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三井住友海上CMOが訊く、 JR東日本の“ユーザ中心のあたらしい生活サービス” 構築への挑戦

         

東日本旅客鉄道(JR東日本)が今、大きな転換期を迎えようとしている。鉄道を中心とした輸送サービスだけでなく、生活サービスへと質的な変革を目指しているのだ。そのためにデータを武器にしたマーケティングにも力を入れていくという。どのような取り組みが進められているのか。
デジタルとビジネスの橋渡し役としての「ビジネストランスレーター」の重要性を説く、三井住友海上火災保険(三井住友海上)のCXマーケティングチーム長の木田浩理氏が、JR東日本のデータマーケティングを先導する渋谷直正氏に尋ねた。

写真左)東日本旅客鉄道MaaS・Suica推進本部 データマーケティング部門担当部長 渋谷 直正 氏
写真右)三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部 部長CMO(チーフマーケティングオフィサー)
CXマーケティングチーム長 木田 浩理 氏

輸送サービスと生活サービスの比率を早期に「5:5」へ

木田 JR東日本では大きな変革を進めているとお聞きしました。

渋谷 はい。「JR東日本グループ経営ビジョン 変革2027」を掲げて、まさに取り組んでいるところです。背景には人口減少や昨今のコロナ禍など、経営環境が急激に変化していることが挙げられます。

実際に、営業収益の内容も大きく変化しています。JR東日本は鉄道を中心とした輸送サービス以外に、NewDaysなどのコンビニエンスストア、アトレやルミネなどの駅ビル、ホテルといった生活サービスや、Suicaの事業も提供しています。

東日本旅客鉄道MaaS・Suica推進本部 データマーケティング部門担当部長 渋谷 直正 氏

JR東日本の発足当初は、輸送と輸送以外の収益の割合は9:1でした。しかし、2017年にはそれが7:3になりました。2027年にはさらにこれを6:4にすることを目指していますが、最近ではそれをさらに加速させ、5:5にしようと言っています。

JR東日本グループにより2018年に発表された「変革2027」の基本方針では、鉄道を中心とした輸送サービスを質的に変革・進化・成長させるとともに、IT・Suicaなどの生活サービス事業に経営資源を重点的に振り向け、新たな「成長エンジン」としていくとしている。https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180702.pdf(スライド6)

人口減少などに伴って今後鉄道利用者の伸びは期待できないですが、駅がヒトの交流の拠点となることには変わりはないでしょう。そこで当社にとっては、駅を接点にして生活サービスを伸ばしていくことが重要になります。

それには鉄道に乗らない人であっても、スポーツ施設やショッピングなどで、JR東日本のサービスを利用していただくことが必要です。さらに最近では、新幹線に地方の特産物を載せ、首都圏で販売するといった事業も始めています。これは地方と都市を結び付ける事業です。こういったサービスをどんどん拡充し、“非鉄道”を伸ばしていこうとしています。

木田 マーケティングを担う者の一人として、JR東日本といえばSuicaがとても魅力的に映ります。ビジネスの可能性が非常に大きいですね。

三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部 部長 CMO(チーフマーケティングオフィサー)
CXマーケティングチーム長 木田 浩理 氏

渋谷 もちろん、Suica事業も新たな成長エンジンにしたいと考えています。Suicaは2021年に20周年を迎えました。現在約8,000万枚以上が発行されており、消費者の決済基盤として定着していますが、最近新しい使い方として力を入れているのが認証サービスです。オフィスや住宅の鍵をSuicaにしたり、コインロッカーもSuicaで施錠したりすることが可能になっています。いずれは、スタジアムや美術館などの入場券の機能もSuicaに持たせたいと考えています。

さまざまな決済手段やアプリケーションと連携し、あらゆる場面でSuicaを利用可能とし、Suicaの共通基盤化を推進する。 https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180702.pdf(スライド17)

お客様のSuicaの利用履歴は今後、私たちの大きな強みとなっていきます。個人は特定しないものの、お客様一人一人が、いつ、どの駅で乗降されたかが分かり、電子マネー機能では、何を購入したかまでは分かりませんが、いくらチャージしたか、いくら利用したかは分かります。

木田 膨大な量のさまざまなデータがあるわけですね。これまでは、どのように活用してきたのでしょうか。

渋谷 マーケティングに関しては、なかなか取り組みが進んでいなかったのも事実です。というのも、鉄道事業では、例えば、京浜東北線に何人乗っているといったように、おおまかな数字でとらえていたからです。実際、細かいお客様の動きをとらえたくても、そういうデータがなかったので、できなかったという実情もあります。

その点、私が以前働いていた航空会社では、30年以上前からマイレージ制度がありましたので、顧客管理システムでいわゆるCRMを実践できていました。そういうことは、鉄道ではできていなかったわけです。

しかし、SuicaやJRE POINTのデータを活用すれば、お客様のことをもっとよく知ることができ、お客様に喜ばれるサービスを提供できるようになるはずです。データを使ったマーケティングが、これからのJR東日本には不可欠であり、それをまさに推進しようとしているところです。

JR東日本グループのビジネスプラットフォームとして、「JRE POINT」を通しては、各サービスを結び付け、新サービス導入を拡大・加速するとともに、多様なサービスをワンストップで提供することにより、お客さまの「ストレスフリーな生活」につなげるとともに、個別ニーズによりきめ細かく対応することを目指している。https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180702.pdf(スライド14)

木田 とても興味深い話です。データをマーケティングに活用するという取り組みが本格的でなかったということは、データをマーケティング施策のために分析する人もいなかったのですか。

渋谷 もちろん、鉄道をきちんと安全に安定的に動かすことに関してはデータ分析を行っていて、点検やメンテナンスなどに生かしていましたし、データを用いた研究開発も行っていました。しかし、ことマーケティングに関してはこれからという感じです。

木田 私の所属している三井住友海上と、以前の状況がよく似ています。当社はこれまでマーケティング部門はありませんでした。なぜなら代理店ビジネスのため、マーケティングをやる必要がなかったからです。当然、データマーケティングという考えもありませんでした。

Suicaなどのデータを活用し、予測モデルを作成する

木田 先ほど魅力的だと言いましたが、マーケターとしてSuicaのデータの分析には憧れます。膨大な人の、移動から購買まで分かる。つまり、人の生活スタイルまで捉えることができます。我々マーケターは日々それをいかに様々なデータから推測するかに苦心しているわけです。実際にこのデータを使って、どのようなマーケティングを実施しようとしているのですか。

渋谷 いくつか考えています。まずBI(ビジネスインテリジェンス)領域、すなわち可視化です。現場の人たちにデータを見てもらいやすくします。例えば、各駅で時間ごとの乗降者数などのレポートに加えて、「自分が勤務している駅を利用している人はどういう特徴があるのか?」といったデータも見られるようにしています。現状はまず現場社員にデータに触れてもらって、「そういうことが分かるんだ」と感じてもらっている段階です。現場のニーズを聞くために、私も今、あちこちの現場を回っています。

木田 渋谷さん自ら現場のデマンド、つまり要望や課題をヒアリングしているわけですね。

渋谷 はい、現場に行かないと分かりませんから。例えば、いくつかの駅から要望があがったレポートは、確かに駅の売り上げに直結する実用的なものでしたので、さっそく持ち帰って可視化のダッシュボードをつくり、各駅の担当者が見られるようにしました。この他、定期券の発売状況も分かることを利用して、年度末の定期券購入が集中する時期の駅の混雑状況などをお客様に告知するような展開をしてもらっています。

木田 最近、それぞれの駅の案内用ポスターなどにも、工夫がこらされて独自性を出しているように思います。当社の本社ビル近くの御茶ノ水駅もポスターがとてもユニークでつい足を止めて見てしまいます。JR東日本の文化が変化しているということでしょうか。

渋谷 「現場に知がある」と考え、現場の発意による施策を具現化させることを進めているところです。

木田 2022年3月16日にリリースが出た「駅カルテ」とは、どういうものでしょうか?

渋谷 駅カルテは、Suicaのデータをもとに当社が作成した統計情報を駅ごとにまとめた分析レポートです。駅ビルのマーケティングを含めた当社グループのサービス向上に活用するだけでなく、自治体をはじめ社外への販売も予定しています。なお、統計情報にしていますので、お客様ごとの個人の情報はわからない仕組みです。

「駅カルテ」のサンプル画像。駅ごとのSuica利用者数を時間帯別・性別・年代別に表示。その他に、各駅の利用傾向を5タイプ(住宅/オフィス工場/商業/観光/学園)の度合で表現する「タイプ適合度」などが掲載されている。あらかじめ元となるデータから顧客氏名などを削除し、個人の識別性を下げる加工をしたうえで、統計情報を作成してレポート化することで、顧客のプライバシーに配慮している。Suica 統計情報の定型レポート「駅カルテ」について

木田 駅カルテ、とても興味深いです。駅ごとの特徴がデータによって見える化されるわけですからマーケティング戦略にも生かせそうですね。

渋谷 例えば、エキナカの店舗のマーチャンダイジングなどに使うことができます。駅ごとの利用者のライフスタイルに合った、より魅力的なエキナカや駅ビルをつくることにつながります。

木田 データ分析をする立場の視点としては、次にそのようなデータを用いてターゲティングやセグメンテーションをしたくなるわけですが、マーケティング施策に活用できる統計モデルは、さまざまな種類がつくれそうですね。

渋谷 そうですね。Suicaの利用履歴データを使って、予測モデルをつくりたいですね。今までは、担当者の勘と経験、仮説、アイデアでセグメントを抽出していました。また、定型・非定型レポートの「集計」を見ることでキャンペーン設計やターゲット選定をしていました。しかし、これからはSuicaの利用履歴から、仮説をもとに変数をつくり出し、統計的・科学的手法を用いて、ターゲット選定や潜在顧客の予測ができるようにしたいと考えています。

木田 非常に面白い取り組みです。勘と経験だけでは分からなかった、新たな気付きや発見がありそうですね。


東日本旅客鉄道
MaaS・Suica推進本部 データマーケティング部門担当部長

渋谷 直正 (しぶや・なおまさ)氏(写真左)

2002年に日本航空に入社し、09年からWeb販売部に。月間2億ページビューに上るJALホームページのログ解析や顧客情報分析を担当。顧客の閲覧傾向に応じてお薦めするコンテンツを使い分け、購入率をアップするなどの成果を上げた。14年、日経情報ストラテジー誌による「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」受賞。19年からデジタルガレージに移り、グループ全体でのデータ活用を推進するためCDOに就任。その後、21年6月より東日本旅客鉄道 MaaS・Suica推進本部 データマーケティング部門担当部長。統計解析や実務に役立つ分析手法に詳しく、総務省統計局などの講師・講演多数

三井住友海上火災保険株式会社
経営企画部 部長 CMO(チーフマーケティングオフィサー)CXマーケティングチーム長 木田 浩理(きだ・ひろまさ)氏(写真右)

慶應義塾大学総合政策学部/同大学院政策・メディア研究科出身。NTT東日本・SPSS/日本IBM・アマゾンジャパン・百貨店・通販企業等を経て2018年に三井住友海上にデータサイエンティストとして入社。2021年10月より現職。一般社団法人データサイエンティスト協会 理事も務める。様々な業界で営業・マーケティング・データ分析を経験。顧客視点に基づいたCRMやマーケティング分析、データを用いた新規ビジネス開発が専門。著書に「データ分析人材になる。めざすはビジネストランスレーター」(日経BP社、2020)

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)

 
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