「デジタルかアナログか」ではなく 価値ある顧客体験をどう実現するか、「今」必要な視点 「お月玉」というDXはなぜ成功できたのか? | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
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「デジタルかアナログか」ではなく 価値ある顧客体験をどう実現するか、「今」必要な視点 「お月玉」というDXはなぜ成功できたのか?

         

24歳でベンチャー企業を創業。エンジニアとして開発したデータ連携ツール「DataSpider」で一世を風靡した実績を持つ一方で、現在は企業経営に関わる者として、大手クレジット会社クレディセゾンの常務執行役員 CTOを務める小野和俊氏。企業経営とエンジニアの視点を持ち、DXに対しても積極的に発言を続ける小野氏に、withコロナのDXと、私たちが目指すべき方向や考え方を伺った。

Covid-19を機にデジタルがMust haveと気付いた人が増えている

現在、最も注目を集めているテーマの一つは、「いかにコロナ禍以降の世界でビジネスを継続させ、なおかつDXによって次の成長につなげていくか」だろう。その問いに小野氏は「目の前のコロナ禍だけに目を奪われるのではなく、ITそのものの大きな変化に注目すべき」と示唆する。かつてITといえば、社内業務の効率化に使われることがほとんどだった。それがこの6~7年の間に、事業競争力を決定付ける極めて重要な情報活用・戦略ツールへと、認識が変わってきた。

「そうした変化の中、今回のコロナ禍を契機に、これまでITをNice to have(あったら良いけれど必須ではないもの)と捉えていた人たちが、Must have(なくてはならないもの)へと、一気に認識を改めたということはあると思います」

例えば販売業なら、スマホのアプリを導入すれば顧客体験が大きく向上すると分かっていても、対面でも十分売れるし手間をかけて変えるまでもない「Nice to have」の状態が続いてきた。それがコロナ禍で、対面で会ったり話したりする機会が限られるようになった。そうなればデジタルを駆使して業務を行うよりなく、「デジタルがMust haveである」と人々が否応なく認識するようになったと小野氏は指摘する。

「きっかけはともかく使いこなせるようになれば、ITを使う方が効率もいいし便利だと多くの人が気付きました。今後は、これからどこへ向かうのかをきちんと考えていくことが大切です」

「デジタルかアナログか」ではない、価値ある顧客体験をどう実現するか

例えばリモートワーク。社内の会議や個人同士の打ち合わせはもちろん、最近は採用面接のような、従来は対面で行うのが当たり前とされてきた領域までもが、オンラインで行えることを私たちは知った。こうしたワークスタイルやコミュニケーションの変化に伴って、ビジネスモデルや業務のフレームワークも変わっていかなくてはならない。この先、どのような視点や発想の転換が必要なのだろうか。小野氏はこう指摘する。

「DXで最も避けなくてはならない勘違いは、デジタルこそ最強であり、それ以外は古くて価値がないと思ってしまうことです。デジタルにこだわりすぎると、それがかえってDXの足かせになりかねません」

一昨年、小野氏は、中国でアリババが経営する食品スーパー「盒馬鮮生|フーマーフレッシュ」を訪れた。アリババのスーパーと聞くと、店内にデジタル機器やセンサーが配置されたクールな近未来型の店舗を想像する人もいるだろう。だが小野氏の目に飛び込んできたのは、店内に置かれた大きな生け簀だった。

「そこにはQRコードタグの付いた魚やカニやエビがいて、お客さんは手づかみでつかまえてそのままQRコードで精算します。このデジタル/アナログの融合が非常に新鮮でしたし、同時にとても面白い顧客体験を提供できていると感じました」

客は泳ぎ回るカニやエビを自分で品定めし、手づかみでとらえて動く感触や水の冷たさを通して、新鮮な海産物を買う楽しさや喜びを味わう。決済は煩わしさがなく、心躍る体験を妨げない。そうした「アナログの楽しさと、デジタルの便利さを組み合わせた顧客体験」がこの店の大きな魅力になっている、と小野氏は分析する。

「この例でも分かるように、アナログにはリアルのものだけが持っている迫力や力があります。だからアナログを否定するのではなく、むしろデジタルは、その価値を顧客に届けるツールの一つに過ぎないと考えています。お客様にとって価値ある体験を実現するには、それらのツールをどう組み合わせるか。そのバランスに重点を置くべきです」

デジ/アナ混合によるDXの成功例「お月玉」キャンペーンの本質とは?

まさにそうした「価値ある顧客体験」を実現したデジタル/アナログ混合の好例が、クレディセゾンの「セゾンのお月玉」だ。これはセゾンカードとUCカードの利用者を対象に、利用金額に応じて抽選券をプレゼント。毎月抽選で1万名に現金1万円が当たるというキャンペーンだ。「毎月もらえるお年玉」だから「お月玉」というわけだ。

注目すべきは、この「お月玉」が、小野氏の考えるデジタル/アナログの絶妙なバランスの上に成立している「価値ある顧客体験」であり、BtoCにおけるDXの典型的な成功事例であるという点だ。一般にDXというと、見たこともないテクノロジーやアイデアを想像しがちだ。ところがこの「お月玉」で顧客が体験するのは、誰しもが知る昔ながらの福引きという分かりやすさ、当たるかどうかというワクワク感、そして現金がもらえるうれしさ……、どれもベタなほどのアナログ感である。

だが、それを運営側の視点で見れば、クレディセゾンの2,700万人の会員を相手に、毎月1万人の当選者を出す大規模なキャンペーンであり、それをドライブするために最先端のテクノロジーを駆使しているのは言うまでもない。さらにそこから上がってくる膨大な顧客データを、自社の情報資産として蓄積・分析・活用する。こうしてアナログなアイデアを最先端のデジタルで実装し、顧客の楽しさやうれしさ=「価値ある顧客体験」として毎月のペースで提供していく。これこそ、デジタルを用いて新しい価値を生み出すDXそのものと言えるのではないだろうか。

「お月玉の当選者の反応を、Twitterなどを通じてリサーチしていますが、そこから好評をいただいていることが見て取れます。日常生活で現金1万円が当たったという経験をした人は意外と少ない上に、現金1万円を特別な現金書留封筒で送る演出がウケて、それがSNSの投稿につながっているのだと思います」

もしこれが「当選者は、その月のカード請求額から1万円割り引きます」となっていたら、ここまで当選者の感情を動かすことはできなかっただろう、と小野氏は分析している。ピカピカの1万円札が、存在感のある封筒に入って送られてくるという「ナマの体験」が感情を動かした。だれしもが知っている「福引」「お年玉」という心躍る体験を、デジタルで演出したところに特徴がある。

 

 

クレディセゾンに入社するまではBtoBの世界で活躍してきた小野氏だが、初めてBtoCビジネスを手掛けるに当たって、同社のこれまでのイノベーションの歴史をかなり熱心に勉強した。その結果、非常に明快でシンプルな着想から生まれているイノベーションが多いことに気付いたという。

「そのスタンスでみんなが喜ぶことを、デジタルを活用して実行したらどうなるかを突き詰めた結果が、お月玉でした」

スピードを重視しエンジニアを社外から募集、会社と異なるカルチャーの調整が成功のカギ

DXを成功させる上で必須ともいえるのがスピード感だ。「お月玉」も例に漏れずかなりのスピード感で立ち上げられた。小野氏がクレディセゾンに入社したのが2019年の3月で、「お月玉」のスタートか同年9月だったから、わずか半年だ。自身がエンジニアとして最前線で活躍してきた小野氏ならではだが、ハードルもあったと振り返る。

「プロジェクトに着手しようとした時、社内にシステム開発のできるエンジニアは僕1人しかいなかったんです。そこで、個人ブログで腕ききのエンジニアを募集して、集まってくれた8人でチームをつくりました。でも、エンジニアと大企業のそれも金融の堅いカルチャーとは、なかなかなじみませんでした」

小野氏はそれを、エンジニアリングマネージャーとして会社とチームの間に入り、意見の相違や問題を一つ一つ解消していったという。

「でも僕は長年にわたって、エンジニアリングマネージャーとして技術者の取りまとめに携わっていたので、特に大変とも思いませんでした。相手の立場に立ってそれぞれの意見を聞き、その上で自分が触媒の役を果たすように振る舞っていけば、ほとんどの職場の考え方の違いは解決できると思っています」 

DXに王道はなく、自社に合った方法の模索が重要、既成の手法を取り入れようとした段階で思考停止する

小野氏は、DXに取り組む企業やビジネスパーソンに、withコロナ時代を乗り越えるヒントとしてこうアドバイスする。「よくあるマニュアル的なものや方法論にあえて乗らないこと」。一口にDXといっても、自社の業種や業態、会社のステージによってやるべきことは違ってくる。その解決方法を自ら探し求めることこそが重要であり、既成の方法を取り入れようとした時点で思考停止に陥ると小野氏は指摘する。

「大切なのは、ハウツーから脱却すること。外に答えを求めるのではなく、今自分は何をすべきかを素朴に考え突き詰めていくことが、いろんな意味で近道ではないかと思います」

小野氏は今、また新たなプロジェクトを急ピッチで進めていると明かす。

「僕たちはデジタルイノベーション事業部という名前の通り、スピード感をもって次々にインパクトのあるものをリリースしていくのが重要なミッションです。まだ詳しいことはお話しできませんが、今年の年末までに一気に5つくらい新しいプロジェクトをリリースしていく予定です」

「お月玉」に負けない体験を顧客に届けるべく、チーム全員で奮闘中という小野氏。クレディセゾンの次の「価値ある顧客体験」に期待が集まる。

お話をお伺いしたDataLovers:小野 和俊(おの かずとし)さん

株式会社 クレディセゾン 常務執行役員CTO デジタルイノベーション事業部 管掌(兼)デジタルイノベーション事業部長(兼)テクノロジーセンター長

1976年生まれ。1999年慶應義塾大学環境情報学部卒業後、サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。米国 Sun Microsystems, Incでの開発などを経て2000年に株式会社アプレッソを起業、データ連携ミドルウェア DataSpiderを開発する。同ウェアでSOFTICより年間最優秀ソフトウェア賞を受賞。2007年~2010年日経ソフトウェア巻頭連載「小野和俊のプログラマ独立独歩」執筆。2008年~2011年九州大学大学院「高度ICTリーダーシップ特論」非常勤講師。2013年にセゾン情報システムズHULFT事業CTO、2014年他事業部も含めたCTO、2015年取締役CTO、2016年 常務取締役 CTOを務め、2019年に株式会社クレディセゾンへ入社。取締役 CTOなどを経て、2020年6月18日より現職。


 

近著「その仕事、全部やめてみよう 1%の本質をつかむ『シンプルな考え方』」(ダイヤモンド社刊)では、具体的なエピソードを交えながら、仕事の無駄を排除し、生産性を劇的にあげるための「仕事の進め方・考え方」を解説・紹介している。

 

 

(取材・TEXT:JBPRESS+田口/稲垣/工藤 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)

 
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