年間1万人の女性が子宮頸がんに罹患し、そのうち3000人が死亡していることをご存知でしょうか?
この子宮頸がんのほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)と呼ばれるウイルスへの感染が原因であり、HPVワクチンの接種と定期的な検診により予防することができます。
しかし、このHPVワクチンの接種により、重篤な副反応が起こったとし、2013年に「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」が発足しました。
若い女性たちが車椅子に乗って苦痛を訴える様は衝撃的で多くの人の心を動かし、同年、厚生労働省により、「積極的な接種勧奨の差し控え」が発表され、摂取率は一気に低下。
特にこの時期に摂取対象となる年齢だった2001〜2003年生まれの女性では、摂取率が1%程度となっています。
一方で、重篤な症状とワクチン接種の因果関係はいまだに不明で、その後の調査でワクチン未接種の人でも副反応とされるものと同様の症状を見せることがわかってきています。
またHPVワクチンの副反応のリスクより遥かに予防の効果の方が高いことも追跡調査から明らかになっており、WHOや日本産科婦人科学会、日本小児科医会などから、接種推奨の要望や提言もなされています。
こうした中で、2020年10月、大阪大学の研究チームが行った報告によると、厚生労働省がHPVワクチンの積極的な接種勧奨を中止し、接種率が激減したことで、無料で受けられる定期接種の対象を過ぎた2000~2003年度生まれの女性において、避けられたはずの患者が計1万7千人、死者が計4千人発生すると予測されるそうです。
「HPVワクチンは副反応のリスクより子宮頸がんの予防の効果の方が高い」のように専門的な調査により研究者や専門家たちの間ではある程度合意がとられている「事実」があるにも関わらず、メディアやSNSから得たイメージが先行してしまうことで、その「事実」からズレていたとしても「世論」や「自分の気持ち」が信じるものが「真実」として認識されていく、という現象はさまざまな分野で確認されています。
なぜわたしたちは「科学的な証拠」より「みんなが選んだもの」や「自分が信じるもの」を選び取ってしまうのか。その謎に迫ったのが哲学者、リー・マッキンタイアによる『ポストトゥルース』(監訳:大橋完太郎)です。
今日の政治の場において事実や真実が危機に瀕している リー・マッキンタイア(監訳:大橋完太郎)『ポストトゥルース』 p.11
ポストトゥルースは客観的な事実よりも感情や個人的な信条によって表されたものの方が影響力を持ってしまう状況を指します。
ポストトゥルースに特に注目が集まったのは2016年、イギリスのEU離脱(ブレグジット)とアメリカ大統領選挙でのトランプ大統領の勝利が立て続けに起こったことがきっかけでした。
EUから離脱するとどんなデメリットがあるのかが議論されていたり、トランプ氏の発言の多くが主観的な意見に留まり、感情的に分断を深めるものだと広く知られたりしていたにもかかわらず、このような結果になったことは「ポストトゥルース」という言葉とともにあらゆるメディアやSNSで世界に拡散されたのです。
その衝撃が冷めやらぬ2017年の春に書かれたのがこの『ポストトゥルース』です。
著者のリー・マッキンタイア氏はボストン大学哲学・科学史センターにてリサーチフフェロー、ハーバードエクステンションスクールにて倫理学インストラクターを務める科学哲学を専門とする研究者です。
本書によると、「ポストトゥルース」という言葉はここ数年で一気に認知が広がったものですが、実際はその下地は長い歴史の中で培われ、近年のメディア環境の変化により花開いたといいます。
なぜポストトゥルースが生まれ、ここまで社会を動かすようになったのか。本書では、科学の否定とポストトゥルースの関係や、人間の認知バイアス、近代メディアやSNSの歴史、そしてポストモダンという思想から紐解いていきます。
ここでは、本書の中から事実を歪ませる「偽の等価性」と「人間の認知バイアス」について、簡単に紹介します。
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