「未来に進む=デジタル化すること」、あなたはそう思い込んでいませんか?
DXやデータドリブンの重要性が叫ばれるなか、コンピューティングやテクノロジーを人類が発展させた先で重要なのは、むしろデジタルの対義語である「アナログ」かもしれません。
「どういうこと?」とはてなマークが頭に浮かんだ方にご紹介したいのが『アナロジア AIの次に来るもの』(ジョージ・ダイソン (著), 服部 桂 (翻訳, 読み手), 橋本 大也 (翻訳) 早川書房、2023)という書籍です。
本記事では同書の内容をご紹介し、その主題や、読むことで得られる知見について掘り下げます!
『アナロジア AIの先にあるもの』(以下、『アナロジア』)は非常に不思議な本です。この本は科学史のようであり、歴史書のようであり、論文のようであり、自伝のように感じる部分もあります。
その著者は、科学史家のジョージ・ダイソン氏(1953-)。世界的物理学者フリーマン・ダイソン氏と、数学者ヴェレーナ・ヒューバー・ダイソン氏の息子であり、姉は投資家・ITジャーナリストのエスター・ダイソン氏という生粋の科学一家の生まれであり、『アナロジア』「第3章 爬虫類の時代」や「第4章 イルカの声」などでは、家族のエピソードも文中に盛り込まれています。
しかし、『アナロジア』「第1章 一七四一年」はそのタイトル通り、ベーリング・チリコフ探検隊によるアラスカ探検の時代からはじまります。そして「第2章 最後のアパッチ族」が取り扱うのは、米政府による先住民制圧という歴史と、そこで用いられたテクノロジーについて。
このゾーンにおいて、書籍は歴史書めいた様相を呈しますが、それは著者であるジョージ氏が定義する「自然・人間・マシンの絡み合う4つの時代区分」を過去から現代、未来まで進む構成で本書が構成されているため、当然といえば当然です。その4つの時代区分は、以下の通り。
第一の時代:工業化以前の時代
第二の時代:工業の時代
第三の時代:デジタル論理の時代
第四の時代:自然とマシンがお互い歩み寄る時代
現在われわれは「第三の時代」に位置し、ChatGPTやニューラルネットワークの進化により、第四の時代の兆しが見えはじめてきている状況にあります。
そして、「第四の時代」において重要な主題として「アナログ」を取り上げるのが、『アナロジア』(ラテン語で「アナログ」の意)の論点なのです。
みなさんは、「アナログコンピュータ」という概念をご存じでしょうか?
現在我々がイメージするコンピュータのほとんどは「デジタルコンピュータ」であり、0と1の2進数で情報を離散的に処理します。それに対し「アナログコンピュータ」は数値を連続的、かつすべて同時に扱います。
そのイメージをわかりやすく伝えるために『アナロジア』で用いられているのが「道の真ん中を見つける方法」のたとえ。これには、「メジャーを使って道幅を計測し、それを1/2にする方法」と「道幅ぴったりのひもを用意しそれを半分に折り曲げる方法」があり、前者がデジタル、後者がアナログにあたります。
デジタルな方法は結果を共有・複製しやすく現在の世の中において支配的ですが、厳密に実態を反映可能なのはアナログな方法です。また、計測スピードやそれにかかる労力もアナログなやり方にアドバンテージがある場合があります。そしてアナログは人間の脳のように曖昧さやエラー、ランダム性、無限の桁数を許容し、予期せぬひらめきを出力するかもしれません。
実際のアナログコンピュータは電圧などを計算対象に対応させる、といった方法で計算を行います。にわかにアナログコンピュータへの注目は高まっており、たとえば米マイクロソフトは2023年6月27日に光子と電子を利用するアナログコンピュータ「AIM (Analog Iterative Machine:アナログ反復マシン)」のプロジェクトを発表しました。
デジタルの先にアナログが存在し、機械と自然は融合する──。
奇抜な理論に思えるかもしれませんが、たとえば“コンピューター技術とバイオテクノロジーの融合”を標榜する第五次産業革命のひとつに自然を模倣するバイオミメティクスがあり、アナログ・コンピュータは生物の脳神経を模倣する意味でまさにバイオミメティクスの一種とも考えられます。
また、1970年時点で情報化社会の到来を予測した「SINIC理論」で、予測しうる社会の到達点として命名された「自然社会」は、理性以外の存在が人間を駆動し、「原始社会」に循環的に戻ったとも言える社会です。
また、『アナロジア』内でも指摘されている通り、デジタルコンピュータを用いていてもそれらを活用する人間のネットワーク・社会は、人間が駆動することでアナログコンピュータの様相を呈しています。
『アナロジア』の内容は書籍外の事象や、アナログコンピュータである我々人類の脳や社会の働きに目を向けると、より理解しやすくなるでしょう。
歴史、科学の両面にわたる広範な知識とリサーチを注いで執筆された 『アナロジア AIの次に来るもの』について書評してまいりました。ジョージ・ダイソン氏は本書を自身の最後の書籍のつもりで書き上げたと語っています。
この記事で紹介した理論の骨子だけでなく、16歳で家出して森林のツリーハウスで暮らすことにした著者の体験に基づいたエピソードや、人間と機械の関係に関する洞察を文章として摂取できるのが『アナロジア』の読書体験の意義です。AIやコンピューティングのみならず、歴史や哲学に興味がある方もぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
【参考資料】 ・ジョージ ダイソン (著), 服部 桂 (翻訳, 読み手), 橋本 大也 (翻訳) 『アナロジア AIの次に来るもの Kindle版』早川書房、2023 ・【ChatGPTの次はアナログ社会が来る】科学史家ジョージ・ダイソン氏の不思議なポストAIの予言/AIが自然のように成長する/人類の運命とは/難解で不思議な『アナロジア』を刊行した意義┃PIVOT公式チャンネル ・【ChatGPTのペット化】世界的科学史家のジョージ・ダイソン氏/AIは野生化し、アナログの時代が始まる/ChatGPTの出現の希望と課題とは【後編】┃PIVOT公式チャンネル ・0と1では解けない問題がある――アナログコンピューターが再び注目を集める理由とは┃fabcross エンジニア ・2021年式アナログ・コンピューター、Anabrid「The Analog Thing」がデビュー…… 小型で安価、しかし本格的なアナログコンピュータ┃ICON ・著者ジョージ・ダイソンが語る『アナロジア AIの次に来るもの』の裏側(服部桂)┃Hayakawa Books & Magazines(β) ・MSが70年前のコンピュータ技術に力を入れる理由┃キーマンズネット ・アナログ回路の活用により本物の脳を再現する「ブレインモルフィックAI」とは┃business leaders square wisdom
(宮田文机)
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