企業におけるイノベーションの第一人者クレイトン・クリステンセン氏。彼が提唱した、イノベーションの成功/不成功のメカニズムを解き明かす理論が「ジョブ理論」です。同理論について耳にしたり、書店で関連書籍を見かけたことがあるという方も多いのでは?
本記事ではジョブ理論とは何なのか、何の役に立つのか、なぜデータの扱いを間違えるとイノベーションは失敗するのかなど、ジョブ理論の基本と“データ”にまつわるポイントをわかりやすくご紹介します。
ジョブ理論の根幹にあるのが“顧客は解決したいジョブ(仕事)を片付けるためにあらゆる製品/サービスを購入する”という理論です。今朝飲んだ一杯のコーヒーから公的教育、医療、あるいはこの記事を読むという選択まで、すべて“ジョブを片付ける”という目的で行われているとジョブ理論では考えます。
そして、顧客それぞれにジョブを達成するまでのストーリーが存在し、それを見出すことをイノベーションのカギとするのです。
ジョブ理論の事例として有名なのが──“ミルクシェイクをもっと売りたいファーストフード・チェーンの事例”。ミルクシェイクを買う理由として真っ先に思い浮かぶのは、「喉を潤したい」「味を楽しみたい」などでしょう。
しかし、調査チームが店頭に18時間立ち、観察を行ったところ判明したのが、午前9時前にひとりでやってきた客に販売するミルクシェイクが非常に多いという事実。さらにインタビュー調査を行った結果、次のジョブが見えてきたのです。
「朝の通勤のあいだ、ぼくの目を覚まさせていてくれて、時間をつぶさせてほしい」
引用元:クレイトン M クリステンセン (著), タディ ホール (著), カレン ディロン (著), デイビッド S ダンカン (著), 依田 光江 (翻訳)『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム 』2017、ハーパーコリンズ・ ジャパン、ロケーション4570の347
これはそれまで行われていた顧客へのアンケート調査では全く浮上してこなかったジョブでした。ここでの競合は同じく運転中の覚醒と暇つぶしを助けるガムや菓子パンなどです。そこでより“朝のミルクシェイクを濃厚にすることで、暇つぶしを助ける機能を高める”という方策が見出されました。
ここで覚えておきたいのが“これが唯一の解ではない”ということです。
さらに調査を行った結果、見えてきたのが夕方の父親たちの「子どものおねだりに応えて優しい親の気分を味わいたい」というジョブ。この場合の競合は、子どもの欲しがるおもちゃやお菓子などです。そして、子どもの健康を考えるとあまり濃厚なシェイクを飲ませたくはないと親は考えているかもしれません。そうなると、ミルクシェイクに求められる要素は朝とは真反対になるでしょう。
このように顧客がある製品/サービスを採用する理由(=ジョブ)は無数に存在し、それぞれによって競合や求められる体験価値は全く異なります。それを前提に適切なジョブを見出しそれに応えた、プロダクト/サービス設計やマーケティングを行うことでイノベーションの成功につなげる。その思考法が、ジョブ理論なのです。
ジョブ理論提唱者のクレイトン・クリステンセン氏はハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の教授を長年勤めてきたビジネス理論の研究者であり、世界で最も有名な経営思想家のひとりです。同氏が1997年に提唱した「イノベーションのジレンマ」は巨大企業が新興企業に打ち負かされてしまう不思議を解き明かした企業経営理論の古典であり、「破壊的イノベーション」など同書で広まった用語は今や経営やマーケティングの現場で当たり前に使われています。
2020年1月に白血病を起因とする複合的症状により惜しまれつつ逝去した同氏。その「これからのイノベーションを予測し、生み出す(※)」ための理論を3人の共著者とともにまとめた『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム 』(以下、『ジョブ理論』)は2017年に邦訳出版されました。
引用元:クレイトン M クリステンセン (著), タディ ホール (著), カレン ディロン (著), デイビッド S ダンカン (著), 依田 光江 (翻訳)『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム 』2017、ハーパーコリンズ・ ジャパン、ロケーション4570の347
ジョブ理論の内容はわかったけれど、どうすれば実践できるのかがわからない……という方も多いのではないでしょうか。
そんな方にまず押さえていただきたいのが、ジョブ理論の実践手順です。以下のステップをご覧ください。
まずはジョブを見つけるのが第一歩です。数値や指標だけにとらわれず、身の回りの観察や顧客へのインタビューも活用して、ターゲットがなぜある選択に至ったのかを掘り起こしましょう。ここで意識したいのが、「無消費」も選択肢となりえること。ジョブの解決策を見出せず「何も買わず我慢する」ことを選択している人がいれば、それが大きなジョブの鉱脈となりえるのです。
顧客の状態が把握できたら、次は無消費も含めた現在の選択肢を解雇し、自社の製品/サービスを採用してもらうためのストーリーをつくります。製品も、サービスも、無でさえも並列に並べて考えるからこそ、「採用する/解雇する」というジョブ理論の用語がしっくり当てはまります。
「単に切り替えが億劫だ」「面倒くさい」というのもジョブの雇用を妨げる立派な要因です。あらゆる可能性を考慮し、それらを解決する“体験”を用意することが求められます。
ジョブと製品/サービスを適切に結び付けることができれば消費者に取ってのパーパスブランド(ジョブが発生した際真っ先に思い浮かぶブランド)となりえます。さらにプロセスや組織までジョブに最適化すれば、他社はなかなか真似することができません。それらは企業が現在に至るまでの無数の決断で形作られているため、制度やツールをそのままコピーしたところで再現は不可能だからです。
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