About us データのじかんとは?
DX推進のキーパーソンとして、ITアーキテクト、データサイエンティストが取り上げられるが、近年同様に注目されているのが「ビジネストランスレーター(ビジネスの翻訳者)」だ。
ビジネスのあらゆる領域にITが浸透し、テクノロジーはますます進化・高度化していくが、その一方で多くの企業が、その速度に追い付けずにいる。その大きな要因となっているのが、経営と現場との間にIT導入やデータ活用の意義について、解釈の「深い溝」があることだ。この両者の「橋渡し役」となるビジネストランスレーターとして、電子薬歴をはじめ、薬局での体験を改善するサービス「Musubi(ムスビ)」を提供するカケハシで活躍する山下辰也氏に、必要な考え方やスキルを聞いた。
本格的なDX時代を迎え、企業はデータをビジネスの成長に活用する道を探っているが、業務の現場とIT のギャップが埋まらないという声は、むしろ以前よりも高まってきている。従来のビジネスのスキームにデジタルテクノロジーを取り込み、利益や成長につなげたいという思いは同じでも、経営陣、業務の担当者、そして IT 担当者間で、意図していることが伝わらず、もどかしさが募っていることは多い。
そういった中で、データサイエンティストはもとより、その役割が期待されているいるのが、データと事業の「橋渡し役」であるビジネストランスレーターだ。ビジネストランスレーターは、経営と現場、ITと事業などのそれぞれの立場の課題や要望を理解し、共通の言葉に置き換えて(通訳して)伝えることで、組織におけるデジタル化やデータ活用を促進する極めて重要な役割だ。しかし、ビジネストランスレーターという存在への認知も低く、ふさわしいスキルや経験を持つ人も少ない。山下氏は、実務での経験やノウハウを備え、ビジネストランスレーターとしての役割を果たしている一人だ。
山下氏のキャリアのスタートは、新卒で入った人材系企業での営業企画職だった。ここで営業担当者が売り上げを立てるための受注戦略を練るうち、業務データが営業の成果である「数字」に直結することに気付いた。
「担当する業務の営業の動きの変化に合わせて、売り上げがどう変わるかを目の当たりにする中で、いかに自分が売り上げに貢献できるかを常に考えるようになりました。2年目からは部下を持ち、チームで成果をコントロールしていくことにもチャレンジできました」
この経験を土台に、2社目のレジャー予約サイトの会社では、営業チームの成果や業務の進捗状況の可視化に加え、契約施設の利用状況の分析などを担当。役員の下で、広告販売企画の立案やパフォーマンス測定、事業計画の進捗率の可視化など、よりビジネスに直結したデータ活用も経験した。
「そして2020年5月に、現在のカケハシに入社しました。もともとスタートアップ企業で働いてみたかったことに加え、社会的な課題を解決するような仕事をしたいという気持ちがありました。その点、薬歴管理のデジタル化を通じて医療に貢献できることや、日本の医療の適正化に微力ながら関われる現在の業務に意義を感じています」
現在、多くの企業の悩みは、山下氏のような「自社の業務とIT の両方が分かる人」が社内にいないことだ。では、企業がそうした「橋渡し役」を育てるには、どのような方法があるのか。山下氏は、そのポイントしてデータリテラシーを高める環境づくりを挙げ、大きく下の2つのアプローチがあると語る。
経営者は、もともと数字でものごとを考える重要性をよく理解している。そこで経営者自らが、「こういう視点で業務や経営の状況を見ている。それにはこのデータがないと的確な意思決定ができない」というようなデータ活用の意義を明確にし、それを「見える化」してマネージャーを通じて現場に浸透させていく。
例えば営業のデータを活用しようとしたら、営業日報にデータ入力項目を盛り込むなど、担当者が各自でデータを入力してくれる仕組みづくりが不可欠。
「データ入力の仕組みづくりが不可欠とはいっても、単に『入力してください』ではなく、入力してもらったデータを適切に加工・分析して、営業担当者自身に役立つ資料としてフィードバックし、メリットを感じてもらうことが大切です。私も入力してくれた人に何らかのインセンティブを感じてもらえるアウトプットを心掛けています。インセンティブに結び付きやすい立場の人やデータ活用のメリットに積極的に関心を持ってくれる人など、協調が得られやすい人から動かして、少しずつ会社全体に広げていくのが有効です」
情報システム担当者の視点で抽象的な話をしても、現場の人にはピンとこない。そういう場合には、相手の関心に寄せた例え話に置き換えた説明も効果があると、山下氏は明かす。
「ゲームが好きな人なら、『RPG でボスを倒すには、自分と相手の攻撃力や守備力の数値を把握していないと勝てないよね』といった具合に、データをもとに行動すると確実に成果が出せるということを、相手に合わせた例え話で説明すると理解してもらいやすくなります」
ビジネストランスレーターに求められるスキルは、具体的にどのようなものだろうか。名前だけ聞くと、データサイエンティストやシステムエンジニアのような専門性が不可欠に思える。だが山下氏は、「もちろん最低限のITやデータの知識は必要だが、むしろ重要なのは、社内の技術チームからの信頼感」だと言う。
「現在の職場で僕が、社内のSFA(営業管理)やCRM(顧客管理)のエンジニアチームと信頼関係を築けたのも、『話が通じる人』として認めてもらえたからだと思っています。専門知識は相手の方がずっと上ですから、こちらは背伸びをせず、業務の要望を伝える上で問題なく会話できるレベルの知識があれば十分。そうした素養を持つ人は意外と少ないので、それができるだけでも組織の中で存在価値を発揮できると思います」
もう一つ大事なのは、「知らなければ聞く」ということ。エンジニアに対して、謙虚な姿勢でコミュニケーションしていけば、正確な知識やアドバイスをもらえるだけでなく、お互いの信頼関係が築かれていく。山下氏自身も、分からないことを何度となく尋ねるうちに、「技術を理解しようとして頑張っている」と認めてもらえるようになったと振り返る。
「実際に教わったことを実行してみると、自分にはとても無理だということもよくあります。その結果、エンジニアに対するリスペクトの気持ちも高まります。そうして信頼関係の土台となる相互のリスペクトのサイクルが回るようになります」
山下氏のビジネストランスレーターとしての活動は、具体的な成果につながりつつある。最近では、半年分の営業データを営業チームのマネージャーと一緒に1件ずつチェックして、売れ行きが芳しくない原因を具体的な項目と数値でリストアップ。さらにそれをもとにシミュレーションして、何割受注を増やせればどれくらいの営業拡大につながるといった予測を経営陣にプレゼンテーションした。
「経営陣に向けた営業現場のマネージャーからの報告にデータの裏付けを添えました。経営陣が正確に状況を把握できれば、より精度の高い意思決定がしやすくなります。これは価値の高い働きだと、自負しています。私自身も、営業のマネージャーと一緒に数字を精査していく作業を通じて、自社の業務を定量化して理解する良い機会になりました」
営業データの精査から経営陣へのプレゼンという取り組みを経て、営業の現場にも変化が生まれた。
「営業担当者も、これまでは自分たちの業務の状況を正確に把握したいと思いながら、定量化というハードルがありました。それが今回の成果を通じて、自分たちでもできるという自信が生まれ、この先、さまざまな業務改善のアクションにつなげたいという話が持ち上がっています。これまで勘や経験で感覚的に伝えてきたことが数値化できれば、そのデータ(数値)を受け取って分析し現場に戻すことで、大きな変化を生むことができると期待しています」
こうした社内の変化に応えるために、山下氏はより多くの人がデータから事業改善のヒントを得られる情報蓄積の在り方を工夫していきたいと抱負を語る。これまでは必要に応じてSFAやCRMからその都度必要なデータだけを抽出して使っていたが、今後は戦略的な活用を前提としたデータベースを視野に入れていくとして次のように結んだ。
「そのためには、やはり『みんながデータを入れてくれる』仕組みづくりや意識付けが非常に大切になります。データベースへの入力が仕事の課題解決につながることを実感してもらいながら、これまで以上にデータを応用する範囲を広げていきます」
人材紹介会社、遊び予約サイト運営会社で営業企画・事業企画を担当。2020年に株式会社カケハシへ入社。TheModelExcellenceチーム/kakuseiチームに所属し、データ分析・KPIのモニタリング、課題抽出・施策立案、CRM/SFAの企画・設計などを担当。これまで複数のSFA/MA/BIツールの新規導入・リプレイスを経験。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:Inoue Syuhei 編集:野島光太郎)
メルマガ登録をしていただくと、記事やイベントなどの最新情報をお届けいたします。
30秒で理解!インフォグラフィックや動画で解説!フォローして『1日1記事』インプットしよう!