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今、中国発のSFに世界から熱視線が集まっています。
その中でも古典力学の「三体問題」から着想を得た三部作からなる長編『三体』は世界で累計2900万部を売り上げるまさに“メガ”ヒット作品に。
アメリカ前大統領のバラク・オバマやFacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグも愛読したという今作、一体どんな作品でどんな魅力があるのか、じっくり解説するとともに、『三体』とあわせて読みたいおすすめの中国SFをご紹介します。
「三体問題」とは引力で互いに引き合う三つの天体の運動の軌道は予測できない、というもの。そして、『三体』では、ほぼ質量が一致した三つの恒星からなる「三体世界」という架空の惑星が物語を大きく動かします。
軌道が予測できず、ランダムで激しい気候変動に見舞われていた惑星「三体」では、過酷な環境のなかで高度な文明を築かれていました。
一方の地球では、天体物理学者の葉文潔が世界的にも最高レベルの感度を備えた無線通信システムを搭載した中国の軍事基地から宇宙に向け秘密裏にメッセージを発信。そして、そのメッセージを受信した「三体世界」と交流を開始し、このやりとりをきっかけに人類、そして地球の運命が大きく変化していくのです。
全三部ある『三体』ですが現在(2020年7月)邦訳されているのは第一部の『三体』と6月に刊行されたばかりの第二部『三体Ⅱ 黒暗密林(上下巻)』です。すでに第一部は累計10万部(電子書籍売り上げ分は除く)、第二部は上下巻で累計14万部を発行する大ヒット作となっています。なお、第三部は2021年春ごろ刊行予定ということです。
第一部では、上述の葉文潔を中心とした地球が三体世界との交流に至るまでのエピソードと三体世界が秘密裏に地球に仕掛けたある計画に知らず知らず巻き込まれていく人々のエピソードが折り重なるように描かれています。
一章一章を読み進めるなかで、物語の要素が少しずつ結びつき、最後に現れるスケールの大きい全貌にちゃんと驚かされる様は巧妙なミステリさながら。何より、異星人との交流という古典的にも見えるSFのギミックが実際の歴史や科学技術、生き生きと描かれた登場人物たちと繋がることで奇妙なリアリティをともない、ページをめくる手をかき立てるスパイスになっています。
第二部の『三体Ⅱ 黒暗密林』は地球を侵略すべく400年をかけて地球へと旅する「三体星人」を打倒するために人類がうちたてた「面壁計画」の様子を描いています。地球上には三体世界の技術を駆使し11次元の陽子を折りたたんだ原子より小さい超ミクロなスーパーAI智子(ソフォン)が送り込まれ、会話やPCでのやりとりなどありとあらゆる人類の行動は三体世界に筒抜けの状態。そんな中で唯一監視できない頭脳で三体星人を倒そう、というのが面壁計画なのです。そのために世界中から4人の「面壁者」が選別され、軍事的、経済的に大きな権限を与えられる中で、面壁者の頭の中にある三体星人を討伐する計画を実行して行きます。
人体の凍結保存や宇宙基地など、SF的な小道具が次々登場し、さらに謎解きのスケールも大きくなった第二部は、第一部以上にエンタメ色が強く刺激的な作品になっています。そして面壁計画の果てに行き着く“真理”も力強く、大きな余韻を残してくれます。
第一部、第二部ともに読み始めるとなかなかやめられないので時間があるときに読むのをオススメします(筆者も両作とも一晩で一気に読み進め、翌日は寝不足になりました)。
世界中で大ヒット『三体』の著者、劉慈欣(りゅう じきん)とはどんな人物なのでしょうか?
劉氏は1963年に中国、山西省に生まれ、エンジニアとして発電所に勤務する傍ら、小説を執筆し、中国国内で高い評価を受けました。その後2008年に中国で『三体』も単行本が刊行されると大ヒットとなり、2015年には世界的なSF・ファンタジー文学賞であるヒューゴー賞を中国人作家作品として初めて受賞しました。
また、短編『さまよえる地球(原題:流浪地球)』は邦題『流転の地球』として映画化され、中国の歴代興行収入第2位を記録。またNetflixが配給権を獲得し、日本を含む世界中で配信されました。
発電所のエンジニアから世界を股にかける人気SF作家の一人となった劉慈欣。そんな彼の作品の面白さを証明してきたのが、オバマ元大統領です。
オバマ元大統領は愛読書としてたびたび『三体』シリーズを挙げていました。そして、大統領だった当時、第三部の英訳の発売が迫る中、つい待ちきれず発売前の原稿を読ませてくれないか、と劉慈欣に何度もメールしたそう。しかし、彼はまさかホワイトハウスからメールが来るとは思わず、最初の二通のメールをスパムメールとしてゴミ箱に入れてしまったそう。結局、オバマ元大統領は、中国の外交部に依頼して劉氏と連絡をとってもらい、出版前の原稿を出版社からわざわざ取り寄せて読んだという逸話まであるのです。
中国文化に裏打ちされたオリエンタリズムとスケールの大きいストーリーが魅力の中国SF。その面白さは『三体』のみでは語り尽くせません。
中国SFに関心を持って「次に何を読もうか」と迷ったときにぜひ手を伸ばして欲しい作家がケン・リュウです。ハーバード大学を卒業し、弁護士、プログラマー、中国書籍の翻訳者という三足のわらじを履きつつ自身でも創作活動に取り組みSF短編の名手として様々な賞を受賞しています。
その後、『三体』の英訳を担当し、中国人読者をして「原作よりも読みやすい」と言わしめた絶妙な訳で『三体』の世界的ヒットに大きく貢献しました。彼は幼少期を中国で過ごし、その後アメリカに移住しましたが、作風には中国文化が大きく反映されています。
日本では2015年に短編集『紙の動物園(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』が発行されました。表題作は中国人の母が折った生き生きと動く不思議な動物の折り紙の思い出を描いたもの。繊細な筆致で郷愁を誘い読後には大きな余韻を残す作品です。そのほかにも日本文化に心を寄せた短編「もののあはれ」やNetflixのオムニバス企画『ラブ・デス・ロボット』でアニメ化された「良い狩りを」など名作揃いの作品集になっています。
また、ケン・リュウは中国SFの名作を国外に広めるために中国SFの英訳やアンソロジーの編集なども手掛けています。
その中でも『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』はヒューゴー賞を受賞した郝(かく)景芳の表題作や劉慈欣の「円」を含む7人の中国作家の13篇の短篇が収録されており、中国SFの奥深さを垣間見れる作品となっています。
世界的に存在感を増す中国SF。その勢いは止まるところを知りません。
邦訳されている短編が多く、SFとしての面白さはもちろん、純粋にエンターテインメントととしても楽しめるものが多いので、これまでSFを読んだことがない、という人にも手が出しやすいので、ぜひ、話のタネに手を伸ばしてみてくださいね!
あらゆるデータが連動して機能している今の社会も、我々が日々何気なく使っているスマートフォンもかつてはSFの世界にしか存在しなかったもの。データをどうやって活用するべきか、それで何ができるとよいか、この先どんな社会を作りたいのか、という仮説の一番大きな部分のヒントになるのでは、という思いから今回はSF小説を紹介してみました!
【参考引用サイト】 ・ 中国発の本格SF「三体」劉慈欣さんインタビュー 科学の力、人類の英知を信じて執筆 ・ 「さまよえる地球」Netflixの邦題は『流転の地球』に 配信日は4月30日に前倒し! ・ 韓国で売れなかった中国SF「三体」、日本での大ヒットが中国で話題に ・ ケン・リュウ - Wikipedia
(大藤ヨシヲ)
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