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DXを近視眼で捉えてはいけない。味の素古川氏の「2025年の崖」を飛び越えるための逃げない視座

         

2018年9月、経済産業省から「DXレポート」が発表された。IT人材の不足やレガシーシステムのブラックボックス化が進めば、2025年以降、最大12兆円もの経済的損失が毎年発生するという衝撃的な内容だ。レポートではそれを「2025年の崖」と表現、日本企業にDX人材の育成をはじめとした対策のスピードアップを求める。具体的にはどうすればよいのか。

味の素株式会社でデジタル戦略や人材育成に取り組み、CIO(最高情報責任者)CDO(最高デジタル責任者)の重要性を知る古川昌幸氏に伺った。

DXの2つの側面を追求することが重要

「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」には、文字通りわが国の企業ITを待ち受ける破滅的な状況と、それを回避するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)推進への指針が示されている。

レポートは、多くの経営者が将来の成長や競争力強化のためにDXの必要性を理解している一方で、社内の部門ごとにサイロ化が進んだレガシーシステムが、全社横断的なデータ活用を妨げている様子を克明に語る。同時に日本企業特有のカスタマイズが、システムの複雑化・ブラックボックス化を招いていると指摘。これが解消されなければ、DXの実現はおろか、2025年から先の5年間で年間最大12兆円の経済的損失が生まれかねないという。半面、もし解決できれば、2030年には実質130兆円のGDPの押し上げ効果が期待できるとも予測している。

このレポートについて古川氏は、「課題分析はよくできており、リアリティーのある内容だ」と評価する一方で、DXの定義にやや偏りがあると感じるという。DXには「イノベーション」と「最適化」という2つの重要な側面があるが、このレポートの定義では、「最適化」が触れられていないからだ。

前者は、誰しもがDXによって実現すると期待している姿だ。話題性も高く、華やかではあるがそこだけに注目しているようでは近視眼的であると言わざると得ない。後者の「最適化」、すなわち今あるモノやヒトのポテンシャルを最大化することもDXの重要な側面だ。華々しいイノベーションに比べて地味ではあるが、積み上げてきた多くのIT投資のROIを高めることは、経営改善にきわめて有効であり、全社的な影響力も大きい。

古川氏も、「イノベーションはいつ実現するか予見できません。これに対して既存のシステムやヒトといった資産のパフォーマンスを高めるのは、その方法論さえ確立できれば確実に大きな成果が得られます」と“両にらみ”を促す。イノベーションという明日の夢を全力で追い掛けながら、一方で既存の資産の価値も高めていくことがDXの本義であり、それが、継続的にイノベーションを起こす力のある企業体質を生み出す。

プロ人材としてのCIOを模索

DXの目指すところが決まれば、次はプロジェクトを主導する組織づくりとIT人材の育成がテーマになる。まず、そのリーダーシップを担う人材をどう育てるのか。わが国でも最近はCIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)を置く企業が増えているが、いまだに両者の明確な定義はないのが実情だ。もちろん後者はよりDXを意識してはいるものの、実際の職務としてすみ分けている例はまだまだ少ない。

この点について古川氏は、名称よりもCIO、CDOの認知拡大・地位確立に、より注力すべきだと主張する。「例えばCIOにしても、もっと評価されてよいと私は考えています。従来の日本企業のように、生え抜き社員からだと育成に非常に時間がかかるし、社内のキャリアパスとしても一定レベルの評価しかされません。このままではCIOが育つのは難しいと言わざるを得ません」と危惧する。

そもそも生え抜きでは経験の幅も限られる。今後は海外のCEOやCFOなどと同様、求めに応じてその任を負うプロ人材としてのCIO、CDOを古川氏はイメージする。

「例えば一口にCIOといっても、人によって得意分野は異なります。そうした人材のプールをつくり、自社に必要なスキルセットを持った人材を自社にCIOとして招く仕組みができれば、CIOの人材流動性が高まり、CIOのスキル充実、地位確立につながります」

ITリーダーの確保の一方で重要なのは、「ルールや手順の整理と見える化」だ。古川氏は現在、ユーザーの立場から見たITシステムの活用に必要な手順やルール、およびスキルの整理に取り組んでいる。その具体例の1つが、見積もり評価のスキル向上だ。

同社の情報システム部門も一般のユーザー企業と同様に、システムの開発などは外部に業務委託しているが、発注者として成果物をきちんと評価できるスキルがなければ、出来上がったシステムが自社の成長に貢献するものかどうかの判断もつかない。それでは到底、これからの時代に必要なシステムは整えられない。これに対して古川氏は次のように語る。

正確なジャッジができるようになるには、発注から評価までの手順やルールを標準化し、見える化することが不可欠です。それによって正確な見積もり評価ができるようになり、従来のような丸投げにはない、業務委託先との良い緊張関係をつくれるようになります。そのために、誰でも使える見積もりのチェックシートなどを作成しているところです」

データを集めるだけでは価値は生まれない

「DXレポート」が指摘する既存システムのブラックボックス化を回避する上で、有力な選択肢がクラウドだ。CIOや情報システム部門といった “人づくり・組織づくり” と双璧をなす、ITインフラについてはどう考えたらよいのだろう。古川氏は、「クラウドへの移行でデータの価値が向上すると考える人も少なくありませんが、移行しただけではツールが改良されて便利になったに過ぎません。繰り返しますが、大切なのは、そのデータで何をするかという戦略やビジョンです」とくぎを刺す。

データをただ集めてきただけでは何の価値も生まれない。これを体系化・整理して、価値を生み出す手順として古川氏は、DIKW(Data, Information, Knowledge, Wisdom)を挙げる。これはPMBOK(Project Management Body of Knowledge)で用いられる情報の分類手法で、

①データを収集する→
②集めたデータに定義・意味付けをして情報にする→
③情報をビジネスに照らし合わせて汎用的な知識にする→
④さらに実践的な場面での活用を経て知恵にする


といった4層のピラミッド構造から成っている。

「データを知識にするところまではIT部門でも可能ですが、知識を知恵にするところは、おそらくユーザー部門しかできません。いずれにしても、このようにデータを価値創造に結びつけるプロセスを実現できれば、レガシィだ、クラウドだという議論はそう重要ではなくなります」。

もう「日本」にこだわっている場合ではない

最後に古川氏は、これからのDXの実現には、やはりデジタル人材の育成が最大のテーマになると語る。しかも今後の社会でデジタル人材は、イノベーションだけに必要なのではなく、ありとあらゆるドメインで必要とされる。膨大な数のデジタル人材をどう育てるのか。

「今までは自社内で育てる、国内で育てるという発想が日本企業には根強くありました。しかし生え抜きである程度の年齢になった社員を教育しようとしても、身に着いた “日本企業的” な価値観が変わらなければ難しいですし、何よりも変化のスピードに追いつけない可能性があります。個人的には、いっそのことデジタルチームだけをアメリカの西海岸に移して、そこで仕事も採用も行うような思い切った発想転換も必要ではないかと考えています」

もちろんそうした人材育成の手法も含め、DX実現の解はそれぞれの企業によって異なってくる。

「グローバルで勝負しようとするなら、企業は、海外人材でも平気で使いこなせるスキルを習得しなくてはなりません。今までの日本企業の発想や習慣にとらわれることなく、さまざまな可能性に向けてチャレンジし続けていくべきです」と古川氏は語る。

お話をお伺いしたDataLover:古川 昌幸(ふるかわ まさゆき)さん

味の素株式会社 情報企画部長 兼
食品事業本部 生活者解析・事業創造部 シニアマネージャー


1986年野村コンピュータシステム(現・野村総合研究所)入社、情報システムのインフラのデザインに従事。1989年より大手証券会社の基幹系システムの構築に携わり、オープンシステム化のグランドデザインを担当。1993年IT系コンサルタントを経て、2003年には企画部長として全社の経営企画に携わる。2012年NRIシステムテクノ(味の素株式会社の情報子会社にNRIが出資し誕生)の常務取締役として情報子会社強化に取り組む。2016年味の素株式会社の情報企画部に出向しデジタル化を推進。2016年7月より現職。

 

(取材・TEXT:SEデザイン+木下真之  PHOTO:Inoue Syuhei  企画・構成・編集:野島光太郎)

 
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