2040年までに全国約1800の市町村のうち約半数が消滅する可能性があるとされ、地域創生がどの自治体にとっても喫緊の課題とされる中、観光産業は「頼みの綱」といえます。
経済産業省によると、過去最高だった2019年の訪日外国人観光客の旅行消費額は4.8兆円で、「生産誘発額」は約7兆7,800億円でした。このデータが示すように訪日外国人の旅行消費によって、プラスで75%の新たな生産が生じたことが分かります。
一方、今回取り上げたい問題は外国人観光客の増加が日本経済を押し上げているとしても、それが地域の暮らしにも波及しているのかという点です。
上図に示されているように多くの観光地で問題になっているのが、「観光エリア」と「地域住民主体の暮らしのエリア」の分断です。つまり、外国人観光客を含め、訪問客が観光地を訪れることで、ホテルや観光施設は賑わい、消費が高まりますが、地域住民が暮らしているエリアは相変わらず人口減少と高齢化が進み、他の産業に観光客の消費が波及せずに十分に行きわたっていない現状です。
むしろ、観光客の増加はオーバーツーリズムを引き起こし、地元住民が感じるのは地価や物価の高騰、ゴミの増加、環境の悪化などネガティブな影響ばかりで、「豊かさ」や「幸せ」は実感できないというわけです。
「『幸福な街』のつくり方ー街のストックとフローをデザインする試みを探る」で言及したように、ある地域に外からお金が入ったとしても、その地域でお金がぐるぐる回らなければ「地域内乗数効果」は生み出されず、地域は十分に「潤う」ことはありません。
例えば、ある観光地に1万人の観光客がやってきて、1人あたり平均3,000円消費したとします。このうち、飲食やお土産の原材料が60%としましょう。原材料の経済効果は3,000円×1万人×60%=1,800万円です。問題はこの原材料をどこから調達しているのかということです。例えば9割を地域外で調達しているとすれば、地域内での経済循環は1,800万円の10%であり、わずか180万円です。これでは、いくら観光客が増えたとしても地域住民が感じるのは「潤い」よりも「弊害」でしょう。
我が街に素晴らしい観光資源があっても、それが活用されて地域住民に還元され、最終的に「住みやすい街」につながるためには、「弊害」を最小化し、「潤い」を最大化しなければなりません。
「弊害」を最小化するのがオーバーツーリズム対策であり、その是非は別にして、冒頭で紹介した「富士山を黒幕で隠す」こともその一つといえるでしょう。各自治体がその対策に頭を悩ましていますが、これは何も日本に限ったことではありません。世界的に導入が拡大している「観光税」もその対策の一つといえます。
いくつか具体例を挙げましょう。
ユーロ圏 | 2025年半ばよりETIAS(エティアス)の申請を外国人に対して義務付け。1回あたりの申請料は7ユーロで、原則3年間有効 |
バリ | 2024年2月より15万インドネシアルピア(約1,400円)の入島税を外国人観光客に義務付け |
ハワイ | 観光客が宿泊施設にチェックインする際に25ドルの観光税を導入予定 |
山梨県 | 2024年7月より富士山の吉田口5合目で2,000円の通行料を徴収 |
加えてニューヨーク交通公社は、2024年6月30日から渋滞を緩和し、大気汚染の改善につなげるため、「渋滞税」の徴収をはじめると発表しました。対象地域にはタイムズスクエアやウォール街などが含まれますが、乗用車は15ドル、タクシー料金は1.25ドル上乗せしなければなりません。渋滞税は米国では初の導入ですが、英国のロンドンやスウェーデンのストックホルム、シンガポールではすでに導入されています。
一方、地域の暮らしに観光資源が「潤い」をもたらすためには、単に「観光地」をつくるのではなく、ほかの産業や地域の人びとも巻き込んで複合的に観光とまちづくりを進める「観光まちづくり」が必要です。
かつての旅行会社が主体となったパッケージ化された観光から、個人が主体の「体験型」の旅行へと変化し、多くの観光客が求めているのは、美しい景色や美味しい料理だけでなく、そこに住む人々との触れ合ったり、生き生きとした暮らしぶりを感じたりすることへ関心が高まっています。そうしたニーズとも調和して、「観光エリア」と「地域住民主体の暮らしのエリア」を結び付け、観光資源を含めた地域全体が魅力的なまちになることこそが、さまざまな産業の連携を生み、お金が地域内循環を促していくはずです。
観光資源が地域創生につながるためには、オーバーツーリズムによる弊害を最小化することに加え、観光地に人びとの暮らしを巻き込み、お金を地域内でぐるぐる回すことが必要です。その結果、外からたくさんの人が訪れてもらえる魅力的な観光地でありながら、なおかつ地元住民もずっと住み続けたくなる「持続可能な」幸せな街づくりが可能なはずなのです。
次回はその試みを行っている事例を紹介します。
TEXT:河合良成氏 編集:藤冨
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