良品計画は、どのように多店舗経営の“勝つ構造”を手に入れたのか? 松井忠三氏が明かす“100%実行力”の作り方

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多店舗事業の悩みのひとつが、店舗ごとの“質”のばらつきだ。本部が立てた経営戦略を店舗に指示しても、確実に実行されるのは数割程度にとどまると言われている。本部の指示が100%実行されるためには何が必要か?

株式会社良品計画の元会長、松井忠三氏は、「実行以上に大切なものはない」と「戦略よりも実行力で一流を目指す」ことが大切だと明言する。良品計画社長就任後、赤字状態だった組織を改革し、ブランド「無印良品」の復活を実現。今や国内外870店舗(2017年2月期時点)の「無印良品」において、全店舗全社員による“100%実行力”がどのように生み出されたかを語った。
※取材協力:株式会社リンコム(2017年6月6日、同社主催セミナー『チェーンストア経営と実行力』より)

松井 忠三(マツイ タダミツ) 

松井忠三

株式会社良品計画元会長。1973年、東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。92年良品計画へ。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年社長に就任。赤字状態の組織を改革し、業績のV字回復・右肩上がりの成長に向け尽力。2008年会長に就任。2015年、名誉顧問。同年、株式会社松井オフィスを設立し、代表取締役就任。現在、多くの企業の社外取締役を務め、執筆や講演活動でも活躍。
著書に
無印良品は仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい(角川書店)
覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる(サンマーク出版)

幼い組織はすべてを他人のせいにする─経験主義の限界

幼い組織はすべてを他人のせいにする──経験主義の限界

無印良品」は西友のプライベートブランド(PB)として1980年に誕生しました。当時、たくさんのPBが誕生しましたが、現在も残っているのは「無印良品」だけです。

その強さは、誕生以来のコンセプト「わけあって安い」を実現した高いクオリティとリーズナブルな価格設定にありました。90年、株式会社良品計画が、西友から直営店の移管を受けた後も、時代を少し先取りした商品のアイテム数を増やし、店舗も増加。1999年度には売上げが1,000億円、経常利益は130億円、初期10年間は順調な成長を遂げました。しかし、2000年度にはじめて減益を経験。株価は1年で17,350円から2,750円に、時価総額は、4,900億円から770億円と、会社の価値が4,100億円も減少してしまったのです。そうした中、2001年1月に私は新社長に就任。その2001年度の中間期は、38億円の赤字。まさに惨憺たるスタートでした。

慢心、傲り、大企業病、取引先への不遜な態度……。原因はさまざまですが、すべての要因は会社の内部にありました。そのひとつが西友以来の“経験主義”という社風です。人事異動がなく、ずっと同じ部門の中で仕事に携わる。出店、販売、商品開発のノウハウが人に依存してしまう。結果、「なぜ売上げが伸びないのか」という問いに「人災です」という言葉が返ってくる。あの部門が、あの店長が悪い、と言うのです。個々人に依存する経験主義は「積み木崩し」のようなもので、技術や知識が積み重なっていきません。経験主義で会社を成長させることは無理なのです。会社は、その限界に来ていたと言えるでしょう。

負けた構造を勝つ構造に作り変える─他社にヒントを求める

経験主義と同じくらい、変えるべき社風が企画中心主義でした。

現場の課題解決よりも、企画や計画が重視され、社員は創造力を働かせ100ページにも及ぶ企画書の作成に力を注ぎます。それが通ることはまれですが、通ったとしても実行できるものではない。そのため非常に足腰の弱い会社になっていました。

たとえば、他のグループなら、店頭POPを付ける指示が出れば翌日には全店で実行されるのに、「西友」では1か月たっても達成しない。そこで私は考えました。戦略一流で実行力は二流。戦略は二流だが実行力は一流。どちらが勝つか? 100%後者が勝ちます。私は、それまでとは100%異なる社風を作ることに取りかかりました。商品開発、物流、商品知識の共有化など、顧客に喜ばれ、ライバルに勝つ施策を地道に積み重ねた結果、2004年度には、業績は右肩上がりになり、株価も10,000円を回復しました。

具体的には何をやったのか? 商品開発では、ブランドのコンセプト「わけあって安い」を変えず、しかし時代に合った変化を取り入れる。そのために海外有名デザイナーに協力を求め、社内的にも優秀なデザイナーを大量に採用。商品開発は1年かかりますが、4年かけて商品開発の手法を一新しました。同時に販売の「仕組み」も変えました。物を売るビジネスは労働集約型です。商品の荷受け、売れた商品の梱包や発送、破損品の返品、その後のクレーム対応、それらすべてが従業員の作業となっていました。膨大な業務に埋もれてしまい、さらに本部からさまざまな通達が来るため、店の実行力はなかなか上がりません。
そこで “仕事をなくす”ことに取り組んだのです。

物流センターから直接発送する「宅送アイテム」を増やし、夜間の荷受けも輸送トラックのドライバーができるようにラインを工夫し、破損品は返品ではなく、店の判断で廃棄できるようにするなど、業務の“仕組み”そのものを変えることで直営店の人件費を2001年の11%から2005年には8.6%に抑えました。金額にすると38億円です。一度凋落した企業が復活できない理由は、リストラに頼るから。仕組みはそのままなので、負ける構造から脱却できない。私たちは、仕事の仕組みを変えることで勝つ構造を作り上げていったのです。

次に取り組んだのは、経営の改革です。当時の販売管理費34%を30%に下げる目標を立てました。しかし経費は逆に増えてしまいました。直営店比率が上がったこともあり、売上げや利益とともに経費も増えてしまったためでした。つまり、構造的な業務改革をしなければいけない。そこで、毎週火曜日に全部門の役員を集め、会議を重ねました。しかし純粋培養された組織では、会議から新たな知恵が生まれることはないのです。純粋培養の一体感は、順調な時には強さとなりますが、改革の時には弱さとなって出てくるのです。

ここを超えて行くためにしたことが「他社に学ぶ」です。しかも大きな企業ではなく、中小企業、オーナー企業、販売管理費が低い企業に改革のヒントを求めました。たとえば衣料品チェーンの「しまむら」様では、タグシール(値札)が3種類しかない。これを社に持ち帰ると「うちは鉛筆からベッドまであるから無理」と即答される。たしかに当時の「無印良品」のタグシールは203種類。文言や印刷も凝っているのでコストも大きいが、商品訴求に役立っている。しかし、その203を張り出し、削れるものをチェックするとすぐに98と半減したのです。3種類にするのは無理でも1つのヒントでタグシートのコストを半減できたのです。

この「他社に学ぶ」上で大切なことは、「勉強になりました」で止まってしまってはダメだということ。自分たちの行動を変える所まで行って、はじめて「勉強した」と言えるのです。

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PHOTO:Inoue Syuhei

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