意して、IT戦略の実施内容についてはすべて任せてもらえることになったものの、着任前から進行していたプロジェクト数件が炎上していてこのまま進めた場合当初の目的は実現できない上に予算にも収まらない状況でした。このままでは成果を出せずにクビになってしまうと感じ、宣言した予算の中でやろうとすると内製化するしかないと考え、完全内製化に向けて準備を進めました。

かっこいい内製化のスタートではありませんでした。自分が成果を残すために、どうすれば予算内でクオリティを保つことができるか考えたときに、社内にエンジニアを採用して社内で作らないと私自身がクビになる状況だったのです。 ところが、採用活動が非常に難航しました。不動産会社のIT部門のエンジニアには、応募してくれる人がいなかったのです。そのままでは負け確定濃厚という状況。

そこで社長、取締役に「給与に関係なくCIOという肩書を名刺につけていいですか?」と相談し、最初は名刺だけのCIOから始まりました。後々メディアに対して記事を執筆したり、成果を取材頂くことで広告宣伝費をかけずにIT部門が先進的な活動をしていることの日本のエンジニアの採用に向けた認知をあげるために自分で追い込んだ感じです。

入社当時は結果を残してからCIOになりたいと思っていましたが、結果を残すためにエンジニアが必要で、エンジニアを採用するためにCIOという肩書をうまく使わないと前に進むことが出来ないというジレンマから、当時はCIOの器ではありませんでしたが無理やりCIOの冠をつけさせて頂いて自称CIOとなりました。

具体的な取り組みについて

── 株式会社オープンハウスに入社された後、最初に取り組まれたことについて教えてください。

田口氏:2014年の入社当時、多くの社員は「システムなんて要らない」という雰囲気で社長だけが危機感を持っている状況の中、最初に意識したのはチェンジマネジメントでした。

自分自身の社内営業として、「田口が入社したことにより訳の分からない世界が来るぞ」とインパクトを与えようと、当時発売されたばかりのiPhone6を社有携帯として導入しました。画面サイズ、指紋認証、紛失等々、越えなければならないハードルは多く、加えて業種的にITリテラシーが低い傾向にあったため全社員のITリテラシー底上げも必要でした。

通常は社有携帯よりも個人の携帯の方が新しいものを持っている状態がほとんどだと思いますが、個人の携帯よりも新しいものを社有携帯として導入しインパクトを与えたいと考えました。そうすれば反対勢力も少なくなりそうと。導入当時は(実際は失注していませんが)「あんたのおかげで電話を受けられないから失注したよ。」と半分冗談、半分本気で嫌味を言われましたね。

ただし、そもそも大前提として既存の社有携帯であるガラケーよりもコスト削減にならないと実現できなければ承認はされないというハードなプレッシャーがありました。結果としては、iPhone6導入時にはガラケーの契約に含まれていた不要なオプションを削り、複数年契約などを組み合わせることで、コスト削減と最新のiPhone6導入を実現することができました。会社にも従業員にもインパクトを与えることができました。

ですが、本当の目的は同じタイミングでG-Suite(現Google workspace)を導入することだったのです。デバイスは撒き餌としてiPhone6を使ってコストを下げ、本当にやりたかったグループウェアの統合、社内コミュニケーション基盤確立のために、当時あまり使われていなかったグループウェアを廃止しました。クラウドサービス、インターネット技術の素晴らしさをここでも伝えたかったのです。先端技術のリスクはすべて自分が取るのでチャレンジしようとチームに伝えて走りました。

G-Suiteのチュートリアルとして、ガラケーから機種変更に参加した50人×13回の説明会でiPhone6からGoogleスプレッドシートに同時に書き込んでもらったり、説明している担当者の内容スライドを別の担当者がリアルタイムに更新をかけてライブでコンテンツを追加したり、写真を撮った瞬間上司のGoogleドライブのフォルダへ格納されていることを見てもらったりしました。ここから働き方とツールの使い方を変えていく方向を知って貰いたかったのです。

チェンジマネジメントのためにiPhone6を使い、グループウェアで社員を教育するために一緒に取り組んだことが最大のティッピングポイントだと思います。これにより、全社員を巻き込んだ施策を推進しやすい環境を一気に作ることができました。

── CIOの肩書を得て進めたと伺った採用活動についてお伺いさせてください。

田口氏:iPhone6やG Suitesの導入チームとは別にシステム開発内製風土が現場に評価され軌道に乗り始めたため、現場からあれもこれもとたくさんの要望を頂いてリソースが足りなくなったことからオフショア開発拠点の開拓に乗り出しました。

2015年夏くらいだったと思います。入社1年過ぎたくらいでまだ会社としてCIOの肩書はありませんでした。なぜ日本での採用ではなくオフショア開拓に乗り出したかと言うと、先ほども言いましたが、日本では不動産業界に偏見を抱く人が多いのか、採用エージェント費用や広告宣伝費を費やしても応募者がいなかったのです。

そこで大手通信会社のOBの方々などからアドバイスを頂き紹介会社を介さずオフショアでシステム開発をできそうな国、都市を絞り込み1週間程度ベトナムを中心に東南アジアを回り、約60名のエンジニアと面談を行いました。コスト削減目的のオフショア活用ではなく一緒に成長するための技術者を探すためです。

海外のエンジニアを採用にあたって英語の翻訳資料限りで私がCIOと記述して良いことを承認頂き、IT戦略をオープンにし、「潜在顧客の属性をマシーンラーニングで分析して営業担当者にオポチュニティを返すようなプラットフォームを作るために仲間にならないか」と説明して回ったところ、東南アジア諸国のエンジニアの方は不動産業界に対する抵抗はなかったようで多くの方から手を挙げて頂くことができました。5名を選抜しオフショア開発をスタートさせました。CIOという肩書でなければ、エンジニアにはIT戦略の実行における本気度が伝わりにくい部分はあったと思います。採用でき安心した半面、自分が1日でも早く確かなCIOのレベルにならなければという緊張感もありました。

始めはしばらくテレビ会議をつなぎっぱなし、SNSメインでの英語でのコミュニケーションです。日本側では「日本語で仕事をしているうちは他社には勝てないから、日本語ではなく英語で仕事しよう」と言って、2016年頃からオープンハウスのシステム開発チームではすべての業務を英語に切り替えました。

── すべての業務を英語に切り替えることについて、社内の反応はいかがでしたか。

田口氏:賛否両論ありました。否の方が当時は多かったと思います。嫌な上司です。かなり嫌われたと思います。しかしながら海外でのエンジニア採用に成功し業務を英語で行うようになった頃から、先端的な取り組みが次々と具体化され、成果を定量的に評価される数字が示せるようになったことから記事にして頂いて発信できる内容が増えたと同時に、チームとしての競争力があがり成長の加速度が変わりました。テレワークしか出来ませんし、時差もある。関わる全てのエンジニアがブリッジSEであり、フルスタックのエンジニアでなければ回せない。それでもやっていくと皆、良い意味で越えてくる。時差を上手く活用するくらいになって欲しいと期待できるレベルまでに個々のエンジニアが成長していました。私は一心不乱に進めてきました。少しずつIT部門の導入事例などの記事掲載が増え始め2017年1月、会社として正式にCIOを拝命することになりました。実感は全くありませんでした。

当初描いていたIT戦略の姿も2017年には実現でき、さらなるバリューチェーンのデータ連携の上流や下流への拡大を含めて競合他社に対して圧倒的な優位性を築くことに貢献できたと考えています。2018年以降は優秀なエンジニアを採用するために可能な限り執筆や講演、取材依頼などにも取り組みました。おかげさまで新卒採用において未来に明るいエンジニアを国内外から採用する流れも確立され、グループ全体としては売上高も1,000億円未満だったところが、2021年では想定を大きく上回る8,000億円規模になりました。

お話を伺ったCIO:田口慶二氏のプロフィール

田口 慶二(たぐち・けいじ)氏
株式会社digil 代表取締役社長

慶應義塾大学環境情報学部卒業後、大手通信会社や外資系情報セキュリティ会社にて、インターネット黎明期における国際標準化活動、EC基盤開発、ITコンサルティングに従事。流通業界や住宅広告業界を経て、2014年に株式会社オープンハウスグループに入社。2017年には同社CIO(最高情報責任者)に就任し、IT戦略の策定・実行を担う。2021年8月に株式会社digilを創業し、代表取締役社長に就任。


聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官

大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。

 
 

本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)

 
 
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