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これまで日本の農業は、長年の経験や勘を武器に、高品質の農作物を生み出してきた。
だが就農者の平均年齢は67歳を超えており、その貴重な経験や勘といった資産が失われかねない危機にひんしている。早急な対応が求められているのは経験や勘のデータ化だ。今後これによって、若い就農者が効率よく達人の経験や勘を習得できる環境を整えることができるとともに、生産ばかりでなく経営の面からも就農者をサポートすることが期待できる。
2017年8月22日。農業の担い手がデータを使って生産性の向上や経営の改善に挑戦できる環境を目指して「農業データ連携基盤協議会」(通称:WAGRI)が設立された。WAGRIは今年度中に、データの連携や提供の機能を持つ「農業データ連携基盤」(データプラットフォーム)を構築するもくろみだ。
設立当日、慶應義塾大学 三田キャンパス(東京・港区)においてWAGRI設立記念セミナーが開催された。このセミナーから、データプラットフォーム利活用によって、日本の農業の変革の可能性が見えてくる。本セミナーを2回にわたってレポートする。
協議会設立の挨拶に立った会長の神成淳司氏は、今年度中に構築するデータ連携基盤について、下記の三つの機能を持たせることを説明した。
その上で神成氏は、「農業分野でのデータ利活用は、世界的には当たり前になりつつあります。穀物メジャーをはじめとして、さまざまな取り組みが進んでいます」と説明。日本でも各企業や研究機関で農業ICTの研究開発が進められているが、それぞれ別々の取り組みになっているため蓄積されたデータが共有されず、同様の取組みを行うなど非効率な部分があると指摘する。「それぞれの組織、研究者は専門分野の研究開発に集中し、それをデータプラットフォームで共有する仕組みを早期に構築しないと、世界では勝ち残っていけません」と危機感を募らせる。
データプラットフォームの構築によるデータの連携・共有・提供は、農業以外の分野でも重要な課題となっている。それに言及したのが、次に登壇した内閣府総合科学技術・イノベーション会議常勤議員の原山優子氏だ。
内閣府では現在、「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)に取り組んでいる。これは、社会的に不可欠で、日本の経済・産業競争力にとって重要な課題について、「総合科学技術・イノベーション会議」が府省・分野の枠を超えて取り組むというもの。特徴は、自ら同会議が予算配分を定め、基礎研究から実用化・事業化までワンストップで実行する機能を持っていることだ。今年度は「次世代海洋資源調査技術」「革新的構造材料」など11の課題が採択されており、その一つに「次世代農林水産創造技術」がある。
ICTやデータを駆使して生産効率の高いスマート農業を実現し、農業を成長分野とすることが掲げられており、そのための具体策として、今回WAGRIが設立された。
原山氏はWAGRIについて、「Society 5.0を実践する観点からも非常に意義が高い」とした上で「SIPのほかのプログラムにおいても、データプラットフォームの構築が要となる。現在は農業データプラットフォームが先陣を切っており、ここでの進め方や経験が、他のSIPにとっても大きな試金石となる」と取り組みの重要性を述べた。
続いて秋田県立大学教授の上原宏氏、静岡県副知事の難波喬司氏が登壇、データプラットフォームによって農業の現場にどのような変革が起こるかについて、具体的な可能性が示された。
上原氏は農業の特徴について「農作物の生産から加工まで、その地域独特のローカルルールが何百年も守られているケースが少なくない」と言う。ただし、そのローカルルールがその地域でしか有効性を持たないものなのか、もっと汎用性があるものなのかについては、これまでほとんど明らかにされてこなかった点に着目。全国各地のローカルルールに関するデータをパブリックデータとすることで、ルールを検証して汎用性があればベストプラクティスとして共有することが可能になる。
「現場の方々のこれまでの営為と、農業研究者の研究成果、そしてビッグデータに携わる工学エンジニアリングの三つの知が結び付き、今後は汎用性を持ったいろいろなルールを発見していくことができるようになります」と上原氏は語る。
一方で汎用性の追求だけでなく、その地域ならではの気候や土壌に合わせた農業をサポートをするために、農業ICTやビッグデータを活用していくことも重要となる。上原氏によれば、秋田県では農地を5メートル四方ずつに区切り、各グリッドごとに土壌の状態を測定した上で必要な追肥の量を算出し、ドローンを使って散布するといった実証実験が行われているという。
上原氏は「こういったサービスを継続的に続けていくためには、ビジネスとして収益化していくことが非常に重要だと考えています。データのエンジニアリング的な追究だけではなく、データプラットフォームを用いたビジネスモデルをみなさんと一緒に構築していきたい」と呼び掛けた。
一方で静岡県副知事の難波喬司氏は「第4次産業革命やSociety 5.0の時代に求められるのは、全体最適の視点」とし、それを可能する存在としてデータプラットフォームに対する期待を語った。
難波氏によれば、日本の農業は江戸時代の「勤勉革命」以降、農業に関わる人々の努力や創意工夫によって、質の高い生産を維持してきたという。ただしそれは、個人や地域を潤す部分最適にはなっても、社会全体で大きな利益を生み出す全体最適にはなかなか結びつかなかった。
それをデータの利活用になぞらえ、「現状はまだ部分最適にとどまっている」と難波氏は語る。例えば静岡県では、2013年に他の都道府県に先駆けてオープンデータのポータルサイトを立ち上げたが、現時点ではデータの相互活用ができない状態にあるという。
また病害虫については、静岡県で独自に調査を行いデータを収集しているが、全国の病害虫の発生状況を把握できておらず、気象データなどの他データとの関連付けもできていないため、なぜその病害虫が県内で発生したかという原因の解析が十分に行えていないという。肥料についても、国の機関による肥料登録銘柄検索システムがあるが、その肥料が実際にどんな使われ方をされていて、どのような効果があるかについての解析がなされていないなど、各所に情報の分断が起きている現状を報告した。
難波氏は「こうした現状が、今回の農業データプラットフォームの構築によって、データの共有化や相互活用ができるようになれば全体最適が可能になります。個々の就農者が同じデータを協調的に共有しつつ、その中で地域特性や匠の技を生かしながら、互いに競争していくという状況を実現できる」と、期待をにじませた。
さらに難波氏は、農業データプラットフォームと他分野のデータプラットフォームを組み合わせることで領域横断的なイノベーションが生み出される可能性を示唆し、講演を締めくくった。
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