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ここがポイント:要らない仕事を作り出す仕事を仕事とする仕事人が必要とされる理由


みなさん、おはようございます。新米社員の時田大夢です。

宝くじショックから2週間経過して、ようやく落ち着きを取り戻し始めてます。最初の頃は毎晩のように宝くじが当たった夢を見て、そのうちそれが夢だったことに夢の中で気付くっていう進化を遂げ、夢の中でもショックを受けてる日々でした。

これ以上長引いて慢性化するようであれば、精神的苦痛を理由に作者のトツカ先生を起訴して、損害賠償を求める、あるいは漫画のシナリオを少し変更してもらい、次に買う宝くじが見事当たって僕がお金持ちになって仕事をしてもしなくても悠々自適に暮らせるようにしてもらいたいものです。

まぁ、でも、それだとちょっとやり甲斐というか楽しみというか、日常生活のペース維持が難しくなって体調を崩したりする可能性があるので、お金はあるけど道楽としてサラリーマンしてる漫画に方向転換をしてもらうことを要請することを本気で考える今日この頃です。

それはさておき、仕事って一口に言ってもホント色んな仕事があるわけで、手作業でないと出来ない仕事は必要性があるって一目瞭然なんですけど、それ本当に必要なの?っていう仕事っも確実に世の中には存在しますよね。もっと言うと、本当はなくてもいいけど、なんとなく昔からあるし、そのまま続いててなぜか今もあるような仕事って結構あるような気もしますよね。

そういう、世の中に貢献してるかわからないいわゆる「クソどうでもいい仕事」のことを英語でブルシットジョブというらしいのですが、そのブルシットジョブの条件に該当する人が、富裕国の37~40%にも及ぶかもしれないらしいです。で、そのブルシットジョブに関する調査を行ってブルシットジョブを分類したりして、それについての本を書いた人がいるっていうらしいんですけど、そんな本を書くって言う行為自体が究極のブルシットジョブなんじゃないのかなって思わせるこれは極めて高度なジョークなんじゃないかって僕は密かに考えてます。ブルシットジョブについて詳しく知りたい方はこちらの記事をぜひ読んでみてください。

まぁ、でも宝くじが当たらなかったから八つ当たり的に言うわけじゃないですけど、仕事って誰かの役に立ってるって気持ちになれたり、一緒に誰かと協力し合って達成できたり、ちょっと大変な思いもありつつなんとかやり遂げて、その結果としてお金がもらえるっていうのが気持ち的にはやっぱり正しいっていうか適正な気がするので、お金は必要ないけどなんとなく自分のペースを保つために働くっていうのはやっぱりちょっと違うのかなって思ってます。

ま、そんな僕の仕事に関する無駄に哲学的なブルシットトークはさておき、先週のマンガを見逃した方はこちらをどうぞ。タイムくんの連載の1話目から読むにはこちらをどうぞ!「タイムくんの特集ページ」へはこちらから。今週も読んでくださってありがとうございました。それではみなさんまた来週!

(時田大夢)


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