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【書評】正しい意思決定を助けるWRAPプロセスとは? 決定力! 正しく選択するための4つのステップ

         

たとえデータが潤沢でも、人は間違った意思決定をします。
たった一つの選択肢しかないと思い込んだり、自分のアイディアに愛情と時間をかけるあまり固執したり、変化を恐れて現状維持のまま手をこまねいたり……。
その原因は”正しいプロセスを知らないから”かもしれません。

スタンフォード大学ビジネススクールで教鞭をとるチップ・ハースと、デューク大学社会起業アドバンスメント・センター(CASE)のシニアフェローで、オンライン教育大手Thinkwellの共同創設者のダン・ハース。この兄弟が執筆した『決定力!正しく選択するための4つのステップ』は意思決定で落とし穴にはまらないためのプロセスを「WRAP」の4ステップにまとめて伝授してくれる書籍です。
この記事では同書(以下、『決定力』)のポイントをわかりやすくご紹介します!

4つの罠とWRAPプロセス

WRAPは、以下の4つの戦略の頭文字を取って構成されたフレーズです。

・W(Widen your opinions:選択肢を広げる)
・R(Reality-test your assumptions:仮説の現実性を確かめる)
・A(Attain distance before deciding:決断の前に距離を置く)
・P(Prepare to be wrong:誤りに備える)

Wがなぜ必要か──それは、人はついつい目の前の選択肢がすべてだと考えてしまうから。例えば、新しいツールの営業を受けたら、私たちは無意識に「そのツールを導入する/しない」の二項対立で考えてしまいがちです。「もっと目的に適したツールが他社からリリースされているかも?」「ツールを期間限定で導入してみよう」。このような思考は、自然に浮かぶものではありません。この傾向を『決定力』では「視野の狭窄」と呼びます。

Rがなぜ必要か──私たちは元来、自分の視点しか持ち合わせていません。そのため、選んだ答えに偏向(バイアス)が生じているということはよくあります。例えば、イケア効果のように、自分や自分のチームのアイディアを無条件に重視してしまう例は珍しくありません(詳しくはコチラ)。平等に物事をみているつもりでも、人はもともと持ち合わせている考えや行動原理に基づいて情報を取捨選択してしまう生き物なのです。これを『決定力』では「確証バイアス」と呼びます。

Aがなぜ必要か──感情が人間の判断を鈍らせるのはみなさんもよくご存じでしょう。データよりも好みや直感を優先してしまったり、都合の悪い事実を否認してしまったり……(詳しくはコチラ)。そのようなときに必要なのが「一時的な感情」から距離を置くこと。要するに一呼吸おいて冷静になる、あるいは別の視点を獲得するということですが、感情から逃れるのは容易ではないため、プロセスの導入はマストといえるでしょう。

Pがなぜ必要か──1962年1月1日、ビートルズがデッカ・レコードのオーディションを受けたところ、帰ってきた反応は「契約見送り」。同社の敏腕スカウトマン、ディック・ロウは「君たちのサウンドは好きじゃない。グループは時代遅れだ。特に四人組のギター・グループはもう終わった」(※)と彼らのマネージャーに伝えたといいます。このように成功体験を積んできたことや、熟慮を重ねたことが逆に「自信過剰」という罠を生んでしまうことはよくあります。だからこそ、“選択の結果に絶対はない”ということを忘れず、誤りに備える必要があるのです。

※引用元:チップ ハース (著), ダン ハース (著), 千葉 敏生 (翻訳)『決定力! ――正しく選択するための4つのステップ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫』早川書房、2016、p32-33

以上、4つの意思決定における罠を回避するために『決定力』で取り上げられているのが「WRAP」プロセス。書籍では、具体的なエピソードとともに各プロセスを実践する手段の解説に紙面の大半が割かれています。

ここではその中から、「W」と「R」にまつわる2つのテクニックをピックアップしてご紹介します。

【W】複数の比較で視野の狭窄を防ぐ「マルチトラッキング」

競合プレゼンを通してパートナー企業を選別したり、採用選考を行ったり、ITツールを比較検討したり……。さまざまな選択肢からひとつを選ばなければならない場面は、私たちにとって日常茶飯事です。
その際、“最初から選択肢を絞って”考えてしまってはいませんか?

ある調査では、ウェブ雑誌のバナー広告制作を依頼するにあたって、以下のA群・B群にわけて制作プロセスを比較検討しました。

A群:まずデザインを1案制作し、フィードバックを受け取る。その流れを5回繰り返して最終的に6つの広告を制作する。
B群:最初にデザインを3案制作し、それぞれに対してフィードバックを受け取る。何度かフィードバックを受けては修正する流れを繰り返し、最終的に1案に絞る。

結果として“良いプロセス”と評価されたのはどちらでしょうか?
──正解は、“並行作業”を通してデザインを制作したB群です。B群の広告は、雑誌編集者や広告のプロからの評価、ウェブ上でのクリックスルー率(広告をクリックして広告主のコンテンツに移動する割合)のいずれもA群に勝っていたとのこと。

これは、B群のデザイナーたちは複数のアイディアに対し同時に反応を受け取り、それぞれを比較分析することでより深い洞察が得られたからだと説明されています。このように最初から一つに絞らず、並行作業を通して複数の選択肢を比較するのが「マルチトラッキング」というテクニックです。

【R】仮説の現実性を検証する「ズームアウト・ズームイン」

「不思議なことに、私たちは重大な意思決定をするとき、寿司屋を選ぶときほど客観的な調査をしないのだ」

引用元:チップ ハース (著), ダン ハース (著), 千葉 敏生 (翻訳)『決定力! ――正しく選択するための4つのステップ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫』早川書房、2016、p178

これは、自分の店を新たに構えたり、新しい仕事を引き受けるかどうか判断したり、といった重大な場面で、人の意見や客観的なデータを参考にしようとしない我々のあり方を指したハース兄弟の指摘です。「今日のランチをどうするか?」というときは食べログの採点や口コミ評価を気にするというのに!

こうした状態の特効薬となるのが「データの力」を用いること。出店予定の地域の人通りは曜日ごとにどう異なるのか、同業態の店が1年後に存続している確率は何%なのか、原価率・販管費率は何%以下に抑えるべきなのか。「自身は特別だ」と考えず、視点を「ズームアウト」して外部から眺めてみることが求められます。他者の意見に耳を傾けることも同様に効果的でしょう。

しかし、全体や平均ばかりに注目して重大な情報を見逃すこともあります。評価試験の結果や性能において勝っているはずの製品が、平均的なデータで大きく劣る他社製品に敗北する、ということは少なくありません。実際の使用感や思わぬ使い方など、視点を「ズームイン」してみなければわからないことは多数存在します。データ収集がいくら容易になっても、工場や小売店といった“ゲンバ”に足を運ぶことが大切なのはそのためです。

このように、視点を外部に広げる「ズームイン」と、内部に深める「ズームアウト」を意識的に使い分けることが、仮説を現実的に確かめるプロセスにおいて効果的。日本でポピュラーな表現を使うと、「鳥の目、虫の目」が大事ということですね。

終わりに

『決定力』における、WRAPプロセスの意義を理解するうえで、知っておくと良いエッセンスをご紹介しました。同書では仮説の検証をより確かにする「ウーチング」、自信過剰から目を覚ましてくれる「アラームのセット」などさまざまなテクニックが事例付きで紹介されています。
データ活用の可能性が広がっても、意思決定のプロセスが間違っていれば“宝の持ち腐れ”となりかねません。
そのための手法を具体的に知りたい方にぜひおすすめしたい書籍です。

【参考資料】
・チップ ハース (著), ダン ハース (著), 千葉 敏生 (翻訳)『決定力! ――正しく選択するための4つのステップ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫』早川書房、2016
・CTR 【Click Through Ratio】┃IT用語辞典 e-Words
・ChipHeath┃STANFORD BUSINESS SCHOOL OF GRADUATE

宮田文机

 

 
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