ヒットした商品と売れなかった商品。その違いはどこにあるのでしょうか――。
その謎を「意識が高い/低い」という二項対立を軸に解き明かす新書『ちょいバカ戦略』が今年の1月19日に新潮新書から出版されました。ヒット商品の共通項とは何なのか、データ分析において「ちょいバカ戦略」はどう役立てられるのか。
著者の小口覺(おぐち・さとる)さんにインタビューを行い、マーケティングやブランディングに役立つちょいバカ戦略のミソを伺いました。
『ちょいバカ戦略―意識低い系マーケティングのすすめ―』新潮新書/799円(税込)
お高くとまってちゃモノは売れない。高い意識をアピールし、結果は憤死という製品が数多ある一方、消費者の欲望を直撃して、大ヒットするものもある。この違いは一体何か? これぞ「意識低い系マーケティング」の真髄だ。ヒットした商品、成功した企業に共通する、ちょっと見はおバカでもその実、したたかな戦略とは。視界が一気に開ける逆転のビジネス書。
著者:小口覺(おぐち・さとる)
1969(昭和44)年兵庫県生まれ。明治大学法学部卒業。ライター、コラムニスト。ITや家電を中心にモノとビジネスのあり方をウォッチし続け、『DIME』『日経トレンディネット』等の雑誌やWebメディアなどで活躍する。「ドヤ家電(自慢したくなる家電)」の名付け親。
※新潮社書籍詳細ページより引用。
ちょいバカ戦略とは、ものを売る際に“ちょっとバカ”な目線に立つことで、「意識低い系マーケティング」ともいいます。理性より感情、マイナーよりメジャー、個性的よりみんなと一緒など「意識が低い」価値観はネガティブに捉えられがちですよね。しかし意識低い系マーケティングでは意識低い「系」としてその価値観を意識的に取り入れます。
僕は家電ライターとして活動する中で、業界の専門家など「ツウ」が好むような意識の高い商品が意外と当たらない現象をいくつもみてきました。それらの敗因は意識が高すぎたことだと思うんです。高性能、多機能といった意識の高い人が注目する点より、安価、簡単といった身もふたもない需要の方がずっと大きい。だから意識低い系の視点がビジネスで必要になるんです。実際、ヒットした商品にはもれなく意識が低い要素があります。
肌感覚では、意識が低い人が8割、意識が高い人が2割程度ですかね。「令和」改元への反応を例にとってご説明しましょう。
全体の8割を占める意識が低い人の反応は「ワクワク」と「面倒」でちょうど半分ずつくらいでした。「ワクワク」の代表は渋谷でウェーイとお祭り騒ぎをしていたような人たち、「面倒」の代表は改元に伴うシステム変更などを億劫がる人たちですね。世間の8割くらいの人はこの範疇に含まれていたと思います。
一方、意識の高い人の反応は「肯定する」「反対する」でこちらも半分ずつに分けられます。「肯定する」の代表は保守派の論客や改元をきっかけに古典にあたるような人たち、「反対する」の代表は思想的な背景や知識を基に改元や元号制に反対する人たちですね。
「ワクワク」「面倒」な人々が「肯定する」「反対する」人々を大幅に上回るというのは共感できる説ではないでしょうか。
意識が高い視点だけではものを作っても売れないからですね。そもそも「意識が高い系」需要が優勢になったのは、バブル景気以降、平成が始まったころからです。
例えば車でも昭和はカローラやベンツなど大きくて有名な車を持っている人がエラいという風潮がありました。それが、平成以降はセンスが重視されるようになってきた。例えば日産Be-1とか、人とは違うセンスを見せられる車が良しとされるようになったんですよね。それは社会が成熟した証拠かもしれません。昭和に比べて平成は人もモノもセンスが良くなったように見えます。しかし、それはときに豊かになることと逆行します。元気のなさに着目した「草食系男子」というような呼称も、その一つの象徴ではないでしょうか。
ビジネスにおいても同様で恐怖心や射幸心をあおるようなビジネスを肯定するわけではありませんが、もうちょっと意識の低い欲求に刺さる商品や売り方を考えたほうが良いのではないかと僕は思います。
「意識が高い/低い」に絶対的な視点はないため、背景にある事情を基に判断するしかありません。
例えば普通は毎日同じ服装で過ごすのは怠惰で無頓着、つまり意識が低いことです。しかし、スティーブ・ジョブズやそのフォロワーが「服を選ぶ時間をビジネスや自己鍛錬に使いたいから」と毎日同じファッションなのは意識が高いことといえるでしょう。全く同じ行為でもどのような理由で行われているかによって、持つ意味は異なります。
背景にどのような事情があるかをつかむためには、社会や時代の空気感を把握することです。経営者や専門家の方は自然と意識が高くなりがちなので、積極的に意識が低い人の声を集めるべきでしょうね。例えばあえて電車に乗ってみるとか、家族と話して日常の不満を聞き出すとか。ビジネスと離れた場所にアンテナを張ることで思わぬヒントを得られる可能性があります。
僕はデータサイエンティストではないので専門的なことはいえませんが、その製品が売れる理由を購入データをもとに分析する際には使えるのではないでしょうか。
マーケティング用語でいうイノベーターは意識が高く、アーリーマジョリティやレイトマジョリティは意識が低いと仮定できます。そこからイノベーターが購入層の大半を占める場合、機能性などの意識が高い理由で売れているのではないかと推測できますよね。ヒットのためにはアーリーマジョリティまで届け、「キャズムを超える」ことが不可欠ですから、価格や手に入りやすさなど意識が低い訴求ポイントを見直す戦略も立てられます。
企業のブランディングでも意識低い系マーケティングは役立つはずです。等身大で愛されるキャラクターを目指すことがネット時代のブランディングでは重要なんです。
例えばソフトバンクの孫正義さんが「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである。」とTwitterで発言したことでソフトバンク自体にも好感を持つ人は増えましたよね。よくよく考えたらTwitterでの面白発言と商品の良さには何の関係もありません。でも、人には親しみを持った人の肩を持ちたいという「意識の低い欲望」があります。その欲望をうまく刺激できた企業が現代の消費者に愛される企業になるはずです。
髪の毛が後退しているのではない。
— 孫正義 (@masason) January 8, 2013
私が前進しているのである。
RT @kingfisher0423: 髪の毛の後退度がハゲしい。
次回作はまだアイディアレベルですが、もっと意識が低い欲求に刺さるような本を書いてヒットを狙いたいですね。正直なところ『ちょいバカ戦略』は内容と裏腹に、経営者など意識の高い方からの反響のほうが大きいですから(笑)。
現代は意識高く質を担保することは前提で、より広い層にどう届けるかのバランスが問われる時代です。そこで意識低い系マーケティングを活用すれば結果につなげられることを実証したいですね。
ちょいバカ戦略の概要や取り巻く状況、データ分析・ブランディングなど業務への生かし方について小口さんに伺いました。
意識低い系マーケティングは、ヒットを生みたいすべてのビジネスマンが取り入れるべき実用的な視点の作り方だといえるでしょう。思ったように商品が売れないと悩みを抱える方はまず、「意識が高い/低い」という軸を持ってデータを見直してみるといいかもしれません。
(宮田文机)
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