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「香り×テクノロジー」でライフスタイルを新たに創造する「コードミー」

         

人間の視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の「五感」のうち、嗅覚の重要性はあまり知られていない。人間以外の動物にとっての嗅覚は、食べ物を見つけたり、子孫を増やすために相手を探したり、危険を察知したりするとても重要なセンサーだ。それに比べると人間は、情報の大半を視覚と聴覚から得ており、嗅覚を生かしきれていないのかもしれない。近年、研究の進展により「香り」が持つ可能性に注目が集まっており、未知の領域はその扉が開いたところだ。
「香り×テクノロジー」で事業を行うコードミー創業者でCEOの太田賢司氏に、香りの可能性を伺った。

“香り”の扉を開きテクノロジーとの化学反応を引き起こす

株式会社コードミーの代表で「フレグランスイノベーター」として活動する太田賢司氏は、北海道大学大学院理学研究科で「有機化学」を専攻。就職活動の際に、フレグランス業界に興味を持ち、2006年に国内最大手の香料会社に就職、フレグランスのマーケティング・官能評価に携わる専門研究職・エバリュエーター*1としてのキャリアを中心に10年間活動したバックグラウンドを持つ。
*1 製品の「香り」をつくる際に、世界観や方向性などを立案し、パヒューマーと共に香りを開発する専門職。

「香りは生活にとても身近な存在にもかかわらず、例えばよく知られている洗剤や消臭芳香剤の香りが、いったいどのようにしてつくられているのか、ほとんど公には知られていません。ただ、フレグランス業界で実際に働いてみて感じたことは、業界が良くも悪くも職人気質で成り立っているということでした」

⼈間の「五感」のうち、嗅覚は数値化・可視化がとても難しい領域だ。目が捉える色や耳が捉える音は、一定の数値化ができ、感じ取ったものを客観的なデータに置き換えることが可能だが、香りには定量化できる指標がなく、「捉えどころ」がない。

「香料業界にはエバリュエーターやパヒューマーといったスペシャリストがいて、世の中のさまざまな香りを2,000種類以上もある香料素材の組み合わせで創香する仕事をしています。自分の記憶にひも付けながら香料素材を駆使して魅力的なアコード(香りの調和)を生み出すようになるまで、最短でも10年はかかるといわれ、職人の感性や経験に頼る部分が大きい世界です」

業界での体験を経て太田氏は、熟練したプロが素晴らしい仕事をして社会のニーズに応えていく姿に共感を覚え、そこに大きな社会的意義も感じたが、香りを生み出すプロセスが属人的で、出来上がった製品自体もマーケットに対して一方的提案するプッシュ型である点など、既存の業界が「閉じていて見えにくい」「イノベーションが起こりにくい」と映った。

「香りの世界をもっとオープンにして、新しいテクノロジーと組み合わせて化学反応を起こし、香りに関するマーケットを活性化させたい、という衝動に駆られたんです」と、コードミーを立ち上げた思いを語る。

コードミー創業は2017年。「香り×テクノロジー」で「新しい香り社会を描く」ことをミッションに掲げて、前例のないチャレンジを始めた。

目指すは香りの「パーソナライズ化」

太田氏は同社ミッションの意義について、次のように説明する。

「一般的に香りの業界がマーケットから求められているのは、100人中80人が好きな香りです。それに対して私たちが目指すのは、香りの『パーソナライズ化』。個々人に向けて製品・サービスを最適化するパーソナライゼーションは、逆らえない世の中の潮流です。私は、それを香りに対しても実現したいと考えています。本来は、人間の記憶・感情に直接訴えかける香りこそ、パーソナライズがマッチする領域のはずです」

当取材は新型コロナウイルスの感染拡大リスクを考慮し、屋外でソーシャルディスタンスを保った上で行なった。

太田氏が「香り×テクノロジー」によって解決を試みる社会課題の一つ、それが現代人の精神的なストレスだ。ストレス発散の手段にはさまざまなものがあるが、「最適化されたアロマによって健康的にストレスを軽減する」ことに意義を見い出し、2019年6月にCODE Meee ONE(コードミーワン)をローンチした。これは、日本IBMとの連携で自社開発した最適な香りの提案アルゴリズムに基づき、「自分だけのアロマ」を調合できるサブスクリプションサービスだ。

「自分だけのアロマ」のつくり方は簡単だ。専用のWebページからメールアドレスなどで会員登録し、5つの設問(性別・生年月日・最も意識するストレス課題・理想のイメージ・好きな香り)に答えるのみ。数分程度で自分のために調合された香りが処方される。

さらに詳しいパーソナルデータを作成するためのオプション機能としてTwitter連携も実装されている。直近200件分の投稿データ中に使われている単語から、ユーザー本人も気付かないインサイトが、AIの分析によってあぶり出される。

「調合の組み合わせは3,000通り以上あります。作成されたアロマの詳細は『マイアロマリスト』からいつでも確認が可能で、どのような課題に対してどのようなアロマが処方されているのかも知ることができます」と説明し、処方されたアロマ(スプレー式の8mlボトル入り)は、1カ月ごとに配送される月額1,800円の定期配送の他、単品購入も可能だ。

「主にビジネスでの利用を想定しています。例えば勝負プレゼンの直前、デスクでのひと休みなど、香りの効果を得たいタイミングで使うイメージです。現在CODE Meee ONEはスプレー式のアロマとして提供していますが、今後はアロマディフューザーや入浴剤といった製品への展開も検討しています。さらに現在の新型コロナウイルス流行下のマスク着用に向け、適量をスプレーするだけで上質な香りがマスクを包み込む『マスク専用プレミアムアロマスプレー』の販売も開始しました」

香りの最適化データを市場に展開

CODE Meee ONEはBtoC向けの製品だが、同社はBtoBも視野に入れて準備を進めている。それが「企業向けデータビジネスへの拡大」であり、「香りの情報化プラットフォームの構築」だ。

「CODE Meee ONEの強みは、なんといってもリアルタイムで反応が分かる点であり、セグメントに基づいて香りをつくれる点です。例えば『仕事盛りの30代男性がリラックスできる香り』『20代女性のテンションを毎朝上げることができる香り』といったものも、データの蓄積・分析によって明らかになります」

BtoBの展開はすでに一部の企業とのコラボレーションによって始まっている。東急不動産ホールディングス渋谷新本社では、会議室ごとに「活発なブレストを行う部屋」「ボードメンバーが意思決定を行う部屋」などの機能を持たせ、パフォーマンスを高める香りを個別に用意して効果を検証しているという。また、あるコワーキングスペースでは、集中して作業を行いたい時に利用するブースに機能の異なる3種類の香りを提供しているという。

東急不動産ホールディングス 渋谷新本社「渋谷ソラスタ」では一部の会議室にはそれぞれの会議の目的に応じた香りのアロマを活用し、生産性の向上を図り、併せて、香りと脳波の相関性に関する研究で蓄積したバイタルデータをもとに、科学的エビデンスをさらに強化した機能性アロマを活用している。

また、将来的には医療や介護の分野にも、香りがもたらす価値を提供したいとして、自社研究拠点「コードミーLab」を設置した。同施設では、CODE Meee ONEで取得したデータなどを基に「脳波と香りの相関性」の研究も進む。また、医療、介護施設への展開を見据え、江戸川病院での臨床研究を開始している。太田氏は「データドリブンな仕組みで、香りとマーケットの関係を今よりさらに“双方向”にしていきたい」と展望を語る。

香りは「データサイエンスだけでは説明できない」

「データサイエンス」に基づいた香りの世界を追求する一方で、太田氏は「香りには、データサイエンスだけでは説明できないものがある」と語る。

「私はコードミーの事業を『ソリューション・フレグランス』と『ブランディング・フレグランス』に切り分けて考えています。前者はCODE Meee ONEを中心にしたBtoC事業と、そこから得たデータを基に今後展開を本格化していくBtoB向けデータビジネスです。これらは、データ分析で導いた香りによって、ユーザーのパフォーマンスを最大化する試みです。しかし香りには、どうしても理屈だけでは説明がつかない領域があります。それが後者のブランディング・フレグランスだと位置付けています」

ここに、香りの奥深さを知る太田氏の思いを見ることができる。

「小さな男の子が自宅にある押し入れから、亡くなったお母さんの着ていたセーターを取り出し、そのにおいを嗅ぎ、寂しくなったときに元気をもらっている——。これは10年ほど前に見たドキュメンタリー番組のワンシーンですが、香りの可能性について深く考えさせられた映像であり、私がこの会社を創業した思いにも大きな影響を及ぼしています。お母さんとの思い出というライフログを香りで永久に保存できたら…。データ×香りで事業を推進する一方、こうした香りが持つ定量化できない部分を大切にしたいと考えています」

テレビ神奈川(tvk)の音楽情報バラエティ番組「関内デビル」では、番組に対するイメージをツイッターで募集し、その投稿内容から集約感情の解析にもとづいた『関内デビルの香り』を創作した。出演者、視聴者が文字通り創った『関内デビルの香り』により、番組の空気、世界観をリアルに鼻で感じることができる。

太田氏はこうした「エモい香り」の象徴としてこんな例を挙げる。

「例えば、宇多田ヒカルさんのヒット曲『First Love』の歌詞にある『タバコのflavor』を再現できたらと考えています。これをライブの演出として観客に感じてもらう。そんな体験が提供できたら面白いですよね」

嗅覚(香り)をはじめとした五感×テクノロジーの挑戦は、データを足掛かりにしながら、やがて個々人のエモーショナルな部分にまで触れる時が来るのかもしれません。

お話をお伺いしたDataLovers:株式会社コードミー代表 太田 賢司(おおた けんじ)さん

フレグランスイノベーター。北海道大学大学院理学研究科を卒業後、国内最大手の香料会社にてフレグランスの開発に10年携わる。フレグランスのマーケティング・官能評価に携わる専門研究職であるエバリュエーターとして、豊富な香りの開発経験を有する。香り&テクノロジーの力で「新しい香り社会を描く」ことをミッションに掲げ、2017年に株式会社コードミーを創業。個人や企業に最適な香りを提供する事業に加え、音楽アーティストとのコラボレーションも展開している。経営学修士(MBA)、理学修士。

 

(取材・TEXT:JBPRESS+田口/稲垣/安田    企画・編集:野島光太郎)

 
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