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2015年7月、中国国務院が世界の経済地図を塗り替える可能性を秘めた一つの産業政策を発表しました。「中国製造2025」(Made in China 2025)──これは、一衣帯水の隣国、日本にも良くも悪くも大きな影響を及ぼしています。
本年、2025年は「中国製造2025」のマイルストーンに当たる年であり、その振り返りや見直しのタイミングでもあります。中国製造2025とは何で、約10年でどのような影響を及ぼしたのか、これから日本や世界にどんな影響を与えるのか──。
信頼できるソースとデータをもとに詳しく掘り下げていきましょう。
「中国製造2025」を理解するうえで理解しておくべきキーワードとしては以下のようなものが挙げられます。
・量から質への転換
・「製造」から「創造」への転換
・中国ブランドの確立
・技術自給の推進
・グリーン製造
その背景には「世界の変化」と「中国の変化」の両方が影響しています。ドイツの「インダストリー4.0」が発表されたのが2011年、日本の「Connected Industries」が発表されたのが2017年と、2010年代は世界的にIT技術やAI/MLと融合しての製造業の革新の必要性が叫ばれており、それに向けた計画が次々に打ち出されていました。また、米中の経済対立が激化するなか「技術自立」の必要性が意識されていたということも背景にあるでしょう。
また、改革開放以降「世界の工場」として、世界の製造業の‟規模”の拡大に大きな役割を果たしてきた中国ですが、技術革新力や製品のブランド力、生産効率やイノベーション力において他の先進国に後れを取っているという認識がありました。これまでの製造「大」国としての同国の強みは人口ボーナスの終焉や賃金上昇を背景に失われることが予想され、高付加価値産業への構造転換が不可欠と考えられたのです。
そこで、まずは2025年までに世界の製造「強」国の仲間入りをするという戦略目標を掲げ、宣言されたのが「中国製造2025」でした。
それでは、中国製造2025の具体的な内容を『「中国製造2025」の発布に関する国務院の通知の全訳』(国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター)をもとに見ていきましょう。
中国製造2025の考え方のベースとなる基本方針は、以下の5つで構成されています。
基本方針 | 簡単にいうと |
① イノベーション主導 | 技術開発力を高め、外国技術への依存から脱却することを目指す。 |
② 品質優先 | 製造業を「速さ」や「量」ではなく「品質」で勝負する産業へ転換する。 |
③ グリーン発展 | 環境への配慮を重視し、省エネ・低炭素・資源循環型の製造業を目指す。 |
④ 構造最適化 | 製造業全体のバランスを見直し、生産型製造からサービス型製造への転換を進める。 |
⑤ 人材基盤の強化 | 製造業における高度人材の育成に注力し、技能・技術を備え、産業振興やイノベーションを達成できる専門家や技術者を増やす。 |
これに加え、「政府が誘導しつつ、市場の自立を担保する」「長期的視野の維持」「全体を見ながらの重点化」「自主発展と国際協力の両立」などが基本原則として掲げられました。
そして、それらを踏まえて設定されたのが、「2020 年・2025 年製造業主要指標」「9つの戦略目標」「10つの重点分野(9の戦略目標の6番目「重点分野における飛躍的発展の実現」に含まれる)」「8つの支援・保証方針」などの具体的な内容です。
① 国家の製造イノベーション能力の向上
② 情報化と産業化のさらなる融合
③ 産業の基礎能力の強化
④ 品質・ブランド力の強化
⑤ グリーン製造の全面的推進
⑥ 重点分野における飛躍的発展の実現
⑦ 製造業の構造統制のさらなる推進
⑧ サービス型製造と生産者型サービス業の発展促進
⑨ 製造業の国際化発展レベルの向上
① 次世代情報通信技術
② 先端デジタル制御工作機械とロボット
③ 航空・宇宙設備
④ 海洋建設機械・ハイテク船舶
⑤ 先進軌道交通設備
⑥ 省エネ・新エネルギー自動車
⑦ 電力設備
⑧ 農薬用機械設備
⑨ 新材料
⑩ バイオ医薬・高性能医療器械
① 体制・メカニズムの改革の深化
② 公平競争の行われる市場環境の整備
③ 金融支援政策の整備
④ 税務・税収政策による支援の強化
⑤ 多様な人材育成体系の構築
⑥ 中小・零細企業向けの政策の整備
⑦ 製造業の対外開放のさらなる拡大
⑧ 組織・実施メカニズムの整備
そして、「中国製造2025」は建国100周年にあたる2049年までの製造強国化計画の第1ステップでしかありません。それでは、2025年現在、「中国製造2025」はどのような結果に落ち着き、今後どのような展開が予想されるのでしょうか。また、日本にはどのような影響が及ぶのでしょうか。
「中国製造2025」の目標は達成されたのか──?
その答えは、「完ぺきではないものの多くの分野で達成された」というのが妥当なところでしょう。その結果は、前述の「2025 年製造業主要指標」のうち、下記のような数値が達成された、あるいは目標値に近づいていることにも示されています。
項目 | 目標値(2025年) | 達成値 |
一定規模以上製造業企業(国有企業または売上 500 万元以上の企業)の研究開発経費内部支出の主要業務収入に占める割合(%) | 1.68 | 1.71(2023年) |
製造業品質競争力指数 | 85.5 | 85.6(2024年) |
ブロードバンド普及率(%) | 82 | 115.9(2024年) |
デジタル化研究開発設計ツール普及率 | 84 | 82(2024年) |
参考:中国製造2025、ハイテク目標の大半達成 米制裁もバネに┃日本経済新聞、
我国制造业产品质量合格率稳中有升┃中華人民共和国中央人民政府、近万家中小企业数字化改造 工业互联网实现工业大类全覆盖┃中華人民共和国中央人民政府、2024年通信业统计公报解读:通信业高质量发展再上新台阶┃中華人民共和国中央人民政府
このような状況で日本企業は中国企業との競争激化という影響にさらされることになりました。たとえば、中国における乗用車販売台数メーカー国別シェアは、中国系メーカーが2015年→2023年で40%前後→56.0%へ躍進、一方、日本は2020年に20%前後に到達したのをピークに、2023年には14.4%へと割合を落としています。また、日本が強みを誇ってきた産業用ロボットの分野においても、中国メーカーの生産台数は2015年→2021年で3万3,000台→36.6万台と10倍に急拡大しています。
また、間接的な影響としてより重要なのが米中関係の変化に伴うサプライチェーンの変化です。2015年→2024年で米国の輸入総額に占める中国の割合は20%台→12.7%に低下しており、双方がASEANやインドなど新興パートナーとの関係強化を進めています。また、中国は産業用ロボットなどサプライチェーンの自前化を進めており、半導体など苦戦する分野もあるものの、その状況は日本と同様ともいえます。
今後、中国製造2025は「2035 年までに、中国の製造業を全体として世界の製造強国の中等レベルへと到達させる(※)」という新たなステップに突入します。そんななかで日本企業や政府はすでに製造強国の仲間入りという目標をおおむね達成した中国に対し、どのように差別化を図り、ブランド力を保ちながらその成長を機会へと転換し、一方で競争しながら一方で協力する複雑な関係性をハンドリングできるかが問われることになります。
※引用元:
中国:「中国製造2025」の発布に関する国務院の通知の全訳┃国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター、6ページ
2015年から2025年までの10年間で、コロナ禍や戦争など多くの予想外の出来事が起こりました。そんな中でも各国のグランドマップは着実に実行されており、その成果や影響について評価することは企業経営やビジネスの戦略を考える上で重要であり続けます。ぜひ本記事を、これからも中国と切っても切り離せない関係にある日本、そして世界の10年、20年を考える端緒としてみてください。
(宮田文机)
・中国:「中国製造2025」の発布に関する国務院の通知の全訳┃国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター
・中国製造2025、ハイテク目標の大半達成 米制裁もバネに┃日本経済新聞
・中国の製造業強化策は成功するか~「新しい質の生産力」の評価~┃日本総研
・中国、2023年の自動車販売台数は初の3,000万台超えも、内需に弱さ┃JETRO
・我国稳居全球第一大工业机器人市场┃中華人民共和国中央人民政府
・米中関係から見る貿易構造の変化(米国、中国、世界)┃JETRO ・経済安全保障により拡大する技術移転規制 ― 重要となる対象の選別と企業のルール形成参画 ―┃日本総研 ・我国制造业产品质量合格率稳中有升┃中華人民共和国中央人民政府 ・近万家中小企业数字化改造 工业互联网实现工业大类全覆盖┃中華人民共和国中央人民政府 ・2024年通信业统计公报解读:通信业高质量发展再上新台阶┃中華人民共和国中央人民政府
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