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AI(Artificial Intelligence)といえば、将棋や囲碁の名人との対戦や、応対型ロボットなど、今最も話題になっているテクノロジーの1つです。一方で、「AIが人間の仕事を奪う」などの議論もあり、その動向に注目が集まっています。ビジネスの現場では、私たちはどのような形でAIと向き合っていけばいいのか。楽天株式会社の執行役員であり、楽天技術研究所 代表を務める森 正弥さんに、AI時代にビジネスパーソンができることについて伺いました。

お話をお伺いしたDataLover:森 正弥(モリ マサヤ)

楽天株式会社執行役員楽天技術研究所 代表/公益社団法人企業情報化協会(IT協会)常任幹事
1998年、アクセンチュア株式会社入社。2006年、楽天株式会社入社。現在、同社 執行役員 兼 楽天技術研究所代表として世界の各拠点のマネジメントおよびAI・データサイエンティスト戦略に従事。情報処理学会アドバイザリーボードメンバー。 日本データベース学会 理事、日経ITイノベーターズ エグゼクティブメンバー、企業情報化協会 常任幹事、過去に経済産業省 技術開発プロジェクト評価委員、次世代高度IT人材モデルキャリア検討委員、CIO育成委員会委員等を歴任。さまざまな組織・団体の顧問実績も多数。2013年日経BP社 IT Pro にて、「世界を元気にする100人」に、日経産業新聞にて「40人の異才」に選出。

著書に「クラウド大全」(日経BP社、共著) 
「ウェブ大変化 パワーシフトの始まり」(近代セールス社)

顧客が何を求めているのかわからない時代

はじめに、「ビジネスになぜAIが必要なのか?」から考えてみましょう。楽天市場のビジネスである「小売」を例に挙げると、インターネットが発達した現在は、顧客が見えにくくなった時代といえます。従来の小売ビジネスは、顧客がリアルな店舗に出向き、在庫されているものから選んで買うという仕組みでした。そのため、商品の販売実績データを見ていけば、売れ筋を予測することができます。しかし、インターネットの登場でロングテールの時代になると、数カ月や数年に1回しか売れないようなニッチな商品の販売データが増えていきます。結果として90%以上の顧客がロングテールの「尻尾」の部分にいることになり、店側は、顧客が何を求めているかわからない、という状況に陥ります。

インターネットは、顧客の知識にも変化をもたらしています。例えば家電量販店でカメラを買おうと思った人が店員と話すと、特定のメーカーの機種についてはインターネットやSNSで集中的に情報収集をしている自分のほうが詳しいと感じることがあります。不特定多数の顧客と相対するための社員教育だけでは特定分野に対応しきれないため、AIを活用することが不可欠になっていきます。つまり、膨大な情報をAIによって抽出し、個々の顧客に合わせた価値を提供しなければ、生き残っていくことはできません。

AIを使う?使わない?は昔の話。
我々はすでにAIの便益を享受している。

一方、すでに私たちは知らないうちにAIを使っています。SalesforceやOffice 365など、ビジネスパーソンが日常的に使っている数々のクラウドサービスの裏側ではAIが動いていて、働き方に大きな影響を及ぼしています。文書作成、顧客とのコミュニケーション、情報管理など多くの部分でクラウド化が進み、AIを使う、使わない、の議論は昔の話で、必然性と合理性を持って身近で既に使われている、意識することなくAIからさまざまなメリットを享受しているわけです。

このように、遅かれ早かれAIを使うなら、意識して使ったほうがよく、大事なのはデータをきちんと蓄積していくことです。AIはある程度蓄積したデータに対して、人間の勘や経験では導き出せない重要なヒントを与えてくれます。例えば、楽天技術研究所と楽天市場では、従来マーケターが人力で行っている女性ファッションのトレンド予測をAIで分析しました。商品情報、検索動向、人気、トレンドなどの条件を与えて、顧客が潜在的に求めているものをカテゴライズしたところ、「Cool&Sexy」「Sweet Feminine」といったファッションのジャンルが32パターン抽出されました。ジャンルのいくつかはその時点で市場に存在しておらず、AIが顧客の潜在意識の中で生まれつつあるものを分析してはじき出したのです。分析結果に基づいて新たなカテゴリーを設けてキャンペーンを展開したところ、従来に比べ、売り上げが伸び、AIが出した結果の正しさが実証されました。

楽天市場におけるAIのビジネス活用例
オリジナルの新ジャンルはAIが作り、その後、人手でもAIの提案を元に改変が行われている

ここで重要なのは、仮説を立てる段階ではAIに任せたほうが正確ということです。人間はその仮説を検証する役割に徹することで、膨大なデータから新たな価値を生み出すことが可能になります。楽天ではさらに、AIが抽出したパターンの最適化までAIで実行しようとしています。32のパターンなら人力でも検証は可能ですが、何百、何千パターンにもなったら対応できません。そこで、現在のトレンドで /  このタイプの顧客に対して / このパターンというように、AIが動的に抽出するような調整を行いながら、個々の顧客にとってベストなものを導き出す基盤を作っていきます。

人間の仕事は、クリエイティブな領域へと特化する

ここで、「AIは人間の仕事を奪うのか?」について考えてみましょう。昨年、マッキンゼー社が出した調査レポートでは、AIによって作業の自動化が進んでも、仕事がなくなるのではなく、労働者とテクノロジーの役割分担が進むといっています。つまり、AIで効率化できた時間を使って、人間本来の能力を活かす仕事により集中できるようになります

AIがどれだけ進化しても、既存の枠組みを超えてまったく新しいものを創り出すことはありません。囲碁などのゲームで人間に勝つことはできても、囲碁の概念を超えた面白いゲームを考え出すことはできないのです。そこで今まで忙殺されていたルーチンワークをAIに代行させ、人間は「こんなビジネスがあったら面白い」といった企画立案や創造的な業務に特化していくと考えています。

プライベートな雑談でユニークなアイデアが出ることはあっても、これまでは試すことなく立ち消えになってしまいがちでした。しかしAIがあれば、思い付いたらすぐにシミュレートできます。実践していいかどうかの判断をデータで確認できるため、無謀と思えるアイデアでもどんどん試してみて、失敗もできます。このようにAIは人間の仕事を奪うものではなく、可能性を広げてくれる存在として捉えたほうがいいと思います。

子供のころは誰もが、自由にアイデアを出して遊んでいます。しかし大人になるとルーチンワークに労力を費やすことを求められ、クリエイティブな部分は置き去りにしがちです。AIによって生産性の低い仕事を手放すことができれば、子供のころのような柔軟な頭脳と思考能力を取り戻せるようになります。好きなこと、趣味の領域を仕事にまで拡張することができれば、仕事が楽しくなり、仕事に対する考え方も変わっていくはずです。

未来では、人が提供するサービスが一番の贅沢になる。

データが蓄積されて、細やかなサービスもAIで実現可能になった後、人間は何をするかというと2つ考えられ、その1つは接客です。人間の中に「他人とコミュニケーションを取りたい」という本質的な欲望がある限り、人間による接客は必要とされ、しかも贅沢なサービスとして残る可能性は大いにあります。

もう1つは、いろいろな枠組みを考えることです。フランスの哲学者のサルトルは「人間は自由の刑に処されている」という言葉を残しています。例えば、「はさみ」は「はさみ」という目的を持って存在しますし、ペンも机も同じです。しかし人間だけは、存在する目的を自分自身で考えなければなりません。目的を考え続けるのは大変なことで、AIの登場によって「人間はイノベーションを生み出すという新たな刑に処されている」と考えることもできるかもしれません。

人間にはAIのトレーナーとなる重要な役割がある。

AIを活用するうえで注意すべきことは、モジュール型の発想をやめることです。一般的なシステムはコンポーネント(部品)で構成され、インプットした情報に対して一定の精度で答えを出すように設計されています。一方、常に学習し続けるAIは、一定の精度で答えを出し続けるわけではありません。学習を重ねながら動的に強化を続ける一方で、学習のやり方を誤ると急激にパフォーマンスが落ちることもあります。AIの性能は、ポケモン(ポケットモンスター)が進化するように、劇的に変化するものと考える必要があります。

AIを使いこなすためには、どのようなデータを与えるかが重要です。渡し方を間違えると精度が低下したり機能しなくなったりするため、人間はAIに対するトレーナーの役割を果たす必要があります。AIの成長を踏まえたうえで全体設計やプロジェクト設計をしなければ、十分にパフォーマンスを引き出すことができません。AIは、大きなポテンシャルを秘めた優秀なアシスタント、部下とも捉えることができるかもしれません。

また、AIが本質的に抱えるブラックボックスを理解した上で、活かすという考え方も重要です。特に代表的な手法であるディープラーニングは、開発したエンジニアでさえAIの思考ステップやメカニズムを把握していません。この部分を許容してこそ、AIで高いパフォーマンスを出すことができます。例えば、人間が勘と経験で分析すると100%の精度が出るところ、ディープラーニングを使うと60%の精度になるとします。この場合、「100%の精度が出ないから使う意味がない」と捉えるか、「扱う品目や担当者に関わらず、誰がやっても60%の精度が得られるのなら使うべき」と捉えるかでは大きく違います。AIを活用するには、後者の発想を持ち、人との置き換えでなく、新しい領域に行くためのエンジンとして捉えることが不可欠です。

マネジメントやデータ分析の領域では、かつて米国の国防長官を務めたマクナマラが、データだけを唯一の判断基準としたことがベトナム戦争の失策につながったという「マクナマラの過信」が知られています。このような過信をさけるために、AIにどういったデータを、どれだけ食べさせるか?を慎重に考え、機械学習の「オーバーフィッティング(過学習)」を回避していく努力は常に必要です。

また、AIの限界として破滅予測ができないことも頭に入れておく必要があります。破滅予測とは、枠組みそのものが壊れることを予測するもので、例えばリーマンショックの到来や、トランプ大統領の当選による影響を予測することです。与えられたデータからしか判断ができないAIにとって枠組みそのものが壊れることを予測するのは不可能であり、AIを使う側の人間もそれを理解して過剰な期待を抱かないことも大切です。

AIの活用においては、現実との誤差を小さくする方向への最適化が重要となります。AIはデータ自体が正しいかを判断することはできませんし、AIにとって枠組みそのものが壊れることも予測できません。
そのため、AIに渡すデータが本当に適切かどうかを意識する視点が重要で、それができるのは人間だけです。AIによって仕事がなくなるかもと悲観する必要はなく、人間にはAIのトレーナーとなる重要な役割があると言えるでしょう。

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