データは、勘や思い付きではなく証拠(エビデンス)に基づいた判断を支えてくれるという点で大きな価値を持ちます。
──でも、その証拠を「否認」してしまったら?
失敗・負けを認めたくない心情や過去の記憶に基づいた思い込み、あるいは単なる思考停止など我々を「否認」に追い込む要因は数々存在します。「否認によって大失敗をしてしまった」「上司や同僚が現実を直視しないせいで困った」という経験がある方は少なくないはず。
本記事では、データドリブンを妨げる「否認」とは何か、そしてどうすれば「否認」に対抗できるのかを考えていきます。
「否認」とは、“目の前の現実を認めないこと”。
『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか』(日本経済新聞出版)において、著者・ハーバード・ビジネス・スクールの経営学教授リチャード・S・テドローは名だたる企業の失敗の原因には「否認:Denial」があったと指摘しています。その事例は、以下ように各年代にみられます(きっと今もどこかに当てはまる企業が存在するでしょう)。
・1950年代、アメリカで3番目に大きい企業であったA&Pは業界内での評価の衰退を「否認」し、2010年に倒産した
・1970年代、アメリカのタイヤ市場を席巻していた五大メーカーは、バイアスタイヤからラジアルタイヤへ主流が移るという市場の変化を「否認」し、1980年代の終盤には4社が倒産した
・ドットコムバブル下の1999年、最も多くの資金を集めたベンチャー企業ウェブバンは、そもそもの市場の小ささや技術的困難を「否認」し、2001年に倒産した
それぞれの事例を後から振り返ると、「どうしてこれほど明らかな現実が認められないのか」と呆れた気持ちが湧いてきます。しかし、どんなに優秀なビジネスマンも、理性的な人物も、「否認」に足元をすくわれる可能性は秘めています。なんと、心理学的な否認の基本概念を確立したジークムント・フロイト(1856-1939)ですら口腔がんと診断されて以降も葉巻を辞められなかったのですから。
自我を守る防衛メカニズムと深く結びついている否認は、想像以上に厄介なものです。また、否認はしばしば「変化」に対する恐れからも生じます。大企業がそれまでのやり方に固執し、破壊的イノベーションによって力を失うメカニズムにも否認は深く関係しているでしょう。
さて、どのようにして我々は否認に対抗すればよいのでしょうか?
まずは、自身や自社に否認が生じていないかどうか、3つのポイントで振り返って診断してみましょう。
一つ目のポイントは、「言葉遣い」です。例えば競争に負け市場撤退を余儀なくされたことを「戦略的撤退」のように見せかけのポジティブな言葉でごまかしたり、言い訳を付け加えたりはしていませんか? ライバル企業の話題を出さない、などそもそも存在を認めないのも否認の重大な兆候です。1970年代、ペプシに猛追を受けていた時代のコカ・コーラにおいて、「ペプシ」というワードは禁句のように扱われていたといいます。
二つ目のポイントは、「変化を否定する風潮」です。過去の成功体験に固執し、有能だったはずの経営者・組織が変化に対応できないケースは、特に大企業において数多く見られます。中小企業においても「イノベーターをバカにするような態度・言葉」には要注意。変化に冷笑的だったり過剰に批判的だったりするのは、問題を察していながら認められていない証拠です。
三つ目のポイントは、「見せかけの繁栄の誇示」です。“経営の神様”ピーター・ドラッカーに「全米で最も成功した企業の一つ」と称賛されながら2018年に倒産した米小売り大手のシアーズは、株式資本利益率(ROE)の低下やウォルマートといったディスカウントチェーンの出現による市場構造の変化といった不安要素があるなか、同社の繁栄の象徴として世界一(当時)の超高層ビル「シアーズ・タワー」の建設を開始しました。事業の本質と関係ない記念碑やレガシーを生み出すことに力が注がれ始めたら、それは目の前の問題から目をそらすためかもしれません。
──さて、あなた(貴社)に「否認」はありましたか?
もし見つかったらどのようにして それに対抗すればよいのでしょうか? また、否認を未然に防ぐにはどうすべきでしょうか?
否認への対処法として最も手っ取り早いのは「外部の人間を入れる」という方法です。官僚主義が蔓延しPC革命に乗り遅れたIBMは、1993年に外部からルー・ガースナーをCEOとして招き入れることで改革を成功させ見事な復活を遂げました。完全に交代しなくても、「外部の人間になったつもりで考えてみる」というのも有効です。インテルCEOのアンディ・グローブが勝ち目のないメモリ事業に見切りをつけ、マイクロプロセッサを主力とする判断を下せたのは、以下の質問を創業者ゴードン・アール・ムーアに問いかけたからでした。
「僕らがお払い箱になって、取締役会が新しいCEOを連れてきたら、そいつは何をするだろう?」
引用元:リチャード・S・テドロー (著), 土方 奈美 (翻訳)『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか (日経ビジネス人文庫) 文庫』日本経済新聞出版、2015、p287
否認に対抗するためのマインドセットとして大事なのが「恐れを忘れない」こと。前述のアンディ・グローブや製品ラインの整理によりIBMを成長させたトーマス・J・ワトソン・ジュニアはいずれも成功のエネルギー源として失敗への恐れをあげています。
精神面のほかに強い味方となってくれるのが「ルール」と「データ」。集団心理が働き「赤信号みんなで渡れば怖くない」式に否認に突き進んでしまうグループシンク(集団浅慮)には確固たるルールとデータに裏付けられた証拠があれば対抗できるはず。ただし、ルールやデータを盲信するのもまた否認の一種であり、常に「間違いはないか」と恐れを持つことが求められます。
データドリブン経営の落とし穴となりうる「否認」とその見極め方、対策方法についてご紹介してきました。否認は人間の心を守るための防衛メカニズムであり、トラウマやどうしようもない不幸から一時的に目をそらすためなど、個人にとっては必要な場合もあります。しかし、ビジネスにおいては百害あって一利なし。
自身や自社が「不都合から目をそらしているかも」という恐れを忘れず持ち続けましょう!
【参考資料】 ・リチャード・S・テドロー (著), 土方 奈美 (翻訳)『なぜリーダーは「失敗」を認められないのか (日経ビジネス人文庫) 文庫』日本経済新聞出版、2015 ・否認(ひにん)(e-ヘルスネット)┃厚生労働省 ・米食品スーパー大手A&P、破産法申請┃日本経済新聞 ・ウェブバン社はなぜ倒産したか┃WIRED ・真壁昭夫「「全米で最も成功した」流通大手シアーズはなぜ経営破綻したのか」┃Diamondonline ・グループ・シンクとは┃グロービス経営大学院
(宮田文机)
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