わが社には、パフォーマンス評価制度が導入されている。部署・個人ごとに設定された目標の達成度が人事評価に影響するらしい。そのため、目標の達成につながる仕事以外はみんなやりたがらない。それに、なるべく簡単な目標を設定するための調整に必死になっている……。
もしかして、みなさんもこんな状況に対し、思い当たる節はありませんか?
2019年に邦訳出版された『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(以下、『測りすぎ』)は公平で透明性が高いはずの数値による測定(とそれをもとにした評価)が組織や個人に対しマイナスの影響を及ぼす理由と実例、そしてその悪影響を避けるためにどうすればいいのかについての書籍です。
本記事ではその内容の一端をご紹介し、「測りすぎ」ないために我々はどうすればよいのかについて考えます。
『測りすぎ』の著者はジェリー・Z・ミュラー氏。アメリカ・カトリック大学歴史学部教授であり、近代ヨーロッパの知性史と資本主義の歴史を専門にしています。
そんなミュラー氏が、学科長として「米国中部高等教育委員会(MSCHE: Middle States Commission on Higher Education)」へ提出するデータづくりに煩わされた経験が、『測りすぎ』執筆のきっかけとなりました。
「学校で教えている私の知人たちは、教えるのは大好きだが、テストの結果を伸ばすことを目標としたカリキュラムの統制がすすむにつれ、教育への情熱が吸い取られていくと語った」
引用元:ジェリー・Z・ミュラー (著), 松本 裕 (翻訳)『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』みすず書房、2019、22ページ
上記の引用文は教育に関するものですが、「テストの結果」を「一時的な売上」や「見かけ上の効率化」などに置き換えれば、実感を持って受け取れるという方は少なくないはずです。
さらに、不適切な測定主義はパフォーマンス・モチベーションの低下だけでなく、組織のモラルの低下や足の引っ張り合いなどより大きなマイナスの影響も引き起こしかねません。
たとえば、2023年夏に大きな話題を生んだビッグモーター社の不正請求問題には、人事評価やボーナス査定に直結した150点満点の「環境整備点検」が影響していたといいます。組織の体質などほかの問題も大きく影響しているため「‟測りすぎ”が犯人」と名指しするには極端な事例ですが、評価と直結した測定基準にとらわれるあまり不正が横行するケースは、『測りすぎ』の本文中でも数多く紹介されています。
『測りすぎ』は「1.議論」「2.背景」「3.ケーススタディ」「4.結論」の4パートで構成されています。
「1.議論」は‟測りすぎ(文中では「測定基準への執着」と名づけられています)”に対する問題提起と、その要旨を生じうる問題のパターンとともにまとめたパートです。「2.背景」は‟測りすぎ”が世に蔓延するに至った過程やそれに対する批判の歴史を紹介する内容。歴史学を専攻するミュラー氏の本領が発揮されているパートと言えるでしょう。
「3.ケーススタディ」では大学、学校、医療、警察、軍、ビジネスと金融、慈善事業と対外援助の6分野における‟測りすぎ”の事例が紹介されており、書籍中でも最も多くのページ数が割かれています。そして、「4.結論」で、‟測りすぎ”のリスクが整理され、我々が正しく測定基準を用いるために参照すべきチェックリストが提示されます。
筆者が本書を読んで感じたのが、‟数字には魔力がある”ということです。『PartⅢ あらゆるものの誤判定?──ケーススタディ』で紹介されているランド研究所の論文『Assessing Locally Focused Stability Operations』では、下記のようなケースは多いにもかかわらず、定量的な(数字を用いた)評価は実証的、定性的な評価はそうではないと判断されがちだと説明されています。
・定量的な指標の根底にある判断が主観的なものであること
→たとえば:あるチームの能力に対し個人が点数を付けて評価する場合
・定性的な評価が客観的なものであること
→たとえば:あるチームが個別の戦略を実行していると専門家が述べる場合
※参考:Jan Osburg, Christopher Paul, Lisa Saum-Manning, Dan Madden, Leslie Adrienne Payne『Assessing Locally Focused Stability Operations』┃RAND CORPORATION、9ページ
※軍隊の例を用いた箇所を、より汎用的なものに言い換えています。
データや数字が示されると人は反射的に‟確からしい”と感じてしまいます。それが本当か判断するリテラシーが、‟測りすぎ”の時代にはかかせません。
‟測りすぎ”がダメならば、測らない方が良いのか?
──もちろん、そんなはずはありません。
イギリスのエコノミスト、ティム・ハーフォードによる書評では、本書の価値を認めつつも、「この本は、測定ドリブンの説明責任の利点が間違いなくマイナス面を上回る可能性について十分真剣に取り組んでいない(※)」という指摘がなされています。
※引用元……Review of The Tyranny of Metrics by Jerry Muller 15th February, 2018┃Tim Harford
そもそもデータがここまでもてはやされるようになったのは、IT技術によりその取得や共有、分析の可能性が大幅に発展・民主化されたからであり、それまでの世の中はKKD(勘・経験・度胸)に偏重した‟測らなすぎ”の状況でした。
大切なのは、いかに‟測るか”であり、その際意識すべき領域として「KPIマネジメント」のノウハウが挙げられるでしょう。
たとえば、『最高の結果を出すKPIマネジメント』の著者である中尾隆一郎氏は、logmiBizの対談記事で、経営者がCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)を見出し、その強化につながるか判断するための『信号』のようなイメージで数値的指標であるKPIを用いる考え方を紹介しています。
プロセスのボトルネックに注目する「制約条件理論(TOC)」など、マネジメント理論と組み合わせていかに意味のある形でデータを利用できるかが、評価者には問われているのです。
大勢がうっすらと感じていながら、”数字の魔力”のためかなかなか指摘されないことも多い‟測定基準への執着”を取り扱った書籍『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』についてご紹介しました。適切な業績評価を行いたい、自社のパフォーマンス評価がうまく機能していない、と感じる方はぜひご一読されることをおすすめします!
(宮田文机)
・ジェリー・Z・ミュラー (著), 松本 裕 (翻訳)『測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』みすず書房、2019 ・KPIマネジメントは「一番弱いところ」に着目すべき結果を出すための最重要プロセスの決め方(『図解 目標管理入門 マネジメントの原理原則を使いこなしたい人のための「理論と実践」100のツボ』対談)┃logmeBIz ・Episode 131: Jerry Muller「The Tyranny of Metrics」┃unSILOed Podcast with Greg LaBlanc ・Jan Osburg, Christopher Paul, Lisa Saum-Manning, Dan Madden, Leslie Adrienne Payne『Assessing Locally Focused Stability Operations』┃RAND CORPORATION ・Review of The Tyranny of Metrics by Jerry Muller 15th February, 2018┃Tim Harford ・Jerry Z. Muller┃THE CATHOLIC UNIVERSITY OF AMERICA ・ビッグモーター不正の深層 中古車販売大手でなにが┃クローズアップ現代 ・「数字を作れっていう圧が、もの凄かった」受話器と手をガムテープでグルグル巻き…ビッグモーターの実態を証言、ローンも不正申請、降格恐れて除草剤、パワハラ横行┃HBC
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