不作為(主体なき行為)によって、間接的・潜在的にふりかかる暴力の形態である「構造的暴力」。構造的暴力による差別、搾取、抑圧は、無自覚に行われているがゆえに、なかなか気づきにくいものです。
そして「構造的暴力」はビジネスの現場にも存在します。
今回は、ビジネスにおける情報格差が産む「構造的暴力」とそれを解消するために提示されたアクションプランについて紹介します。
法人単位での「構造的暴力」の一例が一社依存になりがちな下請け企業とその取引先関係です。
例えば、小さな町工場や少人数のIT企業では、人員が少なく、営業、マーケティングなど新たな販路を獲得するような職種を社長や製造業の職員が兼務していることも少なくありません。
そうした中で、複数社に営業をかけ、見積もりをとり、商談をする、という流れは非常に難しく、その結果、定期的に発注をする大企業一社に依存したビジネスモデルになってしまうことが少なくありません。
しかし、一社に依存したビジネスモデルでは、取引先の業績や発注を行う担当者の異動など、自社でコントロールできない要素によって会社の命運が左右されてしまいます。
また、その取引先を失ってしまった場合、事業を続けられない、という構造は歪な力関係に繋がり、納期や費用面でも妥協せざるを得ないことも。実際に、町工場のおよそ75%は赤字経営だといいます。このような場合、依頼元の企業と下請け企業の間では「構造的暴力」が存在する、と言えます。
こうした構造では、確かな技術があるにもかかわらず、取引先のちょっとした意思決定によって倒産などの選択肢を取らざるを得ない企業も少なくなく技術や人材の活用という側面で見ても非常にもったいないな、と感じさせられます。
前項で紹介した一社依存の取引による「構造的暴力」に加え、より力関係が複雑に絡み合い、解消が難しいのが「多重下請け構造」です。
「多重下請け構造」とは元請け=注文主(ユーザー企業)と直接契約をした総合請負→二次請け→三次請け……と注文主の依頼内容を遂行できる技術者がいる企業に行き着くまで多重に下請け企業が連なった構造をさします。
この下請けの契約には主に成果物の完成によって報酬が支払われる請負契約と、成果物の有無に限らず、業務の遂行によって報酬が支払われる準委任契約の2種類があります。
多重請負構造の中、請負契約では、中継ぎの企業によって仕様などが丸投げされ、注文主の望むシステムが作れない、ということが生じたり、準委任契約では事前に取り交わした期間、報酬で作られたものがきたいと大きくズレたり、とさまざま不都合が生じます。
また、きちんと仕様が引き継がれないことは、ITシステムならセキュリティリスク、製品なら不具合が生じる原因にもなります。
また、最も大きな問題が報酬の問題で、中継ぎの企業が多くなればなるほど、仲介手数料や管理コストが差し引かれ、実際に成果物を作る企業や技術者に支払われる報酬が少なくなってしまうことがほとんどです。
実際に、発注企業(注文主)、元請企業、下請企業で給与を比較すると、ほとんどの世代で、元請企業より発注企業の方が、二次請け企業より元請企業の方が、給与水準が高くなっています。
特に働きさかりの20代後半から30代前半にかけて、三次請け企業の給与は発注企業より20%以上低くなっており、その差は歴然です。
このような経済的格差も一つの「構造的暴力」の結果と言えます。
給与の格差や歪な力関係などを可視化するのは難しく、無自覚に行われがちなビジネスにおける「構造的暴力」。
どうすればこのような「構造的暴力」を解消できるのでしょうか?
経済産業省が公開している「IT産業における下請の現状・課題について」では、歪な構造を解消するアクションプランについて以下のように紹介されています。
プロジェクトマネジメントの強化
- 発注者の監督責務の明確化(丸投げの禁止、監督のあり方の具体化)
- 無断再委託の禁止・プロジェクト実施体制の明確化
適正なリスク・コストの分担
- 様々なプロジェクト形態(アジャイル等)における、契約のあり方と適正な値決めの方法(人月ベースから成果・能力ベースへ)
- サイバー攻撃等のリスク低減のための望まれる契約形態と適正な値決めの方法(保険の活用等を含む)
その他
請負・派遣の偽装防止のための、下請監督と労働監督の連携 等
引用:IT産業における下請の現状・課題について
また、注文主と元請、元請と下請という関係で歪な権力関係が生じた際にその関係を濫用することを禁止する法規制も。私的独占の禁止や公正取引の確保を定めた「独占禁止法」や報酬の未払いや遅延を禁止する「下請代金支払遅延等防止法」などが挙げられます。
SDGsのゴール16でも、企業間の「平和」を目指し「透明性を尊重した情報開示・レポーティング」を推奨しています。
「透明性を尊重した情報開示・レポーティング」は政府だけでなく、企業においても情報開示する重要性を示唆しています。迅速な情報開示や透明性の高いレポートによって、情報格差を失くすことで、取引先の意思決定にも反映できると考えられます。
また、政府だけでなく、企業単位でもさまざまな取り組みやサービスが生まれています。例えば、製造業では、板金加工・切削加工の即時見積もりの「meviy(メビー)」や受発注プラットフォーム「CADDi」、見積りコミュニケーションプラットフォーム「TerminalQ」など、それぞれ独自開発の原価計算アルゴリズムを使い、企業と企業のマッチングをおこなったり、価格と納期の見積もりを自動ですぐに計算したりしてくれるサービスが出てきています。小規模な町工場の課題であった営業やマーケティングの工数を技術で解決し、取引の流動性を高めるのに貢献しています。
短期的に見ると、新たな仕組みの導入や情報の開示のコストがかかりますが長い目で見ると、実労働に見合わない報酬によって技術者が現場を離れることを防いだり、高い技術を持った中小企業がその技術をさまざまな企業に提供できるようになったり、と社会全体の不均衡を解消することができるのです。
【参考引用サイト】
・ 町工場の75%が赤字である決定的な理由 なぜ多重下請けで買い叩かれるのか
・ 元請けとは - コトバンク
・ 請負契約と準委任契約は何が違うのか?6つのポイントを弁護士が解説
・ IT産業における下請の現状・課題について
・ 下請代金支払遅延等防止法 - 中小企業庁
・ SDGsのゴール16とは?〜「平和」に対してビジネスが貢献できること〜 | EcoNetworks
・ 100年続く“構造的暴力”を変革。マッキンゼー出身者が立ち上げたキャディは、「マッチングシステム」で180兆円市場に挑む
(大藤ヨシヲ)
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