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密かに注目をあびる「生まれてこないほうが良かった」という思想。反出生主義とは?

         

2021年1月、アメリカの科学雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は例年発表している「終末時計」の残り時間が昨年と引き続きこれまでで最も短い「残り1分40秒」であることを発表しました。「終末時計」は人類最後の日までの残り時間を象徴的に示した一種のデータで、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックへの国際社会の対応や地球温暖化の拡大、また依然として払拭されない核兵器への驚異などを理由に「残り1分40秒」という時間が推計されたのです。

また国際的にさまざまな脅威が懸念される一方で国内では少子化のペースが早まっており、2016年に出生数100万人を下回ったかと思えば、2019年には、出生数が90万人を割り込み約86.5万人まで減少し、「86万ショック」と呼ばれました。さらに2021年には新型コロナウイルス感染症の流行拡大に伴う婚姻数の減少や「生み控え」により、80万人を割り込む可能性が非常に高いという予測まで立てられています。

そうした状況の中で密かに注目を浴びているのが「反出生主義(アンチナタリズム)」という思想です。

SNSの台頭でさまざまな分断が可視化され、追い打ちをかけるようにパンデミックが発生し、情勢が不安定になる中、「生まれてこないほうがよかったのだろうか」という問いを突き詰める「反出生主義」という思想に共感するや関心を持つ人が増えているのです。

「誕生の否定」と「出産の否定」反出生主義ってどんな思想?

反出生主義はその名の通り「自分は生まれてこないほうがよかった(誕生の否定)」と「人間は生まれない方が良いので生まない方がよい(出産の否定)」について考える、という思想です。

誕生の否定についてはアルトゥル・ショーペンハウアーやエミール・シオランをはじめ、さまざまな思想家、哲学者たちが思索を深め、さまざまな文学でも繰り返し描かれてきました。

それにともない出産の否定についても話題に上がることはたびたびありましたが、21世紀に入り議論を大きく推し進めたのが、南アフリカの哲学者、デイヴィッド・ベネターです。

ベネターは反出生主義を分析哲学の土壌にあげ「苦痛と快楽の非対称性」から「生まれることは害悪であり、人間を生むべきではない」という結論を導き出しました。

ここでの非対称性とは以下のようなものです。

苦の存在は悪い、そして
快の存在は良い
苦の不在は良い
快の不在は、こうした不在がその人にとって剥奪を意味する人がいない場合に限り、悪くはない

デイヴィッド・ベネター(小島和夫訳)「考え得るすべての害悪 反出生主義への更なる擁護」(『現代思想 2019年11月号 特集=反出生主義を考える ―「生まれてこない方が良かった」という思想』収録)

この前提に基づくと、ある人が存在する(生まれる)場合には、1) 苦の存在(悪い)と2) 快の存在(良い)、ある人が存在しない(生まれない)場合には、3) 苦の不在(良い)と4) 快の不在(悪くはない)となり、比較した場合に存在しないほうが「正味の利益(net benefit)」がある、といえる、というのがベネターの主張です。

しかし、当然ですが、「苦痛と快楽の非対称性」はあくまで論理的な思考実験に過ぎず、個々人の思想や情緒はかならずしもこれに追従する必要はありません。

反出生主義ってなんだか怖くない?

反出生主義についてその概要を見て、なんだか「暗い/怖い」思想だ、と感じた方も多いかもしれません。

しかし、反出生主義は人を死に導いたり、苦痛に追いやったりする、というものではありません。むしろ、今、生に苦痛を抱いている人々に対し、その苦痛を再生産させない方法、として提案されたものなのです。

また、自分は出生主義者だ(「生まれてきてよかった」、「人は生まれるべきだ」)と言う人の中にも、反出生に共感したり、関心を持つという人もいるでしょう。そうした人にとっては、反出生主義を考えることが転じて「生きる意味」をより深く追求するきっかけになる可能性があります。

このように反出生主義は、だれもがぶつかる「生」についてのさまざまな問いの補助線のような存在となりうる思想なのです。

 
芥川賞作家からディズニーまで、反出生主義の影響を反映したさまざまな作品たち

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