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2019年4月23日、BASE Q(東京都千代田区)にて、経営・マネジメント層を対象としたイベント「データで見るエンゲージメントと1on1〜数字が語る強い組織の作り方〜」が開催された。
2010年以降、日本は人口減社会に突入、さらに国際競争力の低下など、生産性向上は国、企業で喫緊に取り組むべき最優先課題。特に企業内では、事業を支える「人」をどう確保し、維持するかという人事戦略は、企業にとって不可欠。その中で、社員の動機付け、退職・離職の防止に対する解決策を模索している企業は多い。
今回のテーマである「エンゲージメント」と「1on1」。
「エンゲージメント」は、自らが所属する企業や職務に対する思い入れや愛着心を示す。
一方の「1on1」は、定期的に行う1対1のミーティングを指す。これらを明確に指標化することで、スタッフの成長を促し、組織全体の結束を高めていこうという取り組みが昨今関心を集めている。本イベントから「エンゲージメント」と「1on1ミーティング」によって、どのように強い組織が生み出されているのか。その実態と効果に迫った。
登壇者
働きごこち研究所 代表取締役 ワークスタイルクリエイター 藤野貴教氏(モデレーター)
ウイングアーク1st株式会社 人事ソリューション・エヴァンジェリスト 民岡良氏
株式会社アトラエ データサイエンティスト 慶應義塾大学総合政策学部 島津明人教授 研究協力員 杉山聡氏
エール株式会社 代表取締役 櫻井将氏
まずは、働きごこち研究所 藤野貴教氏が登壇し、「デジタルが普及し始めた頃は、リアルとデジタルを分けて考えるのが主流だった。しかし、今は誰もがスマホを持っていて、オンラインとオフラインが一体となっており、『アフターデジタル』と呼ばれるような、デジタルでリアルを包み込むような時代になっている。」という話が紹介された。
今の時代が「アフターデジタル」と定義できるなら、デジタルテクノロジーに任せられることを思い切って任せ、人にしかできないことにより多くの時間を割く。例えばアンケート調査であれば、アンケートの設計から集計、分析までを一気に自動化し、確保した時間を分析や課題解決に向けた打ち手の実行など、より高度な業務へ置き換えられる。これを藤野氏は、「人とテクノロジーの協働」と定義する。
そうなれば、おのずと今までのやり方をリデザイン(転換)しなければならない。これまでのように、例えばアンケート調査に時間をかけるような業務プロセスは終りを迎えるかもしれない。だが、それはビジネスの本来の目的に立ち返るチャンスでもある。今回のテーマである人事領域であれば、「企業内の環境をより良くすること」がそれに当たる。こうした考え方こそが、「アフターデジタル」時代の鍵を握るのではと藤野氏は述べた。
次に登壇したのは、ウイングアーク1st株式会社 人事ソリューション・エヴァンジェリストの民岡良氏だ。民岡氏は、2019年2月に開催されたIBMのプライベートイベント「think 2019」における講演内容に触れ、あらためて人事領域とテクノロジーを組み合わせた「HR Tech」に世界的な関心が集まっていると述べた。
民岡氏は、エンゲージメントの考え方が組織づくりの中核にあるとした一方、HRでは「スキルがすべて」との視点が伺えるとした。
ここでいう「スキル」は、その人本来の性格的特性や成長可能性といった能力(Ability)、経験などから得た技能(Skill)、専門的な知識(Knowledge)を総合したものを指すと紹介。ビジネスは、究極的には、必要なスキルを持った人間が集まれば成立するとし、それゆえに「スキルこそが最も大事な資産」とする考えを示した。職務(ジョブ)ごとに必要とされるスキルも体系的に定義されるようになることから、民岡氏は、このトレンドはこれまでの「日本企業特有の職能型人事」から「職務型人事」への移行を加速させることになるとした。
「たとえば同じ人事の仕事でも『人事データ分析担当者」と『採用スペシャリスト』では異なるスキルセットが求められます。いま組織が必要としているスキルを少なくとも職務機能ごとにまず明らかにし、そこに適切な人材をアサインしていく。すでにHRテクノロジー領域では、そこにAIも活用され始めています。その結果として、こうしたニーズ起点の人材調達や配置によって、現在見られるような『スペシャリストの持ち腐れ」のような事態は大幅に改善されるのではないでしょうか。」
加えて、こうした変化は働き方にも大きな影響を与え、従業員側にも大きな恩恵があるという。これまでは不透明で合理性を欠く人事異動も当たり前に行われてきたが、職務定義やスキル体系の整備を進めたうえで適切なHRテクノロジーの仕組みを導入することによって、スキルに即したキャリアモデルがある程度共通化され、これをアレンジする形で自らキャリアプランを立てられるようになるという。
「今後データ活用がますます進展していく中では、自分が現在どのような状態であるか、組織はどのような方向性に進んでいくのかが可視化され、従業員とマネージャーの1on1自体の質を大きく変えていくことが見込めるでしょう。こうした環境下では、従業員は『昇進」よりもスキル獲得を軸とした自身の『成長」を目指すようになり、新しいポジションは『提示されるもの」ではなく、スキルを磨いた上で『自ら探すもの」になる。トップダウンではなく、従業員が主体的にキャリアを築いていける組織で結果としてビジネスがグロースしていくイメージ。これはまさに理想の企業の在り方ともいえます。」
民岡氏は、そうした組織づくりのために、人事部門の役割はこれからもっと大事になってくると示唆し、その原動力となるのは職務定義とスキル定義の情報をベースとしたHRテクノロジーであり、その進化から今後も目が離せないので注目して欲しいと語った。
最後に、民岡氏は、実際の企業の人事データと営業データを掛け合わせた先進事例として「働き方の改善につながる実用的な気付き」が生まれている実証実験を紹介した。
BIツール「MotionBoard」を使ったこの事例では、営業社員を受注成績ごとにトップ、悪い、平均と3つのグループに分け、さらに各グループの仕事の時間をグラフ化した。このグラフによるとトップ社員の「資料作成」時間が短く、「提案」に多くの時間が割かれている姿を浮き彫りにした。逆に成績の悪いグループでは「資料作成」に時間をかけ過ぎ、「提案」時間は全社員の平均以下であることが分かった。データの活用で課題が明確になったこの事例を引き合いに出しながら、今後はこれに個人が保有するスキルデータや部門単位で保有しているエンゲージメントスコアのデータを掛け合わせる研究も行っていると明かした。
続いて登壇した株式会社アトラエでデータサイエンティストを務め、慶應義塾大学島津明人教授との共同研究も手がける杉山聡氏は、自らが手掛ける従業員のエンゲージメントを可視化できる「wevox」を紹介した。
「wevox」は、PCやスマートフォンの回答から従業員のエンゲージメントを9つのスコアで評価、課題を特定して改善策を実行していく組織改善プラットフォームだ。杉山氏から、その分析結果の一端が報告された。
まず杉山氏は、あらためてエンゲージメントの定義を再確認した。エンゲージメントの周りには、「モチベーション」と「従業員満足度」という2つの類似した概念があり、これらの違いを意識することが欠かせないとした。
杉山氏は、「モチベーションは本人が行動を起こすための動機であり、個人に主眼が置かれるもの。従業員満足度は組織が与える職場環境や給与、福利厚生への満足度のことであり、受動的な態度の指標です。一方でエンゲージメントは「主体的かつ意欲的に業務に取り組んでいる状態」のことを指し、生産性との関連が指摘されている指標です。」とそれぞれの相関関係を述べる。
エンゲージメントを上げると会社組織にどんなメリットをもたらすのだろうか。その分析の観点として「離職率」「営業成績」「1on1の実施有無」の3つが挙げられた。
「まず離職率については、エンゲージメントスコアが標準より15ポイント低くなると、約25%の人が離職します。ただ、エンゲージメントスコアが低いことが、直接的な離職の理由とは言い切れません。スコアの低さはあくまで『何かしらの悩みを抱えている状態』を表しているのです。悩みを抱えたまま会社に残る人も一定数います。ここに他社からの誘いがあったなどの要因が加わると、離職へとつながるのです。」と杉山氏は分析する。
続いて営業成績については、同社とウイングアーク1st株式会社の共同研究により、スコアが10ポイント上がると、営業成績が120%に増加するとし、同社のwevoxによって得られた相関関係を明示した。
このように業績との関連がデータから見えるエンゲージメント。このエンゲージメントをいかに向上させるかが課題となります。そこで、次に 1on1 の実施有無との分析が紹介された。「エンゲージメントスコアが高いチームは実施率が80%に上り、一方で標準スコアのチームでは実施率が20%でした。80%という高い数値については、もともと雰囲気のいいチームだからこそ実施率が高いと見ることもできますが、1on1の実施がチームを良くしていると考えています。」とした。
続いて杉山氏は、エンゲージメントを高める施策を実体験から披露した。杉山氏を含めた5名のデータサイエンティストチームは、wevoxで低いエンゲージメントスコアが出たケースに注目し、ディスカッションを行ったという。見てみると健康スコアが低かったものの、ヒアリングしてみると原因はそこではなく、データサイエンス業務の成果が見えにくいことに起因していたことが判明したという。
この結果を知った杉山氏は、1カ月に一度、お互いの成果を自慢し合う会を設けることにしたという。すると、開催を決めた途端にエンゲージメントが回復し「データだけでも会話だけでも問題は見えなかったと思います。『データから課題が示唆されるから』と、データをネタにじっくり話せたことで解決できた」とし、「今回の調査を経て、楽しく働いていると営業成績もいいことが、データの面から証明できたことが収穫でした。エンゲージメントのポジティブな効果をこれからも発信していきたい。」と語った。
最後に登壇したのは、エール株式会社 代表取締役の櫻井将氏。同社が展開する「YeLL」は、組織のリーダーへ週1回30分の1on1を提供することにより、リーダー自身の自己理解と行動変容、部下とのコミュニケーション改善を促進するサービスだ。現在は年間5,000以上のセッションを実施している。同社に相談を行う企業の悩みとして、1on1は「続かない」「難しい」というものがあるという。
そんな悩みを解決すべく、櫻井氏はYeLLのデータをもとに「誰がするのがいいのか」「上司が身につけるべき力」「1on1が活性化するテーマ設定」という3点についてこう述べる。
まず「誰がするのがいいのか」について、「上司が行うのが必ずしもベストではない」と明言。櫻井氏はYeLLで積み重ねられた1on1のデータを分析した結果、「1on1が成功する要因は上司役のスキルや知識よりも、2人の相性の方が重要だからです」と説明する。
YeLLの過去の1on1を見ていくと、面白いことがわかったという。YeLLではBIG5(ビッグ・ファイブ)を基にした性格アセスメントをしているが、サポーター(YeLLにおける上司役)の性格特性と1on1の評価には相関がないそうだ。その観点から、サポーターとプレイヤーのより良い組み合わせに注目するようになったという。そんな背景から、YeLLでは機械学習による独自のアルゴリズムにて最適なマッチングをしているという。
その上で櫻井氏はこう説明する。「上司が部下に対して1on1を行う際、できることもありますが、できないこともあります。できない部分は、誰かに任せる。それも部下のためには良い選択です。」
では、次に「上司が身につけるべき力」。ここで最も必要なのは「共感力」だという。その説明として、組織の改善を行う流れについて櫻井氏は紹介した。主には「コミュニケーションの改善」(レベル1)、「パフォーマンスマネジメント」(レベル2)、「ES(従業員満足度)/ロイヤリティー向上」(レベル3)と段階があるそうだ。
多くの場合、企業はこれを一気に改善しようとしがちだが、失敗するケースも多いという。特に多いのは、レベル1の「コミュニケーションの改善」だと櫻井氏は指摘し、こう説明する。
「このレベル1では、そもそも「話を聞いてもらえた」と社員が思えることが大切です。これが、「相互理解ができた」「先の期待感がある」へと発展すれば、レベル1を突破できます。段階を踏むことが重要です。ですが、企業は全部を一度に求めてしまう。まずはプレイヤーの安心・安全を確保することが大事なのです。だからこそその安心・安全を確保するために上司の「共感力」が必要になります」
さて、最後の「1on1が活性化するテーマ設定」についてはどうだろうか。YeLLでは、「会社・社会に貢献できる『強み』の再発見」「モチベーションが高まる『動機』を知る」「理想の未来」「日々の仕事の定期的な振り返り」「課題・問題に対する思考・感情整理」「一時的な不安やモヤモヤ」という6項目を設定、話す内容を1on1を受ける本人に決めてもらうようにしているという。
テーマを設定することで1on1のガイドラインができ、従業員の話したいことが上手く引き出せるのがその理由だ。このテーマは、YeLLの過去の1on1を紐解いた際、有意義だと判断されているテーマを分類してみると、この6つ項目に集約されたそうだ。櫻井氏は「夕飯の内容を考える時、単に『夕飯は何がいい?』と聞かれてもなかなか決められませんが、メニューを渡されるとすんなり決められます。1on1も同じです、テーマを用意しておくと会話がスムーズになります」と実践から得たノウハウをシェアした。
一方で、1on1に対してタイプ別に求めている関わり方が違うということも分かったという。有意義度が9・10点と高いプレイヤーの1on1の内容を分析してみたところ、例えば「成長意欲の高い人ほど、広げる/深める、行動に繋がることを求めている」、「眼の前に困りごとがある人ほど相談/共感、整理を求めている」、などという分類ができるそうだ。櫻井氏は、最後に「誰にでも効く魔法の1on1なんて存在しません。相手が変われば1on1のやり方も変わる。上司役として適切な人も変わる。そんな1人ひとりにの違いに対する認識が、1on1において重要なことです。」と述べた。
イベントの最後は、モデレーターの藤野氏がこう締めくくった。「HR領域でテクノロジーの話をすると、人間の感情が害されるとか、人間らしさが損なわれるといった話が出ますがそんなことはありません。客観的なデータがあることで、秘めた本心を出しやすくなったり、安心感を得やすくなったりするものです。オンラインとオフラインが交錯する社会の中で、テクノロジーを使ってHR領域や会社組織をどう変革していくかが、今回のイベントで見えたと思います。」と実感を述べ、まずはHR Techを積極的に活用し、見えてきたデータを元に1on1を行って、エンゲージメントを高める体験をしてほしいと付け加えた。
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