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2017年5月19日、一般社団法人オープン・ナレッジ・ファウンデーション・ジャパン(OKJP)が主催するシンポジウム「MyData Japan 2017」が開催されました。このシンポジウムでは、学術機関、行政機関、企業などに属する多くの有識者が登壇し、パーソナルデータを個人主導で流通・活用するためのしくみや課題について議論を深めました。この記事では、シンポジウムで語られた内容を振り返りながら、個人主導でデータを流通・活用することの意義を考えてみたいと思います。

パーソナルデータについての認識の変化

現在、パーソナルデータを取り巻く世界の認識は大きく変化しています。近年、技術革新が飛躍的に進み、従来は考えられなかったほどに多種多様で膨大なデータ、すなわちビッグデータの収集・分析を行う環境整備が進んでいます。中でも、個人の行動や状況に関するデータについては、テクノロジーを用いて個人の利益だけでなく公共の利益のために役立てることが求められるようになってきました。

世界はこのような状況をどう捉えているのでしょうか。2011年、World Economic Forum(世界経済フォーラム)は、パーソナルデータに関するレポート“Personal Data: The Emergence of a New Asset Class”を発表し、「パーソナルデータが社会の資産になる」ことを指摘しました。また、2013年に発表したレポート “Unlocking the Value of Personal Data: From Collection to Usage”では、「パーソナルデータの活用に個人を巻込み、個人が自分自身でパーソナルデータを管理し、データを利用したい企業へ開示する新しいしくみ」を提唱しています。

こうした世界の潮流を踏まえ、開会挨拶に立った国際大学GLOCOM 主任研究員・准教授/Open Knowledge Japan代表理事を務める庄司昌彦氏は、「パーソナルデータについては従来の守るという観点に加えて、市民・消費者が自らデータを集約し、自分の意思で利活用を行うことが重視され始めている」と述べました。

国際大学GLOCOM 主任研究員・准教授/Open Knowledge Japan代表理事 庄司昌彦氏

パーソナルデータがオープンであることの意義

シンポジウムのタイトルにある「マイデータ」。この「マイデータ」の考え方はフィンランド政府が進めてきた取り組みを踏まえて、昨年フィンランドで行われたMyData 2016では、Open Knowledge創立者のRufus Pollock氏がその基本方針やビジョンを提唱しました。

庄司氏は自身の講演『自分たちでつくる地域社会とパーソナルデータ・オープンデータ』で、Pollock氏の「オープンデータとマイデータの二つはコインの裏表である」という言葉を紹介しました。Pollock氏の言うオープンとは、「誰もがいかなる目的でも自由に使用・編集・共有できる」ことを意味します。庄司氏は、「オープンデータはすべての人にとってオープンであるのに対し、マイデータは個人にとってオープン。オープンであることは同じだが、誰にとって自由なのかが違うという点で二つはコインの裏表」と解説しました(図)。

図:オープンデータとマイデータ(出典:MyData Japan 2017 講演資料)

では、なぜデータはオープンでなくてはならないのでしょうか。この疑問について、庄司氏は「データは掛け合わせて使うことができるほど価値が高まる。特定のソフトウェアでしか使えないデータや、特定の時間にしか使えないデータは掛け合わせて使えない。利用条件に制約がない自由なデータほど価値が高いということ」と理由を説明しました。

さらに庄司氏は、「パーソナルデータは社会の資源である前に、個人にとっての資源であるべきだ」と見解を述べました。個人がデータを他者と共有することで、新しい価値が生まれるにしろ、個人にとっての資源であることが優先順位としては高いはずだという主張です。「個人が力を付けている今、私にとってのデータは私がマネジできるようにパワーを個人に戻す必要がある」と講演では強調していました。

 

パーソナルデータは誰のための資源か?

このように個人が強調される背景には、個人を取り巻く環境や個人という概念そのものが変化していることも影響しています。庄司氏は「これまでの日本社会では、一つのコミュニティの中だけで生活が完結していた。しかし、今では、学校や仕事だけでなく、趣味に関係した様々なコミュニティに所属し、立場を使い分けるよう変化している」と指摘しました。

一方で、国内では人口減少と高齢化が急速に進んだ結果、核家族はもはや過去のものとなりつつあります。2035年には75歳以上の39%が単独世帯になるという予測を踏まえると、個人を単位とする社会に移行するのは確実です。高齢者達が寂しく暮らす社会になっていくのではないか。人や金が不足し、物も老朽化して縮小均衡の社会になっていくのではないかという懸念があります。

けれども、「ヒト」「モノ」「カネ」は少なくなったとしても、減らない資源があります。それは情報に他ならず、庄司氏は「情報はヒトやモノの使い方をよりよくすることもできる基盤的な資源でもある。だから、パーソナルデータは社会にとっての資源である前に、個人にとっての資源であるべきだ。それと同時に情報は私たちが生きていく環境にとって、つまり私たちにとっての資源でもある。その先に、パーソナルデータという資源を支えるビジネスが出てきたり、社会課題を解決したりという目的があるはずだ。個人主導でパーソナルデータを活用・流通させる新しいしくみも、誰のための資源なのかという観点から社会が受け入れていくべきだ」と語り、講演を締めくくりました。

適切な規律の下でのパーソナルデータ活用に向けて

国内の個人情報の議論では、消費者の情報を事業者が活用する場合、個人の権利をどう保護するかが大前提となっていました。しかし、パーソナルデータの活用・流通をめぐっては、個人が積極的に関与し、個人の意思によって活用を行えるようにすべきとの新しい考え方が台頭してきています。5月30日に施行開始となる改正個人情報保護法は、この新しい考え方を踏まえて制定されたものといえるでしょう。

 

 

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