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2019年4月に働き方改革関連法が施行され、もうすぐ1年。しかし労働人口の減少は避けられない社会課題であり、組織と人材の力を最大限に引き出せず、課題を抱えている企業が大多数といえる。こうした社会環境の変化で近年ニーズが高まっているのが、人材育成や採用活動など人事領域のデータを管理・活用する「HRテクノロジー」とよばれるITソリューション。

2020年1月31日「HRテクノロジーの現状と将来展望 2020年版」レポートの発行記念特別セミナーが開催された。レポートでは、特にクラウド型のITソリューションを対象に、HRテクノロジーの市場規模の推計と予測が行われている。発行に携わったのは、株式会社シード・プランニング及び「HRテクノロジー・コンソーシアム」の理事も務める人事ソリューション・エヴァンジェリスト民岡良氏。

セミナーでは民岡氏が市場調査レポートについて解説し、ゲストとして、日本におけるHRテクノロジーの第一人者である岩本隆氏と、「jinjer HR Tech総研」所長の松葉治朗氏が講演を行った。

【講演者】
 ・ jinjer HR Tech総研所長 松葉治朗氏
 ・ 慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授 岩本隆氏
 ・ HRテクノロジー・コンソーシアム理事 民岡良氏

“安全にブレーキをかけながら”日本におけるHRテクノロジーのデータ活用

まずはHRテクノロジー・コンソーシアムの理事でありファウンダーの香川憲昭氏より挨拶。

各企業が取り組んでいる働き方改革や生産性向上の施策を取り上げながら、HRテクノロジーのニーズの高まりについて説明。香川氏は株式会社ジンズで人事責任者として人材育成、教育体系の構築などを手がけてきた経験から、経験成長企業における人事の有効施策を模索するうち、人事分野に全くデータが活用されていないことに着目してきた。

「日本の人事組織領域において、テクノロジーはこれまでまったく活用されてこなかった。しかし2016〜2017年にかけて働き方改革というエポックメイキングによって、経営視点からHRテクノロジーの有用性を捉える機会が増えていきました」と、日本におけるHRテクノロジーの広まりを実感。HRテクノロジー・コンソーシアムが日本CHRO協会と連携しながら主催している、HRテクノロジーを用いた経営の改善提案セミナーなどの活動を紹介した。

そして、同じくHRテクノロジー・コンソーシアムの理事を務める民岡氏からは、さらに詳しい活動内容を紹介。

同団体ではHRテクノロジーに関する研究グループとして、各種ワーキンググループ(以下、WG)を設置しており、AIをはじめアナリティクスに特化したWGや、組織開発にフォーカスしたWG、人事データ活用ガイドラインの策定を目指したWGなど、幅広い分野をカバーしている。

こうした活動紹介の一方、民岡氏は、日本企業においていまだにHRテクノロジーが活用できる土壌に至っていないとして「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが就活学生の内定辞退率予測データを企業に販売していた問題に触れた。

「誰の、どの情報を、どう守ったらいいのかわからない状態でクライアントにサービス提供していたことで起きてしまった問題だと考えています。また、日本の労働法や個人情報保護法などに代表される法規制の領域は、人事領域においてここまでデータ活用が行われることを想定しているとは到底言えません。そのため、守るべき規範がはっきりと分からない中あのような問題が起きてしまい、これによって我が国のHR領域全体が、データ活用について『急ブレーキ』を掛ける風潮になってしまった」と、状況を危惧。

「ただでさえ日本は欧米に比べてHR領域におけるデータ活用やテクノロジー導入が遅れているという危機感があります。企業においては“安全にブレーキをかけながら”人事領域のデータ活用を引き続き推し進めてほしい」と民岡氏は話す。そこでHRテクノロジー・コンソーシアムで関連するWGを発足させる際には、例えば「個人情報保護ガイドライン」や「個人データ利用規制ガイドライン」ではなく「人事データ活用ガイドライン」とするなど、名称にも工夫を施したと説明。またガイドラインの最終化においても、我が国において「データ活用」の問題に最も明るい弁護士である板倉陽一郎氏をアドバイザーとして招聘し、内容の適正を担保する。加えて、個社ごとの「お悩み」に対するアドバイス実施も想定している。

WG以外にも様々な「資格講座」「認定講座」を開講しているが、そのうちのひとつ「HRリーダーのための個人情報保護・労働法基礎講座」では受講者12名のうち、過去に法律に触れた経験があるという受講者は3名のみ。この割合はそのまま企業の人事部門にも当てはまると分析。「本来は、従業員の情報も顧客の情報と同じくらいセンシティブに扱うべき」として、講座開講の趣旨を説明した。これらの分野以外にも、様々な最新情報や基礎知識を身につけたい人事リーダー、人事担当者に向けたHRテクノロジー・コンソーシアムの資格制度や認定制度なども紹介した。

データを活用して社会課題の解決を目指す「jinjer」の世界

続いて、jinjer HR Tech総研所長の松葉治朗氏は「オペレーション人事から戦略人事へ」をテーマに登壇。

松葉氏は人事向けプラットフォームサービス「jinjer」のローンチと同時に、同サービスのプロダクトオーナーに就任。リリースから約4年で11,000社以上に導入され、「HR Tech」のムーブメントを牽引するプロダクトへと成長に導いた実績を持つ。近年では保育・介護の分野にまでHRテクノロジーを積極展開し、また、HRテクノロジーを中心としたX-Techに加え、SaaSやCustomer Successの啓発活動も積極的に取り組む。

松葉氏は「世界市場規模は約140億ドル(約1兆5600億円)、日本での市場は2023年に約2500億円以上になる見込み」とHR テクノロジーの現状を解説しつつ、日本での市場が盛り上がりつつある背景として、クラウド型サービスやデバイスの普及、ビッグデータ処理の推進などの技術的な要因と、働き方改革の普及、労働力不足という社会的な要因があると説明。「日本の人事も、業務効率化や多様な人材の効率管理、従業員パフォーマンスを最大化する戦略人事へ転向すべき」と、HRテクノロジーが果たすべき役割に言及した。

そこでHRテクノロジー導入あたり多く寄せられる疑問として「人事の仕事を奪うのか」「マネージャーの仕事を増やすのか」「採用を効率化させるか」という三点に注目しつつ講演を展開。

松葉氏は「jinjer」の世界観の基盤にもなっている、アメリカの代表的なHRテクノロジー企業「Zenefits」などを挙げて「アメリカと日本の大きな違いは一元管理かどうかであること。アメリカでは、勤怠管理や人事、給与、経費などがすべてひとつのシステムで管理できるオールインワンプラットフォームが主流」と説明。一方日本の人事においては管理システムが細分化している。特に「色々な従業員から同じような質問が来る」という共通の悩みを例に挙げ、松葉氏は「こうした問い合わせは、すべてチャットボットに回答させれば良い」と株式会社メルカリが導入しているAI「HISASHIくん」を紹介。HRテクノロジーの導入によって、人事担当者は問い合わせに時間と手間を取られることがなくなり「人事の仕事をより崇高なものにする」と言う。

そのほか、1回5分で学べるマイクロラーニングを導入するアメリカのマネジメントシステムや、マイクロソフトやスターバックスも導入している「Hirevue」や「Textio」など世界各地で利用されている高機能な人事ツールを紹介。「人事やコンサルは毎日マネージャーやメンバーのそばにいることができないが、HRテクノロジーがあれば、常に寄り添った提案ができ、マネージャーの仕事を減らすだけでなく、マネージャー自身の成長を促す最適なパートナーになる」「オペレーション人事から戦略人事へ」と、HRテクノロジーの役割を強調した。

オールインワンパッケージが最大の特徴である「jinjer」の世界観についても紹介。「データを活用して社会課題の解決を目指しています。ブラックボックス化していた人事のデーターベースを、jinjerを通して活用したい」と、jinjer上に存在するデータ共有の事例として、GLTD(団体長期障害所得補償保険)を提供しスピーディーに保険加入できる仕組みの実現など、ライフタイムイベントに合わせたサービス提供ができると紹介。「jinjerが持っている勤怠管理データを活用すれば、休職中かどうかなど、従業員の就業スタイルを分析できます。そして生産性の向上や、離職率の改善にもつながっていきます」と説明。複雑でわかりづらい保険制度や手続きまでをカバーすることで、まさにアメリカで主流となっているオールインワンなHRテクノロジーを体現している。

また最後に「HRの未来」として、松葉氏は「従業員が健康に働くこと以上のことが求められる時代になっている」「つまり時代の変化に合わせて、従業員の目標管理の設定も変わってきている」と、従業員の声を適切に拾い、時代に合わせたエンプロイーエクスペリエンスの向上が不可欠だと説明。例えば人事を悩ませる「打刻漏れ」を解決すべく、打刻することでキャンペーンに参加できる勤怠システムと電子マネーシステムを紐づけたアプリ開発を例に挙げる。シームレスな人事勤怠給与サービスとの連携、複数のデジタルマネーへの対応などの重要性を説明しつつ「さまざまなテクノロジーとの可能性があるのがHRテクノロジーだと思う」と締めくくった。

世界の人事の最前線と、HRテクノロジー活用

続いて、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏が登壇。

岩本氏は各国の企業におけるAI活用アンケートの結果を「日本は最下位の29%、最高位はインドで78%、中国は77%、UAE66%、ブラジル60%。思った以上に世界は進んでいます。間接部門は、すべてAIでおこなっているのが実態です」と紹介。

一方で「マネージャーよりAI・ロボットを信頼すると回答した者の比率」では、日本は76%と高い数値が判明。「AI・ロボットがマネージャーより得意なことは?」という質問には、日本では「バイアスのかからない情報の提供」「仕事のスケジュールのメンテナンス」「予算管理」という回答が。岩本氏は「総括すると、日本のワークプレイスでのAI利用は進んでいないものの、ニーズは確実にある」と分析します。

そこで「第四次産業革命センターが注目しているトピック」を挙げながら、デジタル技術の拡大により、あらゆる領域で新しいテクノロジーが活用される「X-Tech」に言及。

第四次産業革命でデータ駆動社会となることで、人事システムの役割も変革。人事データの転用が盛んになってきています。そこでHRテクノロジー活用のポイントとして岩本氏があげるのは、多様化するデータをどのように定義し整備すべきか、急激に進化するAIをはじめとする分析手法の選定、そして何を目的にどのようにアウトプットすべきかの3つ。

こうしてデータ駆動型のHRマネジメントがもたらす付加価値として、「人が行う作業をテクノロジーで代替することでコスト削減ができる」「自社の『人材・組織力』をデータで把握できる」と説明。こうしてどんどん経営にHRデータを活用している新進企業では「HRデータベース(構造)」から、映像など多様なデータが内在している「HRデータレイク(湖)」へ、データの概念が変化していると説明。

こうしてデータを集積・活用している先進企業は、自社の人材・組織力をデータで把握できるほか、人によるバイアスが排除されることで経営判断のスピードが上がり、コストが削減され、採用、配置、育成、リテンション、エンゲージメント、生産性などあらゆる分野で新たな付加価値を生み出せるようになると言う。

最後に、次世代ビジネスリーダーの育成・登用に向けた様々な課題を共有し、具体的な施策を模索していくためのネットワークとして、日本CHRO(最高人材責任者)協会の取り組みを紹介。岩本氏は「“組織は戦略に従う”というのは過去の常識。最近では“事業戦略は人に従う”と、立場が逆転しています。まず人が組織を作り、組織が戦略を作る。それくらいCHROやマネジメントが非常に重要になってきており、人材を研究する価値が高まっています」と、人材マネジメントの重要性を強調した。

人事領域におけるデジタル・トランスフォーメーション-「HRテクノロジーの現状と将来展望」レポートサマリ

最後に再びHRテクノロジー・コンソーシアム理事の民岡氏から「HRテクノロジーの現状と将来展望 2020年版」の調査結果と、レポートの全体サマリおよびポイントを解説。

まずは各分野の定義について「採用と配置を同じカテゴリにまとめていることに違和感を覚える方も多いかもしれません。ですがテクノロジーとしては、人を採用する際のマッチ度や、既存ポジションに従業員を配置する際のマッチ度を測る際に必要なデータがほとんど一緒」と説明。そして今後広がっていく領域としてグラフ内の「人材開発と組織開発」に注目し「日本の人事がデジタルトランスメーションを遂げるためには、この2つが不可欠。むしろ伸びなくてはいけないし、ニーズは必ずある」と、人材開発の重要性に言及した。

また「ヒアリングの結果」項目で、ターゲットが300〜500名の中小企業がボリュームゾーンである件について「大企業は独自のスキル体系やキャリアパスがあるものの、独自性がありすぎてテクノロジーをベースにした構造に変えようとした場合に非常に動きがおそくなる。一方で中小企業やベンチャー、スタートアップの場合は「決まった形」がないことが良いほうに作用して色々と始めやすい。また業界としては、特に製造業は予算があるうえに、現場が権限も持っていることが多く入りやすい。次に小売業は単価が低い世界なので予算はシビアではあるが、離職率の高さや雇用形態の多様性など課題が多く、特にニーズがある」と解説した。

そして、HRテクノロジーのトレンドについて改めて解説。

「とにかくエクスペリエンスをいかに向上させるか。管理者が従業員を管理するというソリューションがいらなくなったわけではないが、 “主役”は明らかに逆転してきています」と、2000年代の「タレントマネジメント」から「ワークスエクスペリエンス(現場のエクスペリエンス)」への変化を繰り返し強調します。そして「もうひとつのトレンド」として注目するのが、マイクロサービスやチャットボット。

「ある機能に特化したソリューションを提供するベンダーがアメリカではどんどん増えてきており、日本でもその傾向にある。イチ機能だけでいいから、イケてるものを作り、あとはシームレスに連動させるエコシステムを築き上げるのがトレンドになっている」(民岡氏)

また「未来の組織は、人材中心かつAIに支援されたものとなる」として、科学やデータの裏付けがある、実用的なインサイトが求められている風潮に触れる。良し悪しではなく、データがないと納得しない世代が多数派を占めつつあり、人材についての考え方も「ヘッドカウント重視」ではなく「スキル重視」であり、まずはこの辺りの根本思想を人事リーダーや経営トップが変えなくては、いくらHRテクノロジー領域に投資しても変革は難しいと語る。

これからの主役は、エクスペリエンスを高めることに直接寄与するソリューション。これは、例えば「あなたの今後のキャリアプランに最も影響のあるスキルギャップを埋めるためには、今期中にこのラーニングメニューを受講したほうが良い」とAIが従業員ごとにパーソナライズした提案をすることや、見落としているタスクについてのリマインドをチャットボットがおこなうことを指す。「人事部門の中の単なる管理業務として捉えられている従来型の人事は、将来的にシステムに置き換わり、衰退していきます。これからの人事部門においては組織開発専門家、デジタル変革専門家が間違いなく主役になっていく」と説明。

そしてこうした社会ではキャリアパスも変遷していき、社内のポジションは常にオープンになり、自ら探し求めるようになっていく。「予め準備した『ジョブ定義』のスキル要件を満たしたら部長に昇進する」という風に、目指すポシションのために身につけるべきスキルが、全て透明化している世界だ。人間の勘と経験だけではできない、データとテクノロジーも活用するからこそ実現できる「デジタル人事」を民岡氏は「地図を広げる」「“CAREER GPS”を持たせましょう」と表現する。

そうはいっても、ジョブ定義やスキル定義は難しいもの。そこで民岡氏はイギリスで開発された「Daxtra Parser」というツールを紹介した。採用時のレジュメや既存従業員の評価シートを読み取ると、単語だけでなく文脈で理解・判断し、スキルの情報だけをピックアップし、スキルベースで人材を整理できるシステムだ。さらにトレンドに合わせてスキルを点数化(重みづけ)することも可能。この分野では世界で唯一日本語対応ができるソリューションとして、日本法人も立ち上がっている。こうしたジョブ定義に役立つ最先端ツールの登場により、「大変だからやりません」という言い訳は通用しない世界にますます近づいていると言える。

そしてサーベイのトレンドにも注目。「サーベイの結果をダッシュボードに綺麗に表示できるのは当たり前」であり、単にインサイトを得るだけでなく具体的なアクションにつなげるところまでが求められる時代。これからはますますサーベイ実施後の「行動変容」に注目が集まると説明。
合わせて人事データ分析のトレンドにも触れ、「ピープルアナリティクスは、実用的・有益な情報をダッシュボードに表示して終わりというところから、取るべき行動をリコメンドするなど具体的なアクションに繋げる方向へとシフトしている」とし、様々な領域ごとに散在しているデータを仮想的に統合して分析することが、ダッシュボード・分析ツールの役割だと説明した。

松葉氏、岩本氏が触れたように、あらゆる領域で新しいテクノロジーが活用される「X-Tech」の言葉どおり、人事領域にとどまらない広範囲のビジネスデータを活用すべきとして、「異種データの掛け合わせにより、新たな示唆(インサイト)を与えることが、職場のエンゲージメントとビジネスパフォーマンスを向上させる」とした。

まとめ

今回は午前中開催のイベントにも関わらず50名近い参加者があり、HRテクノロジーおよび「X-Tech」への関心の高さが伺えた。

「HRテクノロジーの現状と将来展望 2020年版」は、HRテクノロジーの市場概況と今後の展望のサマリーだけでなく、「人材開発」「組織開発」「勤怠・労務管理」「給与管理」「人事データ分析」といった各カテゴリーについても、ひとつひとつサービスの定義やトレンド、課題にいたるまでを分かりやすく解説。各社の事例も数多く掲載されているため、HRテクノロジーの入門書としても有用性が期待できる一冊となっている。

(テキスト:伊藤七ゑ/写真撮影:奈良則孝)

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