この10年、ヨーロッパを中心に大躍進をみせている政党があります。それが「海賊党」です。
海賊党はEUをはじめ、世界70ヶ国以上で政治活動を行なっています。2016年には、アイスランドで63議席中、10議席を得、2021年、10月には、チェコの総選挙で2つの野党連合の一翼を担う「海賊と市長」として与党から政権を奪取しました。
多数の国で政党として国政にも議席をもち、近年では、一部の国では、与党に肉薄するほどの支持を集める怪しげな名前を掲げた謎の政党。海賊党とはいったいどんな政党なのか、そして、彼らが支持される背景にはなにがあるのでしょうか?
2006年にスウェーデンで立ち上がり、ドイツで勢力を拡大した海賊党は、無断でコピーした書籍やCD、DVDなどを総称する「海賊版」にちなんで名付けられました。
当初の海賊党の主張は主に、インターネットの規制や知的財産権の独占化への反対表明でした。
海賊党のはじまりは2005年、スウェーデンでプログラマーであったリック・ファルクヴィンゲが逮捕されたことにあります。ファルクヴィンゲンにかけれた嫌疑は彼が開発したファイル共有ソフトが著作権法に抵触している、というもの。この逮捕を不当逮捕としてファルクヴィンゲはインターネット上で当局に反論し、彼に賛同する支持者とともに、著作権法の改定やファイル共有ソフトの合法化に乗り出したのです。
ファルクヴィンゲの主張にはインターネットは文化の伝播を促進させる場である、という思想があります。そして、厳しい著作権法やファイル共有ソフトへの規制はそうした文化の伝播を阻害する、というのです。
この活動をきっかけに2006年1月に海賊党が発足。
発足当初から大きく話題を呼びましたが、その後、2010年に行われたスウェーデンで国政選挙では注目に反し、得票数はわずか1%、議席を得ることはできませんでした。
海賊党がEU全体に広がる運動のきっかけとなったのが、ドイツでの大躍進でした。
書籍『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義(浜本隆志 著)』によると、スウェーデン海賊党の理念を引き継ぎ、インターネットにおける規制に反対し、「自由に民主的に運営された技術インフラ」を基盤に人々が自由にデジタル社会に関与できるようにすることを目指しているというドイツ海賊党。具体的には、以下のような項目などを挙げているということです。
1.個人情報の保護
2.国家の透明性
3.オープンアクセス
4.個人のコピー権
5.特許権の制限
6.インフラの整備
ドイツ海賊党はこうした理念に基づく政治思想や政治体制を液体民主主義と呼んでいます。
民主主義のデジタルトランスメーション(DX)に取り組む企業「Liquitous Inc.」は、液体民主主義の特徴を以下のようにまとめています。
オンライン上のプラットフォーム(アプリケーション)を利用するガバナンス・システムである
- 物理的(時間・空間)な制約を必要としない
- 意思決定のプロセスの全貌が明らかにされている
- 意思決定に関わる人々が可視化される
- 意思決定そのものの流れが可視化され・保存される(≒レビューが容易になる)
間接(制)民主主義と直接民主主義を融合させたガバナンス・システムである
- ガバナンス・システムへ参画することができる対象が、従来のガバナンスシステムよりも開かれている
- 代表者のみならず、その組織体における構成員が一人ひとり意思決定のプロセスに直接参画する
- 意思決定に参画することができる範囲を構成員の周縁に存在する(本来は構成員ではない)人々まで拡張することが可能になる
意思決定に直接関わる際に、自分自身の意見表明や投票を他人に「委任」することができる
デジタルテクノロジーを活用し、直接民主主義と間接民主主義を組み合わせて政策を決めていく、というこの「液体民主主義」という革新的なキーワードや実際に会合などで市民と対話を続ける草の根活動で、若者の支持を集め、2011年、ベルリン市の地方選挙で大きく躍進し、国内外から注目を集めました。
そして、このドイツでの大躍進をきっかけに、海賊党の活動はEUをはじめとするさまざまな国に広がりを見せています。
日本においては2012年10月に、日本海賊党が、東京都選挙管理委員会に政治団体の設立を申請し、受理されました。そのほかにも日本海ぞく党などの名前で、都道府県選挙管理委員会に政治団体設立届けを提出し、公式団体を名乗る団体が、国内に多数乱立していたということですが、東京港区に本部を置く一党を中心に活動が行われています。
しかし、支援者数はヨーロッパの規模と比較すると非常に少なく、実際に選挙などで目にすることもありません。
一方で日本国内では2021年6月に映画やドラマの映像を結末を含め編集で10分程度にまとめて動画配信プラットフォームに投稿する「ファスト映画」の運営者が初めて逮捕され、大きな話題となっています。このようなファストコンテンツは映画だけに留まらず書籍や漫画などにも派生しています。
一方で、2017年にドイツ海賊党のメンバーであるジュリア・レダ議員が「オンライン上の著作権侵害がコンテンツの売上を変えるということを支持する証拠はない」という報告書の存在を指摘しています。これは、欧州委員会が2014年に、ドイツのコンサルティング企業に海賊版の影響について調査するよう依頼したもので、2015年5月にはこの報告書の結果を受けていたものの、欧州委員会はこの結果を「発表しない」という選択をしていたということです。
もし本当にコピーの流布がもともとのコンテンツの価値を毀損しないとしたら、現状の著作権法や知的財産権の有り様を根底から揺るがすことになりえます。
わたしたちにとって当たり前のものとして受け入れられている著作権法や特許による保護を根底から疑う、という海賊党の有り様は、それが正しいにせよ、正しくないにせよ、これからのデジタル社会を考える上で非常に重要な視点の一つといえます。
海賊党の思想や液体民主主義について、より詳しく知りたいという方は、書籍『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』を読んでみるのがおすすめです。
【参考引用書籍・サイト】 ・海賊党 ・チェコ総選挙、野党が過半数 ポピュリズム与党、下野濃厚:時事ドットコム ・アイスランドで「海賊党」が躍進した理由(と彼らの目指す世界) ・ドイツ海賊党 - Wikipedia ・液体民主主義とは何か – Liquitous Inc. Official Site ・「オンライン海賊版はコンテンツ売上にネガティブな影響を与えない」という報告書が存在するが欧州委員会は発表せず放置 ・「ファスト映画」投稿者が初の逮捕、著作権法違反の疑いで ・ファスト映画だけでは終わらないファスト問題 ・濱本隆志『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』
(大藤ヨシヲ)
メルマガ登録をしていただくと、記事やイベントなどの最新情報をお届けいたします。
30秒で理解!インフォグラフィックや動画で解説!フォローして『1日1記事』インプットしよう!