「オムニチャネル」という言葉は、2011年に米国で登場した。それ以前の「マルチチャネル」は、実店舗やECサイト、通販カタログなど、企業から見た「マルチ(複数)」の各「チャネル(経路)」の先に多様な顧客に獲得を計るもの。しかし、現実には、同じ顧客が通販と実店舗の両方を利用したり、ECサイトで製品情報や実店舗のサービス情報を得たり、その購買行動そのものが多様だ。そのため、企業から顧客への情報発信は幅広く、一方通行になりがちだった。「オムニ(全て)」の「チャネル(経路)」で顧客の行動を把握する「オムニチャネル」への取り組みが企業にとって急務の課題だ。「無印良品」を運営する良品計画では、直営店を国内だけでも312店舗を展開(2016年2月現在)。売上げの9割は実店舗が占める。同社では、オムニチャネル時代でも、実店舗の担い手であるエリアマネージャーが、顧客とのコミュニケーションを深め、その実態を把握することが集客に結び付くと考えた。
良品計画では、創業当時から「顧客の声を商品開発に活かす」取り組みを継続してきた。顧客とのコミュニケーションをとることが、企業文化の素地として根付いているため、新しいコミュニケーションツールの導入にも積極的だ。デジタルコミュニケーションも早くから取り組み、2013年5月からは、スマートフォンアプリ「MUJI passport」の運営を開始。店舗のチェックインでマイルが貯まるポイントカードなどの機能も有し、実店舗への送客もサポートしている。現在、ユーザー数は530万人。顧客の行動データの収集も可能になり、その情報量は数千万件のレベルに達する。しかし、そのデータ活用は、当初、あまりなされてこなかった。
「商圏分析のツールは、機能が多く、操作も難しいためITの専門家ではないエリアマネージャーが日常的に使うことはできませんでした。そのため、各店舗の商圏サイズは、感覚的な把握にとどまっていたのです」(WEB事業部チーフ・マーケティング・テクノロジストの濱野幸介氏)
ネットで商品を購入する。来店することでマイルが貯まる。登録店からの情報を受け取る。店舗の在庫を検索する……。顧客は「MUJI passport」を介して店舗とつながり、利便性は向上しているが、店舗からは、顧客が見えない。顧客はどこから集まり、店舗の商圏は何キロあり、購入者の密度はどの程度なのか。新規出店の際に既存店への影響、オープン後の集客が予測通りなのか……。
顧客の実態が見えないということは、顧客から企業がどう見られているのかが把握できない、とも言える。コミュニケーションは、双方向性のもの。良品計画では、“顧客時間”という言葉を使い、来店時だけでなく、顧客が「無印良品」に関心を持つ機会の創出に力を入れている。
「『MUJI passport』をはじめ、さまざまな方法でコミュニケーションをとっていくことで、購入時はもちろん、購入前や購入後も『無印良品』を想起する“顧客時間”の拡大していくことが重要だと考えています」(濱野氏)
同社では、情報処理の専門家ではないエリアマネージャーでも、「MUJI passport」を介して集めた数千万レベルの顧客の行動データを活用できるBIツールを導入。これにより、感覚的だった商圏の把握が、「どんな顧客が」「どれくらいの範囲で」「どの程度の密度」なのかを具体的に推定できるようになり、正確な商圏分析が可能になった。「MUJI passport」とリアルな実店舗の双方を介し、行動を一元化することで、顧客の姿が見えるようになったのだ。ECサイトが主導する実店舗の展開も増えている。より多様で、より深い、顧客とのコミュニケーションが重要視される中、良品計画の創業以来の取り組みが、オムニチャネル時代の成功事例として注目を集めている。
「MUJI passport」で、顧客とのコミュニケーションを活性化顧客の行動データを地図上にプロットし、現場担当者による商圏分析を可能に
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