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心理学には、“計量心理学(psychometrics)”という心理学的測定法がある。これは、アメリカの心理学者が、人間を“特性5因子”と呼ばれる人格特性で査定しようとするモデルを提唱したことから始まった。
・開放性(Openness to experience):好奇心の強さや想像力の豊かさの強さ
・誠実性(Conscientiousness):良心性、責任感の強さ、感情のコントロールなど
・外向性(Extraversion):社交性、活発性の程度
・協調性(Agreeableness:どれほど思慮深く協調的か
・神経症傾向(Neuroticism):ネガティブ反応、傷つきやすいかの程度
この5つの特性を使うことで、どういう人かを推定できるとした。その人が欲していること、恐れていること、どういう行動をとる傾向があるか、といった推定で、計量心理学の標準手法となっている。一般的には被験者にアンケートを行い、その結果を最尤推定やベイズ統計などの統計的手法を用いて解析している。
■ここまでのポイント
・ナラティブとは「物語性」や「ストーリー」などの幅広い意味を持つ
・ナラティブのパワーの源は、「計量心理学」にある
・計量心理学は「特性5因子」を用いて人の特性を推定することを目的としている
2008年頃、ケンブリッジ大学の心理学者ミハル・コシンスキが、フェイスブック(FB)のアプリを用いてユーザーにアンケートを行い、何に“いいね”をしたか、何をFB上でシェアしたかなどのデータと回答を、計量心理学で分析した。すると、ユーザーの心理特性や行動特性が高い精度で推定できることを発見したのだ。例えば、ユーザーの肌の色(95%の正確度)、性的嗜好(正確度88%)、米国人の場合は民主党または共和党のどちらを支持しているか(85%)などを推定することが可能、というものだ。さらに知能指数、所属する宗教、それに加えてアルコール、煙草、薬物の使用、といったものすべてが決定可能となった。
コシンスキは、さらにモデルの改良を続けることにより、人のFBの“いいね”10個だけに基づいて、その人の人となりを、その人の平均的な同僚よりも正確に言い当てることができるようになった。“いいね”70個もあれば、その人の友人がその人について知っていることにも勝る。“いいね”150個あればその人の両親にも勝り、“いいね”300個あればその人の伴侶の知識をも上回る。2012年にコシンスキは、この研究成果を公開した。
2015年になると、イギリスの選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ社(CA社)は、驚くべきことを発表した。それは、“幅広い相手から個人情報を購入して、共和党の有権者名簿と収集データを統合し、計量心理学を用いることによって、アメリカ合州国のすべての成人2億2000万人のパーソナリティ情報を割り出した”と発表したのだ。トランプとクリントンの第3回大統領候補討論会の日、CA社の支援を受けたトランプチームは、トランプの議論のために17万5000通りの広告を用意して、潜在的にクリントンに投票しそうな人々が投票所に足を運ばないよう仕向けた。さらに米国の全人口を32のパーソナリティの型に分類し、17の州にのみ注力するなどのキャンペーンを行った。
ここで重要なのは、熱烈な支持者に対しては何をしても無駄だということだ。まだ決めかねている曖昧な支持者に対して、この心理作戦を実行することで、効果を発揮することができる。
このキャンペーンの結果、トランプの好感度は平均3%上昇し、トランプに投票する意思がある有権者が8.3%上昇したという。トランプが僅差で勝利したことを考えると、この心理作戦による効果は大きかったと言えるだろう。
こうしてトランプ大統領が誕生し、CA社は1500万ドル超を稼いだと言われている。トランプ陣営の勝利の原因は、CA社の成果だけではないだろうが、少なくともパーソナリティに基づいた広報戦略は現実に有効だったはずだ。なおCA社は、イギリスの欧州離脱キャンペーンのブレグジットにも関与したとされ、2018年にFB社最大8700万人分のユーザーデータを不正収集した疑惑で破産している。
予想に反してイギリスがEUから離脱し、アメリカにトランプ大統領が誕生すると、世界は混乱した。コシンスキは世界中から非難を浴びることになる。しかしコシンスキは首を振って答えたという。
「違う。それは私の責任ではない。私が爆弾を作ったわけではない。私は爆弾が存在することを示しただけだ」
■ここまでのポイント
・ナラティブが作用した代表例は、政治コンサル企業が起こした「ケンブリッジ・アナリティカ事件」である
・CA社の事件は、大量の個人情報と計量心理学を用いた「ナラティブ」を展開した
・キャンペーンや広告によって大衆心理を誘導し、トランプ大統領が当選した米国大統領選や英国のEU離脱に大きな影響を及ぼした
著者:谷田部卓
AIセミナー講師、著述業、CGイラストレーターなど、主な著書に、MdN社「アフターコロナのITソリューション」「これからのAIビジネス」、日経メディカル「医療AI概論」他、美術展の入賞実績もある。
(TEXT:谷田部卓 編集:藤冨啓之)
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