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篠田真貴子さんと考える「日本企業のサステナビリティ」

         


SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)投資などが注目され、企業にもサステナブル(持続可能)な経営が求められている一方で、日本企業はサステナビリティが低いともいわれる。課題解決のために何をすべきなのか、またそこでデータはどう生きてくるのか。ウイングアーク1stの人事ソリューション・エヴァンジェリストの民岡良が、経営と人事に精通するエール株式会社取締役の篠田真貴子氏と意見を交わした。

寿命が伸びることによりサステナブルの意味も変化

民岡:イントロダクションとして、先日、私が行ったある試みについて話をさせてください。私は、ビジネスや生活、趣味など、どんな話題から入っても必ず「サステナブル(持続可能)な働き方」に結び付けることができるように感じていました。そこで、音声SNS(交流サイト)の「Clubhouse(クラブハウス)」を使って、この仮説を検証しました。

ウイングアーク1st株式会社 ⼈事ソリューション・エヴァンジェリスト ⺠岡 良

私は、「SDGs/ESG/ISO 30414/人的資本経営」のキーワードで「ルーム」を立ち上げ、ルームに入ってきた人と会話しました。何度かやってみて、この仮説は正しかったと実感しました。例えば、ある日は九州の福岡が話題になりました。大きな都市でありながら、少しクルマを走らせると海がきれいに見える場所に行けて、ワーケーションや、リモートワークに最適な場所だという話になったのです。「サステナブルな働き方だ」といった発言もありました。さらに、国内だけでなく海外にも話が広がり、スペインやイタリアでは失業率が高いのに、日本人よりもはるかに幸せそうに暮らしているという内容の話をする人もいました。後で思えば、「仕事以外にも自分の居場所をしっかりと作って人生すべてを楽しく国民性がポイント」ということに気づけたこの話も含め、全てはサステナブルの話ではないかと感じました。

篠田:これは本質的な話だとも言えますね。サステナブルという言葉が身近になったのはここ十年ほどですが、考え方は自体は数十年前からありました。もともとは環境問題を議論する過程で出てきた言葉です。それが、働く、生きる、といった文脈にも使われるようになったのです。

エール株式会社 取締役 篠田 真貴子 氏

理由はシンプルです。それは、人間が長生きするようになったからです。私が社会人になったころは、「24時間戦えますか」というCMのフレーズが流行した時代でした。今の感覚で判断すると、サステナブルとはほど遠く感じますが、55歳が定年でその後の老後が10年ほどというのが平均的な人生像であれば、それはそれでサステナブルだったのです。一生懸命に働いて、稼いで、家族に財産を残すというのも一つのサステナブルです。しかし、今はその大前提である人生の長さが大きく変化しています。それにもかかわらず、日本企業のアップデートが遅れ気味なのです。

角砂糖ではなく石垣のように従業員の個性を組み合わせる

篠田:民岡さんのお話は、サステナブルな働き方の中でも、どちらかといえば、時間的にゆったりとした生活重視という印象を受けます。しかし一方で、スキルを上げたい、がつがつと働きたいという考え方もあります。人生の中で、高い目標を掲げて頑張る時期もあれば、そうでもない時期もあるのではないでしょうか。私がいるベンチャーの世界では、高い目標を掲げて頑張らなければ会社がすぐ潰れてしまいます。

民岡:確かに、どの節目にいるかによっても変わりますよね。

篠田:何を求めているかは人によって異なりますし、時期によっても異なります。サステナブルで大切なのは、形だけでなく、自分の内面、すなわち自分で決めたということです。選択肢がある中で、自分が選べることが大事なのです。

これまで日本の多くの企業では、組織に入って働くことは自分の個性をいったん脇に置いて、我慢して組織の求めに応じることを強いてきましたが、最近私が理想と考えているのは、「組織で働くことでよりよい自分、自分らしい自分でいられる」、そんな世の中です。

民岡:無意識的に我慢する働き方が常識になってきたわけですね。ただそこでも、自分で目標を決めて頑張るような我慢と、会社からやらされることでの我慢とは大きな違いがありそうですね。

篠田:ジョブ型雇用などの制度を導入することも大事ですが、働くということの大前提は「つらい」「我慢をする」ではなく、個人の「動機」です。また我慢させている状況というのは、多様性が認められていない状況でもあります。私は、このような状況について、「角砂糖」をイメージしています。全員、同じ大きさの正六面体の角砂糖になってくださいという世界観です。

それに対して、これから私たちが向かおうとしているのは、城の石垣のように、大きい石も小さい石もあり、形もそろっていないけれども、組み方次第で強固になるイメージです。みんなそれぞれがふぞろいなままが好ましいのです。

自分で判断するためにもデータが重要になる

民岡:人事領域においても、働く人それぞれの個性を生かす方向に進んでいます。篠田さんは人間の個性の話をされましたが、企業にも個性があってもいいですね。その際「ISO 30414」がヒントになると感じています。

ISO 30414は、2018年12月にISOの中では初の人材マネジメント領域の規格となる「人事・組織に関する情報開示のガイドライン」として公開されました。ここで誤ってはならないのは、人事データを定量的に把握して可視化をすることは大切ですが、それを見栄えのいい状態に整えさえすればいいという解釈をしないことです。取り繕った数字や、企業としてアピールできる数字だけを公表してあとは隠す、というのでは本末転倒です。整っていない部分もあえて可視化をすることによって課題を明らかにし、それを「このように改善していく方針である」と説明ができれば、必ずしもマイナスにはなりませんし、個性を際立たせるヒントにも成り得るのはないでしょうか。

篠田:投資家は最近、取締役など企業の経営陣がどのようなスキルを持った人たちなのか、ということに関心を持つようになっています。経営戦略を描くだけでなく、それを実行する人材が大切というわけです。そこがぼんやりとしていると、投資家も安心して投資できません。

漫然とスキル分析のようなものを出してもあまり意味がありません。どのような人がふさわしいのかしっかりと議論をしてほしいところですが、それが仕組みとしてできあがっている企業はほとんどありません。

民岡:ISO 30414では、ほぼすべての項目(メトリック)について定量データで可視化をするように求めています。比較検討するためには仕方のないことですが、単なる数字だけでなく、表現力も求められているように思います。実際に、「ナラティブ」に、定性的に表現せよ、とされている項目もあります。取締役のスキルやコンピテンシーを5段階表示するといったことは、やらないよりはやった方がいいでしょうが、形だけそろえるのではなく、趣味でも何でも(あるいは不得意分野や苦手なことでさえも)、その人の魅力を引き立てるような文章を追加すべきだと私は考えています。

篠田:数字だけではなかなか判断できないですね。自分で決めるためには、選択して判断するのに十分な情報が不可欠です。

民岡:大元のデータがなければどうしようもありませんが、HRテクノロジーが希望の兆しになるのではと期待しています。例えば、従業員のキャリアや志向に応じて、一人一人に異なる研修メニューがレコメンドされるようなツールも登場しています。多くのテクノロジーがあり、さまざまなアプローチが可能になっています。

アセスメントについてもいいツールがいくつか出ています。私は前職でアセスメントの開発・販売も行っていたので、自身でも各種アセスメントを何度も受けていますが、実はどれを試しても「コンプライアンス(会社が決めたルールを守る)」といった項目の点数が低いのです。同僚からは「社会人失格だ」と冗談交じりに言われました。しかし一方で、ルールベースではなく、何もないところから新しいものを生み出す力(革新性、等の項目)はかなり高いという結果が出ました。アセスメントを使うと、その人の個性を定量データで知ることができるのですが、多くの日本企業はこれを単なる「足切り」(採用可否判断)のみに使ってしまっています。

社員の個性を生かすことは、これからの経営の重要なテーマ

篠田:民岡さんのような人が取締役会にいれば、事業の幅が広がるでしょうね。個性をアセスメントしたり、評価したりすること自体がダイバーシティといえます。

民岡:みんなが前例に従って仕事をするような企業では、新しいものは生み出せません。もちろん、経理担当者や労務担当者が前例を破る人ばかりでは困ってしまいますが(笑)。職種や役割に依りますよね。

篠田:その通りです。しかし、企業として多様な個性を組み合わせ、組織・チームをつくり、価値を生み出していくという方法論を持っている企業は非常に少ないのが現状です。

民岡:経営者が関与すべき重要なテーマですね。

篠田:さらに、経営者だけでなく、従業員の“内にあるもの”も大切です。JR東日本の新幹線車内清掃を行う「JR東日本テクノハートTESSEI」という有名な企業があります。その仕事ぶりを見ていると尊敬の気持ちが湧きますし、従業員が誇りを持って仕事に当たっていることが伝わります。ただ、これは会社が誇りを持てと命令すれば誇りを持つようになるわけではありません。本人がしっかりと受け止めて、それを自覚しなければ、誇りは持てません。あらゆる仕事で同じことがいえると思います。

私が在籍しているエールは、社外人材によるオンライン1on1を提供しています。利害関係から離れたところで、その方が感じていることを話してもらうことで、「自分はこういうことを大事にしている人間なんだ」と自覚できるようになります。それにより「自分がこの仕事をやることの意味は何か」と考えるようになるのです。そうやって他者と違う自分の個性をつかんでいくのです。モチベーションも、当事者意識も、自分の話をすることからはじまるのです。

民岡:「私は他の人とここが違う」ということが、その人の誇りや自信になるような文化が広がり、それが企業成長の原動力になるといいですね。

篠田:一歩一歩そういう日本にしていきましょう。

エール株式会社 取締役 篠田 真貴子 氏

慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。1年間のジョブレス期間を経て、エール株式会社の取締役に就任。「ALLIANCE アライアンス —— 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。

聞き手:
ウイングアーク1st株式会社人事ソリューション・エヴァンジェリスト民岡 良 氏

日本オラクル、SAPジャパン、日本IBMを経て2018年10月より現職。日本企業の人事部におけるデータ活用ならびにジョブ定義、スキル・コンピテンシー定義を促進させるための啓蒙活動にも従事。「人的資本の情報開示」(ISO 30414)に関する取り組みについても造詣が深い。 著書に「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年労務行政、共著)等がある。

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:落合直哉 編集:野島光太郎)

 

 
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