この実証実験では、茶園に設置したIoTセンサーからインターネット経由で、気象環境・生体情報データを取得する。IoT通信プラットフォームには株式会社ソラコムの「SORACOM」、収集されたデータの可視化にはウイングアーク1st株式会社のBIツール「MotionBoard」が使用されている。将来的には、このデータの収集・解析に基づき、高品質玉露生産者のための遮光技術等の好適な栽培管理モデルの構築を目指すという。
「八女伝統本玉露は、自然の樹姿を生かした自然仕立て。さらに玉露の旨味を決める遮光には藁を使い、茶葉を傷つけないよう畑全体を覆って行きます。手摘みは葉の形の良さを残すよう、ひとつずつ丁寧に収穫していきます。
しかし全て同じ工程を踏んでも茶園によって味のバラツキがあり、品評会での価格も8,000円〜110,000円/kgとかなりの差があります。なぜ、茶園同士が同じエリアでもこのような現象が起きているのか、これまではハッキリとわかりませんでした。そのため今回の導入では、各茶園の土壌水分の割合(個体・液体・気体)や、気温・湿度を随時、また茶葉の成長具合を一日二回撮影しその違いを検証しました。
「はい。高級茶を作る茶園、いわば匠の職人がいる茶園では遮光率が教本と比べてぐっと高かったんです。教本には最初の遮光は80~90%の割合で行い、生育状況によって段階的にあげていくと書いているのですが、匠は90~99%台で遮光していたんですね。また藁で覆うタイミングも、基本よりすこし早めだったりといろいろなことが分かってきました」
「はい。別の事例だと、各茶園の敷地内に機械を設置したところ、5mしか離れていない2ヶ所の茶園で片方は夜間の平均気温が2℃高かった。なぜだろうと検証すると1ヶ所は家のそばに茶園があり、家本体が温かいからその周りだけ生育状況が速かったという事実が分かりました。このデータ結果を受けて、その茶園では低い気温のところには側幕を早めに使うなどで、温度調整を試みています」
「恐らくデータがなくても、これらはいつか気が付くかもしれないですが、それにはかなりの時間を要します。生産者の平均年齢が65歳という現実を考えるとその気づきを待つ時間はもうありません。引退前に短期間で、効率よく匠の技を可視化する。もちろんデータでは拾いきれない技術も存在するでしょうが、ファクトと感覚の両軸を回していくことで若手の新規参入もしやすくなるのではないかと思っています」
「八女にはいなかったですね。お茶の世界は狭くて、さらには八女の世界も狭い。それぞれがいいお茶を作りたいという競争意識はあるかもしれませんが、足を引っ張る人はいない。それよりみんなでお茶の品質向上に努めて、最終的には若い後継者を育てていこうという機運が八女にはありますね。データの利用方法を伝えると、どうぞ使ってくださいと快く回答していただき、自分だけの情報に留めたいという方はいませんでした」
写真中央/角重分場長に向かって左は主任技師の井上梨絵さん。右は本プロジェクトのシステム開発を行なった株式会社システムフォレスト栃原敏克さん。この3名が主となりIoT導入の開発を進めた。
「データで見せるのは説得力があります。バイアスがかからないからですね。そして普及員等指導者もバックボーンとしてエビデンスを持つことができるので非常にいいです。技術の底上げを測るために口伝ではなくて可視化して後世に残していく、あるいは今の人でもそれをお手本にして自分の栽培を改善してもらう。そうすることで、最終的には若手で玉露を初めたいけれど初められない人たちのハードルを下げて、八女でも直面している生産の伸び悩み、生産者の高齢化に対応できればと考えています」
60代の職人でも見やすい画面設計、スマホ対応であること。湿度、気温、土壌水分、芽の色のスケールなどの蓄積データの見せ方までこだわった。
「実際に駆動してバグが見えてくるものもあり、生産者の声をひとつひとつ拾い上げて現在でもアップデートは続けています」と語る栃原さん。
「来年3月までにデータを取り終えた後は情報をまとめて何らかの形で公開予定です。令和3年度にはお茶の指導を担当している普及センターや、JAふくおか八女の茶担当の方々にもパソコンからアクセスできるようにと計画しているところです」
「そこは考えていますね。玉露自体は何もしなければ衰退する産業です。どこまで伸びるかはわかりませんが、リタイヤする人と新規参入する人とちょうど折り合いがつけられればと考えていますので、新規参入者のハードルはなるべく下げておきたいですね」
「このデータは大切な基礎情報になり得ると思います。今は観測するだけ、見るだけですが、得られた情報をきっかけに、茶園の病害虫対策や摘採適期を通知する仕組みづくりが将来できれば現状維持から増加の方に転じるものになると予測していますので、引き続き茶園の問題に向き合っていけたらと思います」
玉露のトップブランドをひた走る八女。しかしまだ品質のバラツキや煎茶と比較すると生産量は圧倒的に少ない。しかしIoTの導入は、一筋の光として設置から1年たたずして効果を出し始めている。「地元特産品」と聞くと、どうしても従来の方法で継続したほうが美味しいのではないだろうか、とも考えがちだが、自分たちの状態を感覚ではなく現実値として知ることで、無駄な作業に時間を使うよりも品質向上の施策に知恵と時間を使うことの方が、味は格段にレベルアップするに違いない。お茶は、その国の文化でもある。福岡の特産品としても日本の五感を牽引し得る存在としても、今後の八女には期待が高まるばかりである。
お話をお伺いしたDataLover:
福岡県農林業総合試験場 八女分場
分場長 角重和浩(かどしげ・かずひろ)さん
広島大学卒業後に、現在の試験場に勤務。病害虫や土壌肥料の技師を務めた後に研究員として土壌中における農薬の動態解析や重金属等有害化学物質の浄化技術に関する研究を進めた。現在は分場長として八女茶の生産性向上における研究開発の管理業務をおこなっている。
(取材・テキスト・写真:フルカワカイ 動画:門岡香名実 企画・構成:野島光太郎)
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