生産性や労働時間に課題を抱える日本の労働環境。世界に誇る国民皆保険制度を背景に運営されている医療の世界も例外ではありません。
そんななか、データ活用により医療の質の向上や医師の働き方改革を進める活動が実施され、効果を発揮していることをご存知でしょうか?
データの時間ではこれまで千年カルテプロジェクトやPCIPといったデータの力で医療を進化させる取り組みを紹介してきました。今回は外科を中心に稼働する医療データベースNCD(National Clinical Database)にスポットをあてて、医療の世界で進むデータ活用をご紹介します。
NCDは日本で行われた手術・治療・剖検情報(病理領域のみ)が登録される巨大なデータベースです。集められるデータは、患者の属性や術式などにまつわる13前後の基本項目と手術・治療によって異なる詳細項目の2種類。
各医療施設で登録された情報はインターネット経由で中央データサーバに収集されることになります。
NCDがスタートしたのは2011年1月1日。国民皆保険制度には、組合健保、協会けんぽ、国民健康保険といった種別によって管轄機関がバラバラなため、保険診療によって得られたデータの一元管理ができないという弱点がありました。
そこで2000年にスタートしたのがNCDの先駆けともいえるJCVSD(日本心臓血管外科手術データベース機構)。その成果を受けて心臓血管外科以外の科のデータも一元管理できるようスケールアップしたのがNCDです。
2018年度のNCDへの参加施設数は5,000施設、年間の登録症例数は150万件を超えました。同年10月1日時点の全国の一般病院数は7.314施設ですから、その普及施設率は約68%。着実に一般化しつつあるといえるでしょう。
特に外科系での普及はすさまじく運営元である一般社団法人NCDの代表理事挨拶には「わが国で一般外科医が行っている手術の95%以上をカバー」と記述されています。
NCDが医療界にもたらす主な恩恵として以下の3ポイントが挙げられます。
データの蓄積は医療の質を高めることにつながります。
NCDに十分なデータが蓄積されれば、術後の死亡率や治療後の合併症発症率といったパフォーマンスが数値で出せるようになります。その結果、経験則や感覚でなく確かなエビデンスに基づいて治療法を選択できるようになるのです。これらのパフォーマンス情報は教育・育成においても有効に活用できるでしょう。
さらに、NCDは全国の診療科のデータを一元管理しているため、全体の平均との比較も可能にしてくれます。その結果、自施設・自科に欠けているポイントを探せるようになります。
データを蓄積し「見える化」することで治療の質向上につながるという話は、千年カルテプロジェクトにも共通するデータ活用の基本ポイントです。
NCDが普及した背景には特定領域での医師の経験・実力を認定する専門医制度との連動があります。医師の多くが取得を目指す専門医資格ですが、実績を証明するための資料をまとめて提出する作業に非常に時間がかかるという問題がありました。そこでNCDは蓄積されたデータをWeb経由でそのまま審査機関に提出することを可能にしたのです。
またNCDのデータを用いれば、ある手術に必要な医師数や医師の労働時間の実態も見えてきます。それを用いて人員補充や体制管理を行うことで、医師の働き方改革にも貢献してくれるでしょう。
見える化されたデータを使えば医師と患者とのやり取りはスムーズになります。インフォームド・コンセントという言葉が普及したように、現代医療では治療方針やリスクについて患者の同意を得て治療に望むことが求められます。その際、術後の後遺症発生率といったデータを用いて説明することで専門外の方でも理解しやすくなるのです。
また地域ごとのデータを総覧すれば特定の治療の成功率が高い病院、施設ごとの手術の成功率などがわかります。それを指針として患者の割り振りや改善指導を行えば、日本全体の医療のレベルアップにつながるでしょう。
以上からデータの「蓄積」と「見える化」の効果がさまざまなメリットを生んでいることがわかります。確かな目的を持って蓄積されたデータはそれだけで資産となります。さらにそこから傾向を読み取ることで、今まで気づけなかった事実が見えてくるのです。
ここまでNCDのメリットを見てきましたが、デメリットやリスクはないのでしょうか?
まず挙げられるのが、データ入力の手間です。ただでさえ忙しい医師。13前後の基本項目にそれぞれの専門項目を入力する時間は大きな負担となります。それにも関わらずNCDがここまで普及したのは意義の高さへの理解のみならず、専門医制度との結びつきがあったからでしょう。消化器外科領域では医師の代わりに項目を入力するデータマネージャーの育成が進められているそうです。
また、患者の個人情報を扱う以上データ流出のリスクは常につきまといます。院内管理コードよる匿名化など対策がなされていますが、細心の注意が必要なことには変わりありません。データ入力の手間が削減できる他データベースとの連携に慎重な姿勢が取られているのも、セキュリティの低下を警戒してのことです。
データ活用にかかる手間とセキュリティはときとしてトレードオフの関係となります。そこでセキュリティが優先される仕組みを構築しつつ、安全に手間を削減できる手段を探ることがデータベース運営側には求められます。
医療データベースNCDの成り立ちとメリット、懸念点などについて総覧してきました。
未だにアナログな部分も多く残っている医療業界ですが、電子カルテは徐々に一般化し、NCDや千年カルテプロジェクトのようなデータ活用への意識も高まってきています。
高齢化により医療費負担が高まっていくことがほぼ確実となっている日本。それに対抗する手段としてNCDは有効です。また、その取り組みをほかの業界に応用にすることも可能なはず。「難しそう」「今のままで良い」と敬遠せず、今後も注目していきたいですね。
(宮田文机)
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