── パナソニックのCIOを引き受けた理由について教えてください。
玉置氏: 日本の社会へ貢献したいという想いとCIOという職を確立したいと考えたことが理由です。
アクサ生命では本当にアジャイル変革、働き方変革を思いっきり好きにやらせてもらえてすごく良かったのですが、日本の状況を見ると自分だけ良くても駄目なんじゃないかなと思っていました。大学時代は国立大学で過ごし、返済しましたが奨学金も頂いていました。でもやっぱり奨学金頂いたことは大きいと思うんですね。そんな中、自分が日本の国に何を返したんだろうと考えると、あんまり返してないなあと。少なくとも日本の経済のために日本の会社に行って自分で今までやってきたことを使って、後継者を育成すること、日本のIT業界を元気にすることもですが、CIOという職を確立しようと思ってやめることにしたんですね。
それでも色々な紆余曲折があってここに来ました。
そもそものきっかけは旧知の仲である樋口(パナソニックコネクト株式会社 代表取締役)の誘いです。
最初は断るつもりでした。パナソニックは大き過ぎるし、歴史が古過ぎるし、ややこしすぎる。もうどこを開けてもカビとか出てきそうじゃないですか。
ババ抜きだけど、誰かがやらなきゃいけないんですよ。この傷んだ組織を誰かが変えていかなくちゃいけない、誰がやってもうまくいかない、誰がババを踏むかなんですよ。ずっとパナソニックにいた中の人には、しがらみがあってできません。変革は失敗する確率が99.99%じゃないですか。味噌をつけられませんよね。
そう考えたときに、日本語がとても上手な外国籍のビジネスマンたちが取り組むイメージがなぜか思い浮かんだんですよね。そういう人たちの方がやりやすいんじゃないかなと。ただ、僕はグローバルの世界に身を置いてきたので日本国籍であろうと日本国籍じゃなかろうと関係ないと思っていますが、それでもやっぱり我々日本人の心の松下幸之助という偉大な創業者がいる会社を、日本人ができないからって日本人の方以外の人に任せていいのかなと思い、誰かがやらなきゃいけないんだったら僕がやると決意して、最終的に引き受けました。
── 日本の経済が他国から後れを取ってしまった理由はどこにあるのでしょうか?また、日本以外でもDXの必要性は問われているのでしょうか?
玉置氏: DXというワードを使っているのは日本だけです。日本に帰ってきたときには最初DXのことを「デラックス」と思っていました。Digital TransformationのどこにもXは入っていませんので。ですが、僕はデジタルトランスフォーメーションにクリアな定義を持っています。
1つ目は、モジュール化です。モジュール化とは、もともとある部品のユニットを組み合わせて新しいプロダクトを作り上げることを指します。
昔のテレビを考えるとすごくわかりやすいですね。昔のブラウン管テレビは部品がたくさんあって、その部品一つ一つに性能があって、その部品たちを組付けする技術があって、そういった部品の性能や組付けする技術で各社がしのぎを削っていました。それが、今のテレビはほぼ3つしかパーツがないんです。筐体、液晶パネル、マザーボード、以上。これしかないのです。
モジュール化によって、いかに安く効率的に組み立てるか、ブランド力を付けるかという勝負になってきているのです。これは、圧倒的なデジタル化と呼べて、日本の家電業界が大きく後れを取ってしまった部分です。
2つ目は、ITのコンシューマライゼーション、ITの大衆化です。
今や、小学生でもスマートフォンを持っています。社会全体にスマートフォンがいきわたっています。そうすると、自ずと効率的な仕事のやり方とか業務のやり方とか、プロセスの回し方が変わってくると思います。それが、僕はデジタルトランスフォーメーションの肝だと思っています。
モジュール化とITの大衆化に伴う業務効率化、この二つを視野に入れて、新しいビジネスモデルや業務プロセスを構築していくことが、デジタルトランスフォーメーションだと思います。
ただ、ほとんどの会社が、足元にある古いレガシーシステムが足かせになり、そこまで行っていないと思います。そのため、DXのステージゼロとしてレガシーシステムの刷新、モダナイゼーションをすることを、DXと呼んでもいいと思います。
言うならば、DX(準備)だと思います。
今後、僕がパナソニックでやることもDX(準備)だと思います。
── 日本の企業がもう一度ジャンプアップするためには何が必要でしょうか?
玉置氏: 完全にカルチャー変革です。パナソニックも今、全社的にカルチャー変革に取り組んでいます。ITの改革だけ進めてやれクラウドだと言っても、階級社会、昭和的な働き方が残っている職場では、宝の持ち腐れです。
また、フラットで、オープンで、みんなが安心して尊厳をもって仕事できる職場にしたいです。具体的に何をすれば良いかというと、「ゼロ・トレランス(規律違反を許容せず、厳しく罰すること)」という言葉を体現するのです。
年齢、性別、宗教、人種、国籍によるハラスメントを許容しない。多様性を受け入れる職場を作らなきゃいけない。ですが、「受け入れますよ。」だけではダメです。いかに成績がいい人でも上位者でも許容しません。という強いメッセージを発することが大事です。
フラットで、オープンで、みんなが安心して尊厳をもって仕事できる職場がなぜ良いかといいますと、一人一人のポテンシャルが完全に解き放たれるからです。日本はやはり同質化・同調社会でハイコンテクストなので、一人一人のポテンシャルが解き放たれていないのです。これは、ものすごい時間がかかるしエネルギーが必要ですが、ここが改革のいの一番だと思っています。
── 情報システム部長とCIOの違いはなんでしょうか?
玉置氏: 経営視点があるかないか、それしかないです。
情シス部長はMaster of Engineerでしかない。そういう人はとても大事です。ですが、CIOとかCIO的な役割をしている人は経営者です。そのため、Master of Engineerではダメなんですよ。一歩視座を上げて、経営者としての視点が必要です。
── CIOのミッションとはなんでしょうか?
玉置氏: 全てのCxOにも言えることですが、CIOのミッションは「変革」です。
カルチャー変革、働き方変革、ビジネス変革、IT変革などは、経営視点がなければできないことなので、どの会社にもCxOは必要だと思います。ですが、企業の持っているステージやスケール、複雑性によって社長が兼務すればよいと思っています。社長がCFOもCIOもCSOも兼務している会社がたくさんありますよね。
ここで、変革とは改善とは異なるものです。
改善は継続性があり前より良くすること。これは誰だってできます。対して、変革はトランスフォーメーションなので全く違うものに変えていかなきゃいけません。変革はディスラプティブ・イノベーションです。
強く思っているのは、本当にCIOは変革者ですよね。変革者であってCIOは人気取りでは絶対だめなんですよ。嫌われる勇気を持てと。変革に来た人なんて誰も好きではないですよね。自分たち変わらないことが一番幸せなんだ。でもそのアンポピュラーになる勇気を持って変革に望まないと、CIOとしての矜持を保てない。それは大事だと思います。
── CIOのキャリア戦略について、どう考えられていますか?
玉置氏: 変革は非常にタフな仕事です。それでも、CxOの最大のミッションですので、そこから逃げるわけにはいかないと思います。
ひとつの会社・組織で長い間、ひっきりなしにやって来る課題や市場の変化に立ち向かい、どんどん変えていくのもいいでしょう。
また、変革を本当に必要としている企業に移籍して、そこで「中の人」として変革を推進するのもいいと思います。「中の人」になるということは、コンサルタントとして仕事を請け負うのとは違う難しさもありますが、やりがいも大きいでしょう。そして、ある程度やり終えたら次の企業へ行き、また変革を推進する。疲れますが、そういうことをできるのがいわゆる「プロ」ではないでしょうか。
CIOの仕事を「天職」とすれば、転職ではなく企業を移る「転社」もまたCIOのキャリアのひとつの選択だと思います。
大きな企業グループなら社内で全然違う事業に行くのも、「転社」みたいなものではないでしょうか。
── 20代から転職をすることには賛成でしょうか?
玉置氏: 僕は自分が何者かがわかるまでは転職反対です。
自分が何をして世の中に貢献していくのか、わかっていれば別に良いですが、おそらく、5年くらい働いただけでは「これ好きだな」とか「得意やなぁ」とか、わからないと思います。20代に限らず、30代、40代の方でも、これがわからないうちは今の会社に残った方がいいと思います。
一番ダメなのは待遇がいいからという理由で転職することです。自分が何者かを確立できていないうちは周りに流されてしまいがちです。これでは、長い人生が良いものになりません。
── 外資系企業出身者が日本企業に移られて活躍されている構図について玉置さんのお考えをお伺いさせてください。
坂本: 日本企業がこれまでIT組織、IT人材の育成に力を入れてこなかった、あるいは組織カルチャーの特性上変革を仕切るような人間がなかなか育たないということもあると思いますが、外資系企業で活躍されてきた方が日本への恩返しのために日本企業に移られて活躍されるケースが増えていると感じています。
玉置氏: 外資出身者やコンサル出身者が様々な企業でCIOとして活躍している理由は、しがらみがないからだと思います。変革者はしがらみがあってはいけないので、変革者としてそこはクリアだと思います。
重要なのは、変革者となるべく自分のキャリアを作っていくことです。
まず、自分はITにおいて何が得意なのか、専門性、自分の軸を確立したほうがいいと思います。例えば自分はBPRが得意です、マスターデータのエンジニアリングはすごく得意です、ベンダマネジメント得意ですとかね。開発の効率化が得意です、運用が得意ですというのもいいでしょう。
次に、経営者としてどういう経営者かを確立したほうがいいと思います。発信型なのか、調整型なのか、育成型なのか、例えば組織を育成するならばそれを自分で発信するタイプなのか、それともディスラプティブ・イノベーションを起こすタイプなのか、などです。
自分のITとしての専門性はなにか、経営者としての専門性は何か、まずはこれをある程度一つのところで長い時間をかけて確立した方がいいと思うんですよね。
僕はどんなところでも必ず得るものがあると思うので、できれば新卒で入られたら諦めずに最初の10年はいたほうが良いと思いますね。10年間ぐらいいると経営者も変わるので自分の軸もだんだん分かってきます。転職を否定するわけではありませんが、この二つをまず10年ぐらいで周りの人とか先輩とか自分の上司とか経営者とかを見ながら作れたらいいんじゃないかなと思います。
玉置氏: CIOを目指すのであれば一歩視座を上げて、経営の観点から物事を見ていく訓練をしてください。
どう訓練していくかはクリアです。全員明日から実践できると思います。
まず、自分の会社の経営に興味を持ってください。四半期ごとの決算発表などガンガン情報を見れば、自分の会社のPLやBSがわかってきます。
次は、部下に伝えることです。「会社が今こういう状況だから、今このプロジェクトを進めなきゃいけんだ」と、ロジカルに説明ができるようになることです。重要なのは、経営者が語っている言葉で語れるようになることです。
玉置 肇(たまおき・はじめ)氏
パナソニックホールディングス株式会社 執行役員 グループ・チーフ・インフォメーション・オフィサー (グループCIO)/パナソニックインフォメーションシステムズ株式会社 代表取締役社長
1993年、P&Gファー・イースト・インク(現P&Gジャパン合同会社)に入社後、20年以上システム畑を歩み、その間、日本、米国、シンガポールにおいて地域CIOやグローバル・ディレクターなどの要職を務め、会社のグローバル化を推進した。2014年、株式会社ファーストリテイリングに入社、グループCIOに就任。2017年、アクサ生命保険株式会社の執行役員 インフォメーションテクノロジー本部長に就任。2021年5月、パナソニック株式会社執行役員グループCIOに就任。
聞き手:坂本俊輔
CIOシェアリング協議会 副代表理事、GPTech 代表取締役社長、元政府CIO補佐官
大手SIerでの業務従事ののち、ITコンサルティングファームの役員を経て、2010年にCIOアウトソーシングを提供する株式会社グローバル・パートナーズ・テクノロジーを設立。以降、一貫してユーザ企業のIT体制強化の活動に従事している。2017年からは政府CIO補佐官を兼業で務めた他、IT政策担当大臣補佐官や株式会社カーチスホールディングスのCIOなども務めた。
本記事は「一般社団法人CIOシェアリング協議会」に掲載された「CIOの履歴書」のコンテンツを許可を得て掲載しています。(インタビュー実施日 2021年5月7日)
メルマガ登録をしていただくと、記事やイベントなどの最新情報をお届けいたします。
30秒で理解!インフォグラフィックや動画で解説!フォローして『1日1記事』インプットしよう!