トップランナー2人が語り合う、 データ・AI時代の意思決定と人材育成 | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
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トップランナー2人が語り合う、 データ・AI時代の意思決定と人材育成

企業にとってDXの推進が常識となる中、ビジネスの現場でAIやデータを活用しようとする企業が増えている。本特集では三井住友海上 CMO 木田 浩理氏とELYZA CMO 野口 竜司氏の対談からデータ・AI時代の「管理職の在り方」と「意思決定と人材育成」の勘所を探る。

         

三井住友海上火災保険(三井住友海上)経営企画部部長CMOの木田 浩理氏と、ELYZA(イライザ)取締役CMOの野口 竜司氏。対談の前半では、データ・AI時代における管理職のあり方が議論された。後半では、そこでの意思決定や人材育成の要諦が語られた。

(写真左)株式会社ELYZA 取締役CMO 野口 竜司氏
(写真右)三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部 部長 CMO CXマーケティングチーム長 木田 浩理氏

ビジネスモデルが大きく変化する中、人材をどのように育てるか

木田:『アフターデジタル』(日経BP)などの著書のある藤井保文さんは、「UXグロースモデル」を提唱しています。従来のように認知・注意から始まって購入までもっていく収益モデルが通じなくなっており、これからは無料・廉価版のジャーニーから有料版のジャーニーにつなげていくといったように、顧客をビジネスのバリューチェーンに沿って育てていくべきという考え方です。

UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論」(2021,p42,図表1-13)藤井保文(著),小城崇(著),佐藤駿(著)を元にデータのじかんで作成

この「UXグロースモデル」の概念が分かっていない管理者は、「それでいくら儲かるの?」と短期的な利益を求めがちです。現在このように、本来伸びるはずだったビジネスモデルをつぶしてしまう不幸が、日本各地で起きているのではないかと危惧しています。

野口:新しいビジネスモデルの解像度がなかなか高まらないため、現存の事業のビジネスモデルでメジャーリング(計測)してしまうのでしょう。ユーザー数や売り上げを伸ばしている新興のビジネスモデルを分析し、自社との関連性を具体的に示すことも大切です。

木田:最先端に触れることが重要。野口さんはこの春からイライザに移られましたが、ELYZAの自然言語処理系のAIはすごいですね。例えば、文章要約AI「ELYZA DIGEST」は、文中のキーワードを抽出するだけではなく、文章の意味を理解し、要点を絞ってなめらかな文章に要約してくれます。私は今まで、このような技術を見たことがなかったので衝撃を受けました。

野口:少し技術的な話になりますが、ELYZAのAIは、これまでの自然言語処理の常識だった積み上げ型の処理を完全にしのぐものです。形態素解析して、係り受け分析をして、その後の解釈は人間が行ったり、ルールベースで集計したりするような旧来型のアプローチでなく、とにかく膨大な文章を大量に事前学習させておくことで、書く・読む・話すことができるベースとなる国語力を備えさせるというものです。

2022年4月に東京大学松尾研発AI企業の株式会社ELYZA取締役CMOに就任した野口氏は大規模言語AIの社会実装を通じたホワイトカラー業務のDX推進に誠意的に取り組んでいる。

例えば、キーワードを複数入れることで、自動でニュース記事などを生成することもできます。また、ビジネスの現場であれば、顧客から問い合わせメールが届いた場合に、その要点をダイジェストでまとめたり、自動で回答するといったことも可能になります。

さらに、「この顧客は何に不満を感じているか」といったことまで教えてくれます。面白いのは、そこで「不満」といったキーワードにだけ頼って抽出しているのではなく、不満というのはどういう状態なのかを学んでいることです。直接的に不満というワードがなかったとしても、前後の文脈から読み取り、「不満な点は何か?」「改善してほしいことは何か?」などを抽出することができるのです。

木田:当社のコールセンターでも活用できそうです。そのように技術が日進月歩で進化している中では、「3年前にリスキリングの研修を受けたから」といっても、通じなくなります。マーケティングの手法についても、プロダクト・サービス型のマーケティングから、UXグロースへと変わっていきます。アップデートし続けていかないと、あっという間に陳腐化してしまいます。

野口:そこで注意すべきは、知識のアップデートが必要だからと、何でも自前でそろえようとしないことです。「車輪の再発明」と言われることもありますが、すでにGoogleやAmazonなどが汎用的なAIサービスとして提供しているような技術を、一から自前で作ろうとするのは効率的な行為とは言えません。「この部分は、外部のAPIを使うけれども、ここはコアの部分だから中でつくり切ろう」といった采配が必要です。少し大袈裟になるかもしれませんが、「作るか、使うか」の采配はAI投資戦略の重要な分岐点となり得るということです。

ただし、これは管理職もしくは役員クラスの方しかジャッジできないことです。経営戦略の根幹に関わってきますから。

木田:ビジネスの采配という意味では、意思決定の在り方を変える必要がありますね。

野口:これからの時代、企業のかじ取りで難しいのは、結構な回数のピボット(事業転換)をアジャイル(短期間での見直しや改善)にやっていかないと、次の瞬間に正解でなくなる可能性があることです。

中期経営計画などにもとづいて、数年後はこうであろうと予測し、ロードマップを組んだり、設計図を描いたりするのはいいのですが、最低でも2年に一度くらいはチェックしないと危険です。

ELYZAは、キーワードを数個入力するだけで日本語のタイトルや文章を自動生成する文章執筆AI「ELYZA Pencil」を2022年3月に一般公開。さらに4月からは、ELYZAが保有する大規模言語AIを活用し、マイナビが運営する各種メディアの原稿自動生成に関する実証実験を開始した。これにより原稿作成作業の大幅な短縮が期待される。

データ・AI時代ならではの組織の在り方、人材育成が求められる

木田:それほど技術の進歩が速いということを、トップもミドルも認識しなければならないですね。逆に、現場にいる人たちがそういった情報をどんどん上げられる組織にしなければなりません。

三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部 部長 CMO CXマーケティングチーム長 木田 浩理氏

改めて、野中郁次郎先生の「SECI(セキ)モデル」が重要だと思います。個人が蓄積した暗黙知をいかに組織の形式知にさせるかがリーダーの采配にかかってきます。

SECIモデルは野中郁次郎氏らが提唱した組織的知識創造のためのプロセス。共同化 (Socialization)/表出化 (Externalization)/連結化(Combination)/内面化 (Internalization) の4つに分類しそれらの機能や知識創造における相互作用について体系化したモデル。「SECI」は4つのプロセスのそれぞれの頭文字。

野口:確かにそうです。これまでも、データの蓄積や共有のスキームが非常に重要なテーマとして語られてきましたが、今後はさらにそれをAIの力でオートメーション化していく世界になるでしょう。ホワイトカラーの業務も大きく変わると思います。

木田:最近、多くの大学でデータサイエンスを学ぶ学部や学科ができています。分析の手法を学んだ人たちが増えるに越したことはないのですが、それだけで世の中の課題の解決ができるわけではありません。現場を巻き込む力や、現場のデマンド(需要)やニーズを知る力も大切です。この観点からも、「ビジネストランスレーター」をさらに増やしていかなければいけないと思っています。

野口:大学だけでなく、企業でもこの1年、「DX推進部」といった部署が増えています。私は「DX MGR club (DX マネージャークラブ)」という、企業のDX責任者を集めたコミュニティーを主宰していますが、現在、会員は150人もいます。DX関連のマネージャーがこの1年でそれだけ増えたということです。非常によい傾向です。この方々が成果を出すことによってDX関連部署の人員が増えたり、社内の横断プロジェクトにリソースが割かれるようになります。その好循環を日本でつくっていってほしいと思います。

株式会社ELYZA 取締役CMO 野口 竜司氏

木田:野口さんがまさにSECIモデルを回しているのですね。各企業で暗黙知になっているマネジメントの手法や成功事例などを持ち寄ってみんなで形式知にしているのは、意義深いと思います。

野口:さらに参加している皆さんの企業同士でアライアンスなども進むといいなと思っています。

ところで、木田さんはゼロからデータサイエンスのチームをつくって、これだけ成果を出されています。データサイエンティストからCMOへキャリアチェンジされているのも注目すべき点だと思います。マーケティングとAIの関わり方については、どう捉えていますか。

木田:私は今、当社のあらゆるカスタマージャーニーをゼロからつくっています。顧客とのあらゆる接点において、CXを向上させるのがメインテーマです。どの広告を打てば顧客の気持ちが上がるのか下がるのか、クリエイティブを最適なタイミングで当てるのは、非常に難しいところです。そこで私は今、どのクリエイティブのパターンがどれぐらい効果に結びつくかをAIで真剣に効果測定したいと思っています。重回帰分析(1つの目的変数を複数の説明変数で分析する手法)のような手法だけではできないので、様々なデータ分析の手法を試行錯誤しているところです。

野口:アップリフトモデル(施策の効果を推定するためのモデル)という手法もあります。どんな人に何をやると施策効果がリフトするのかを予測するものです。私は「青信号」「黄信号」「赤信号」と呼んでいますが、何をやっても(何もしなくても)購入してくれる「青信号」の層にマーケティング予算を投じるのは無駄になります。逆に「赤信号」の人は何をやっても買ってくれない。「黄信号」のユーザーを捉えるのが最も重要です。何も施策を投じなければ購入しないが、何か施策を打つと購入してくれるようになる可能性の高い「黄信号」の人々をAIで推論するのです。この「黄信号」の人に対してマーケティング投資をすることで、無駄がなくなりますのでROIは必然的に高まることになるでしょう。

この「青信号」「黄信号」「赤信号」の推論は、これまで購入や行動ログ、その他デモグラデータなどの構造データでのみ行われてきましたが、今後は自然言語データを追加で取り入れることでより精度向上することが考えられます。会話データなど含め、様々なデータを統合して、購入意向度をAIで予測し、予兆を把握することで顧客体験をうまくリードしてあげることができるようになると思います。

木田:購入意向という点では、保険は永遠の課題があります。保険は、CMを見たからすぐさま購入したいと思うものではありません。態度変容を起こしにくいのです。その人のライフスタイルが変わったタイミングやニーズをうまく捉えて複合的にミックスしていかないと気持ちを変えられません。

イメージ的な広告だと、直接商品につながらないので、社内でも売り上げに影響がないと判断されてしまいます。ではどうするかといったところは、どのクリエイティブが効くか実験を繰り返しているところです。

最終的には、UXグロースモデルの中で、うまく保険商品と関連する体験をつなげていくというように切り替えていきたいと考えています。その中にAIをどう入れるかは難しいところです。当社の場合、代理店による販売が主なので、代理店も含めたモデルの検討が必要となります。その点はダイレクト保険とは違うところです。

野口:さまざまなデータから態度変容を予測することが大事になってきますね。先ほども触れましたが、顧客との会話などの自然言語を分析したり、AIに学習させることも、課題解決に向けて大きなテーマになりそうですね。

木田:顧客からの問い合わせの内容などについても、迅速に要約して活用するといった仕組みができるといいと思っています。

その点で、ELYZAの技術に注目しています。ある人が発している言葉の内容を分析して、微妙な感情の変化を捉えることもできることでしょう。不満なのか満足しているのか、時系列ではどうなのか。さらには、個別の顧客だけでなく、全体の総量といったように、ミクロ、マクロで両面を見ることもできると思います。ぜひ一緒に、PoC(概念実証)などからやっていきましょう。

野口氏/木田氏と三井住友海上のマーケティングチームのメンバー、各々がデータサイエンスに加えてそれぞれの専門領域に強みを持つ。

野口:ぜひお願いします。木田さんの取り組みはまさに、ビッグデータをもとにシックデータ(Thick data:人間の感情など定量化できない“厚い”データ)を生み出す過程と言えます。それらをすでに結合する道筋を立てているというのは素晴らしいことだと思います。

 

株式会社ELYZA 取締役CMO
野口 竜司 (のぐち・りゅうじ)氏

日本ディープラーニング協会 人材育成委員メンバー。ZホールディングスのZOZOでさまざまなAIプロジェクトを推進するかたわら、大企業やスタートアップのAI顧問・アドバイザーやAI人材育成も実施。2022年4月より現職。「ビジネスパーソンの総AI人材化」をめざし活動中。著書に「文系AI人材になる」(東洋経済新報社、2019)など。

三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部 部長 CMO CXマーケティングチーム長
木田 浩理(きだ・ひろまさ)氏

慶應義塾大学総合政策学部卒業/同大学院政策・メディア研究科修了。NTT東日本・SPSS/日本IBM・アマゾンジャパン・百貨店・通販企業等を経て2018年に三井住友海上にデータサイエンティストとして入社。2021年10月より現職。一般社団法人データサイエンティスト協会 理事(2021年度)、一般社団法人金融データ活用推進協会 理事も務める。さまざまな業界で営業・マーケティング・データ分析を経験。顧客視点に基づいたCRMやマーケティング分析、データを用いた新規ビジネス開発が専門。著書に「データ分析人材になる。めざすはビジネストランスレーター」(日経BP社、2020)

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:落合直哉  企画・編集:野島光太郎)

 

 
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