「オッカムのかみそり」とは?科学の歴史をどう進めてきたのか、データサイエンスにどう用いられているのか | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
カテゴリー
キーワード

「オッカムのかみそり」とは?科学の歴史をどう進めてきたのか、データサイエンスにどう用いられているのか

         

みなさんは、「オッカムのかみそり」という言葉を聞いたことはありますか?
データサイエンスや科学に興味がある方ならば、どこかで目にしたことがあるかもしれません。

シンプルなようでややこしくも感じられるこの言葉の意味と有用性を、その成り立ちから科学の歴史にいかに貢献してきたのかまでまとめて、わかりやすくご紹介します

「オッカムのかみそり」は“ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない”という指針

「オッカムのかみそり」とは、“ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない”という指針であり、14世紀の哲学者オッカムのウィリアム(1285 – 1347)によって提唱されたことからその名称が冠せられています。

オッカムのウィリアム(以下オッカム)は、唯名論を提唱し、それまで唱えられていた実在論を退けたことで科学を大きく前に進めました。実在論は、紀元前4世紀の大哲学者アリストテレスの提唱した「普遍」の概念に基づき、その物体を規定する本質や偶有性によってこの世の物体は構成され、実際に存在していると考えます。目の前の物がどのように存在しているかについて「イデア界に完璧な真実の世界が存在し、我々はその影を見ている」としたのがプラトンのイデア論ですが、アリストテレスはそれを発展させ、物体はこの世界に実在し普遍によって存在していると説明したのでした。

それに対し、唯名論は「目の前の物体はただ我々によって名前を与えられているに過ぎない」とする考えです。それとともに述べられたのが前述のオッカムのかみそりの考え方でした。

唯名論がどれだけの衝撃を与えたのか、現代に生きる我々にはなかなかピンときづらいものです。しかし、実在論を前提とすることで、目の前の物体──たとえば木の棒が1本ある場合と2本ある場合には別のものとして扱うべきなのか、木の棒はそもそも木の枝だったが、両者はどのように区別されるのか、木を加工して杖にした場合、両者の普遍はどのように異なるのか、という問題を解決するための説明が、‟名前をそれぞれで変えているに過ぎない”という一文で解決できるようになったのです。

その結果、宗教と科学の分離や実験主義といった自然科学の基礎となる概念が大きく発展し、オッカムのかみそりは現代においても重宝される考え方となりました

「オッカムのかみそり」の功績とデータサイエンスにおける使い方

「オッカムのかみそり」の功績は、天文学、心理学、生物学、データサイエンス、哲学などあらゆる領域に及びます。

なかでも、もっとも有名なのは天動説から地動説への「コペルニクス的転回」への貢献でしょう。紀元100年頃の学者クラウディオス・プトレマイオス(90-168)による地球を中心とし、その周りを太陽、水星、金星などが回る天体モデルでは、ほかの惑星の運動や明るさの変化などを説明するにあたり、偶然の一致や未知の法則の仮定が必要となっていました。それに対し、天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473-1543)が地動説を唱えたことで、それまで存在した疑問にばっさりと説明が付けられたのです。例えば以下のような具合に。

Q.どんな惑星も太陽の反対側へ来ると最も明るいのはなぜか?
A.公転運動において地球がその惑星と太陽のちょうど間に位置するとき、地球と惑星が最も近づくから

さらに、コペルニクスの天体モデルはヨハネス・ケプラー(1571-1630)により、円軌道から楕円軌道へとさらに塗り替えられ、複雑な運動を説明するために用いられた「周転円」という概念はオッカムのかみそりによりばっさりと切り落とされることになります。

このように、ある事象をまとめて説明できるような理論の登場によりそれまで複雑に構築していた問題がひっくりかえることがあるのがオッカムのかみそりの教訓です。データサイエンスやAI開発の世界においても、2つのモデルが同程度に予測を行えるならば、必要となる変数や仮定が少ない方を採用すべきであるという形でオッカムのかみそりの教訓が用いられています。

学習モデルを複雑に構成することで生じる問題に与えられたデータに適合し過ぎるあまり新しいデータへの予測精度が下がる過学習の問題があり、それを防ぐための基準として「AIC(赤池情報量基準)」などの指標も用いられています。

オッカムの逆? 「ヒッカムの格言」も頭の片隅に置いておこう

このように我々の指標とすべきオッカムの剃刀ですが、逆の概念も存在することを皆さんはご存じでしょうか?

「人間は好きなだけ多くの病気にかかることができる」

アメリカのジョン・ヒッカム医師によって述べられたとされるこの格言は、主に医学の領域においてオッカムのかみそりに囚われすぎることで、複合的な理由により生じている患者の症状を見誤ることを戒めるために用いられています。

──単純な理由で説明できる答えの方が確かである可能性が高い。

オッカムのかみそりは多くの場合で有効に働く指針ではありますが、現実の個別事象に対処するにあたっては、ヒッカムの格言も頭の片隅に置いておきましょう。

終わりに

われわれの科学を大きく前に進めてきた指針「オッカムのかみそり」についてご紹介してまいりました。「いわれてみれば単純なことじゃないか」と感じられた方も多いのではないでしょうか。しかし、とかく物事を複雑に考えてしまいがちな人間という生物にとって、オッカムのかみそりは思い込みを改めさせてくれる実に有効なツールです。最新の問題の解決にこそ、数千年の時を超えて残る知恵を使いましょう。

(宮田文机)

 

参照元

・ジョンジョー・マクファデン (著), 水谷 淳 (翻訳)『世界はシンプルなほど正しい 「オッカムの剃刀」はいかに今日の科学をつくったか』光文社、2023 ・スパースモデリング(基本編)┃ごきちか ・Hickam’s Dictum┃National Library of Medicine

×

メルマガ登録をしていただくと、記事やイベントなどの最新情報をお届けいたします。


データ活用 Data utilization テクノロジー technology 社会 society ビジネス business ライフ life 特集 Special feature

関連記事Related article

書評記事Book-review

データのじかん公式InstagramInstagram

データのじかん公式Instagram

30秒で理解!インフォグラフィックや動画で解説!フォローして『1日1記事』インプットしよう!

おすすめ記事Recommended articles

掲載特集

デジタル・DX・データにまつわる4コマ劇場『タイムくん』 デジタル・DX・データにまつわる4コマ劇場『タイムくん』 データのじかんをもっと詳しくデータのじかんフィーチャーズ データのじかんをもっと詳しく データのじかんフィーチャーズ 「47都道府県47色のDXの在り方」を訪ねる『Local DX Lab』 「47都道府県47色のDXの在り方」を訪ねる『Local DX Lab』 DXの1次情報をを世界から『World DX Journal』 DXの1次情報をを世界から 『World DX Journal』 データで越境するあなたへおすすめの『ブックレビュー』 データで越境するあなたへおすすめの 『ブックレビュー』 BIツールユーザーによる、BIツールユーザーのための、BIツールのトリセツ BIツールユーザーによる、BIツールユーザーのための、BIツールのトリセツ CIOの履歴書 by 一般社団法人CIOシェアリング協議会 CIOの履歴書 by 一般社団法人CIOシェアリング協議会 なぜ、日本企業のIT化が進まないのか――日本のSI構造から考える なぜ、日本企業のIT化が進まないのか――日本のSI構造から考える 日本ビジネスの血流である帳票のトレンドを徹底解説 日本ビジネスの血流である帳票のトレンドを徹底解説 データを武器にした課題解決家「柏木吉基」のあなたの組織がデータを活かせていないワケ データを武器にした課題解決家「柏木吉基」のあなたの組織がデータを活かせていないワケ BI(ビジネスインテリジェンス)のトリセツ BI(ビジネスインテリジェンス)のトリセツ 入社1年目に知っておきたい差が付くKPIマネジメント 入社1年目に知っておきたい 差が付くKPIマネジメント CIOLounge矢島氏が紐解くトップランナーたちのDXの“ホンネ” CIOLounge矢島氏が紐解く トップランナーたちのDXの“ホンネ” データのじかん Resources越境者のためのお役立ち資料集 データのじかん Resources 越境者のためのお役立ち資料集 AI実装の現在地点-トップITベンダーの捉え方 AI実装の現在地点-トップITベンダーの捉え方 データでビジネス、ライフを変える、面白くするDATA LOVERS データでビジネス、ライフを変える、 面白くするDATA LOVERS データマネジメント・ラジオ by データ横丁 データマネジメント・ラジオ by データ横丁 データのじかんNews データのじかんNews データ・情報は生もの!『DX Namamono information』 データ・情報は生もの! 『DX Namamono information』 ちょびっとラビット耳よりラピッドニュース ちょびっとラビット耳よりラピッドニュース AI事務員宮西さん(データ組織立ち上げ編) AI事務員宮西さん(データ組織立ち上げ編) 藤谷先生と一緒に学ぶ、DXリーダーのための危機管理入門 藤谷先生と一緒に学ぶ、DXリーダーのための危機管理入門 生情報取材班AI時代に逆行?ヒトが体感した「生情報」のみをお届け! 生情報取材班AI時代に逆行?ヒトが体感した「生情報」のみをお届け! データはともだち 〜怖くないよ!by UpdataTV Original データはともだち 〜怖くないよ!by UpdataTV Original データ飯店〜データに携わるモノたちの2.5thプレイス by UpdataTV〜 データ飯店〜データに携わるモノたちの2.5thプレイス by UpdataTV〜 インサイトーク〜データで世界を覗いてみたら〜by WingArc1st + IDEATECH インサイトーク〜データで世界を覗いてみたら〜by WingArc1st + IDEATECH
close close