このシリーズではシビックプライドを生み出す源泉として「音」にフォーカスしていますが、「音」とはそもそも何でしょうか?
音とは、空気や物質に伝わる振動を人間の聴覚が知覚する現象です。物理的には、音は周波数(Hz)、振幅(音量)、波形といった要素で構成され、これらが組み合わさることで音色や質感が決まります。しかし、まちを歩いているときに私たちが意識する音は、単なる物理的な振動以上の意味を持ちます。
音環境デザイナーである小松正史氏は、音を単なる物理的な振動としてではなく、「心動(しんどう)」と名付けます。それは生まれたての赤ん坊が初めて出会う音の響きに驚く感覚であり、「外からの感覚を感じて心がドキドキ動く(感情が変化する)こと」を意味します。そして、小松氏は日常的にさまざまな音を聞き流している私たちの中に「心動」を湧き上がらせるためには「音育(音の教育)」が必要であるといいます。
では、「音育」とは具体的にどんな技法を含むのでしょうか?小松氏は注意を向けづらい「背景音」に焦点を当てることだとします。
背景音とは、私たちが普段よく耳にする音楽や声といった目立って聞こえる「前景音」と対立する概念であり、脳内の「前意識」で処理されます。わたしたちは日常生活の中で背景音と前景音を無自覚のうちに選別しており、多くの場合、背景音をスルーしてしまいますが、実はこの背景音にこそ、空間を好転させるカギが潜んでいるのです。
「音をデザインする」と聞くと、コンサートホールや音響製品の調整をイメージするかもしれませんが、都市やまちのスケールでも音は「設計」され得ます。その際、普段意識が向きにくい背景音にまで注意することが重要です。
ここでは、小松氏が提唱する音のデザイン手法を3つの手順を紹介します。
「音をデザインする」とは、単に白いキャンバスにさまざまな色の絵具をのせていくように、静寂な空間にやみくもに音を「足していく」ことだけを意味しているのではありません。むしろ、一番重要なのは、不快な音を遠ざけたり、目立たなくすることです。そうすることで、「前意識的」な背景音に注意が向く土壌が整います。
音をデザインする空間の内装に注目し、響き方をコントロールする段階です。天井、床、壁などの素材を変え、空間の用途に見合った響きを生み出すようにします。会話を聞こえやすくしたい空間なら吸音材を多用して響きを抑え、音楽などの残響を効果的に出したいなら響きやすい材料を選びます。
最後に新たな音を導入します。この段階で重要なのは方向性を明確にすること。交通騒音のようなネガティブな音をマスキングするために導入するのか、音や音楽によって空間演出したいのかなど、何のために音をプラスするのかをはっきりさせておかないと、かえって空間の印象が悪くなってしまいます。
まちづくりの場合は音をデザインすることで、シビックプライドを高めたいという目的がありますが、やみくもに音を加えるよりも、先立つ段階をしっかり踏むことが大切です。
先回の記事では、JR西日本が導入した大阪環状線の発車メロディを紹介しました。これらの取り組みは、アメリカ民謡から文部省唱歌まで「前景音」を中心に採用した点が特徴といえるかもしれませんが、前項の手法を使えばやや異なったアプローチが可能かもしれません。
前出の小松氏は京都丹後鉄道のサウンドブランディングを担当した際、「人にやさしく、丹鉄らしい音づくり」を目指したといいます。観光客には、丹後の異文化を聴覚的にイメージしてもらうことを想定したのです。
それを前提にすると、単に丹後を象徴するような曲を安易に選んで流すのではなく、駅メロは列車のディーゼル音にマスキングされずしっかり耳に響くように、駅舎の空間ではほのかな音量の環境音楽を流し、人々の記憶や地域に溶け込むように設計されました。
音のデザインにおいて背景音が重要であるなら、自分が住むまちをよりよく理解したり、ブランディングしたりする上では、これまであまり聞こえていなかった音にも意識的に耳を傾ける必要があります。そうすることで、まちの姿がより鮮明に見えてくるはずです。音に向き合うための作法を、いくつかの実践的視点から整理します。
サウンドウォークとは、特定のエリアを歩きながら音に集中して耳を澄ませる体験です。マリー=シェーファー自身も提唱したこの方法は、地域の音環境を把握し、新たな発見を得るための手段として世界各地で実践されています。
例えば、普段は気にも留めない風鈴の音や水道管の水流音、パン屋から漏れるオーブンの音などが、まちのストーリーを伝えてくれます。
すべての音が歓迎されるわけではありません。都市開発の現場では、工事音や車のクラクションなど、ストレスを与える音を減らす取り組みが不可欠です。同時に、まちに「心地よいBGM」として残すべき音、例えば鳥の声や川のせせらぎなどは積極的に活かすべきです。
「音を足す」だけでなく、「音を削る」という観点で、バランスを取ることがまちの音環境を豊かにします。
前回も触れましたが、音のデザインは専門家だけの仕事ではありません。住民が自分たちの「好きな音」「残したい音」を語り合うワークショップを通じて、まちの音の方向性を共に考える事例も増えています。特に今後のまちづくりを担う子どもたちや若い世代が自分たちの「まちの音」に敏感になれるような「音育」が欠かせません。
例えば、石川県輪島市では、2023年に大学生、小学生がまちのさまざまなスポットで音を収録し、郷土芸能の曲に組みこむワークショップが開催されました。その結果、参加した小学生の51.1%が「自分の住む地域に誇りが持てた」、91.1%が「輪島のいいところを見つけられた」と回答しました。
「まち」の音は、視覚的な景観以上に無意識に人々の感情や記憶に作用し、共同体への愛着を育む力を持っています。第2回で取り上げた「音の採取」と「音のデザイン」は、まちづくりの中でますます重要なテーマとなるでしょう。
次回(第3回)は、音と他の感覚―視覚・嗅覚・触覚―との統合的なデザインについて考察し、「五感で感じるまちづくり」に迫っていきます。
著者・図版:河合良成
2008年より中国に渡航、10年にわたり大学などで教鞭を取り、中国文化や市況への造詣が深い。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。現在は福岡在住、主に翻訳者、ライターとして活動中。
(TEXT: 河合良成、執筆協力:新田浩之、編集:藤冨啓之)
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