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今年4月、「働き方改革関連法案」が施行され、「年次有給休暇取得の一部義務化」や「フレックスタイム制の見直し」など様々な制度が見直しされました。

しかし、制度は変わっても、人間はなかなか変われないもの。制度はあるのにうまく活用できない/されていない、という場面も少なくないのではないでしょうか?

そこで今回は、行動経済学の手法である「ナッジ」を活用した働き方の改善方法の事例をご紹介いたします!

「ナッジ」で人々の「よりよい生活」を後押しする

「ナッジ(nudge)」とは、「ひじでそっとつつく」などを意味する単語で、行動経済学の分野では、「選択者の選択肢を狭めたり、選択肢間で経済的なインセンティブを大きく変えたりせず(ひじでつつくように)人々に適切な選択肢を促したり、危険を回避させたりする仕草」を意味します。

「ナッジ」を提唱したのは経済学者で2017年にはノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏と彼の共同研究者である法学者のキャス・サンスティー氏です。

従来の経済学では、モデリングを行う際、経済主体(経済活動を行う基本単位)に、自己利益を最大化するために合理的に計算して追求する「合理的経済人」を置いていました。しかし、哀しいかな現実の世界は決してロジカルにはできていません。実際の人間は不合理で誤った選択をしてしまうことが多いものです。

そこで、セイラー氏とサンスティー氏は経済学の手法に人間の心理的特性を組み込んだ手法を提案した、というわけです。

この「ナッジ」の背景にあるのが「リバタリアン・パターナリズム」です。

「リバタリアン(自由主義の)」はその名の通り、人々の選択の自由を最大限尊重すること、「パターナリズム(父権主義)」は選択者の意思決定に他者が強制的に介入することを指します。

「自由」と「強制」、一見相反する意味を持った二つの単語を組み合わせたこの言葉は、「人々が思い通りに自由に生きることを尊重しつつ、よりよい生活を送れるように選択アーキテクト(選択の設計者)が人々の行動に影響を与えようとすること」を示します。
つまり、両者のいいところ取りをした考え方なんです。

「リバタリアン・パターナリズム」や「選択アーキテクト」、そして「ナッジ」というキーワードは、セイラー氏とサンスティー氏によるベストセラー『実践 行動経済学(原題:Nudge)』で世に広く知られるようになり、あらゆる場面で実践されるようになりました。

では、「ナッジ」はどのように実践されているのか、見てみましょう。

休暇を「拒絶制」にすることで、取得率がアップ?中部管区警察局の事例

「人は一般に自分がしたいと思うことをして、望ましくない取り決めを拒否したいのなら、オプト・アウト(拒絶の選択)する自由を与えられるべきである」──。このストレートな主張がわれわれの戦略のリバタリアン的な側面である。

(リチャード・セイラー、キャス・サンスティー 著、 遠藤 真美 訳『実践行動経済学』)

今回ご紹介する「ナッジ」の実践で成果をあげた事例は、警察庁中部管区警察局の岐阜県情報通信部の取り組みです。

この部では、当直後の休暇取得の方法に「ナッジ」を組み込むことで、休暇取得率が改善したそうなんです。

警察の業務において必要不可欠な当直ですが、これまで、この部では、当直翌日に休暇を取る場合、その都度、申請が必要でした。

しかし、「ナッジ」のオプト・アウト(拒絶の権利)方式という手法に従い、2017年5月から当直明けの休暇を原則とし、休暇を拒否し、勤務する場合のみ、申請を行う、という方針をとったところ、導入前の2016年と比べて、休暇取得率が3倍弱に増えたということです。

このオプト・アウト方式は、アメリカの企業年金制度(401k)や免許証裏の臓器移植の申請書でも取り入れられている手法で、年金を積み立てたくない人や臓器移植を望まない人は拒否するためのチェック欄にチェックをするだけで拒否の権利を実行できるというものです。

同部では他にも、年末年始の休暇前後で行われる仕事納め式と仕事始め式の日程を前後にずらすことで長期休暇を取りやすくしたことで年末年始の有給取得率が6倍になるなど、「ナッジ」をベースにした選択アーキテクチャ(選択設計)を行うことで、大きな成果をあげています。

一見シンプルに見える「ナッジ」ですが、その実践の際に何に気をつけるべきなのでしょうか?

「ナッジ」の実践には、「リバタリアン・パターナリズム」の黄金則が重要なカギになる

セイラー氏とサンスティー氏が提唱する「リバタリアン・パターナリズム」の黄金則は「役に立つ可能性が最も高く、害を加える可能性が最も低いナッジを与える」というものです。

そのような「ナッジ」を実践する際に重要となるのが、「選択アーキテクト(設計者)」です。

人々により良い選択を促すために、「選択アーキテクト」はきちんと人々の意思決定の背後にある文脈を理解し、体系化し、整理する必要があります。

つまり、「選択アーキテクト」はそれぞれの選択肢の先にある人々の行動を出来るだけ正確に予測し、できる限り選択する際の意思決定を阻害しないような選択を考えられなければならないのです。

したがって、全ての選択肢において綿密な選択アーキテクチャを実践する、というのはなかなかに難しいことです。

それでは、「ナッジ」を必要とするのはどのような場面でしょうか?

『実践経済学』では、「ナッジ」を必要とする以下の5つの項目をあげています。

  1. 選択の結果が遅れて現れる場合
    例:ダイエット(投資財:コスト(苦労)を支払って利益(健康な体)をあとで得る)、タバコ(罪深き財:利益(喫煙)を得てあとでコスト(体への悪影響)を支払う)
  2. 選択するのが困難な場合
    例:住宅ローンを選択する(どの会社/プランを選ぶのか、において必要な情報が多すぎて判断できない)
  3. 稀にしか起こらない場合
    例:家を買う(ほとんどの人は人生に1〜2回程度しか経験しない)
  4. フィードバックが乏しい場合
    例:帰り道の経路(会社や学校から帰宅するとき、帰り慣れた道を使い、もっと近い経路があっても気づかない)
  5. 選択と経験の関係が不明瞭な場合
    例:見たことがない料理が並ぶレストランでメニューを選ぶ(選択肢の結果が予想できないため、なかなか選べない)

例えば、今回紹介した警察庁中部管区警察局の事例は、4つ目の「フィードバックが乏しい場合」に当たるでしょう。

項目を眺める中で、自分の経験に当てはまるものがあった人も多いのではないでしょうか?

ここまで書いたように、「ナッジ」の実践はなかなかに難しいものですが、必要な場面で適切に実践することで、警察庁中部管区警察局の事例のように、大きな効果が得られる可能性は十分にあります。他にも、例えば、残業が当たり前の職場で残業を減らしたい場合など、上司からの許可がなくては残業が認められない仕組みを作る、夏休みの申請がある時期までにない場合は、日程が自動的に決められてしまう、なども効果的かも知れません。

「働き方改革」のみならず、マーケティングやビジネスにおいても「ナッジ」の実践は効果的ですので、身の回りで、「ナッジ」を必要としそうな選択を見つけたらぜひ実践してみたくださいね。

【参考引用文献、サイト】
・ リチャード・セイラー、キャス・サンスティー 著、 遠藤 真美 訳『実践行動経済学ノーベル経済学賞のセイラー教授が提唱する「ナッジ」が重要な理由「ナッジ」で休暇取得増=きっかけ与え行動促す-警察の働き方改革

(大藤ヨシヲ)

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