西川素之氏は「私は、DXの本流を歩んできたわけではなく、データ分析の専門家でもありません」と、口を開いた。西川氏は1995年にアイ・エヌ・エイ生命保険株式会社(当時)に入社。同社は2001年に安田火災海上保険株式会社(当時)のグループに加わり、2019年に現在の社名であるSOMPOひまわり生命保険株式会社に変更した。西川氏はこの間、主として保険商品の販売に携わってきた。
「最初の5年間は代理店営業を担当し、その後ダイレクトチャネルに携わりました」と西川氏。当時は米系を中心とする外資系保険会社が激しい顧客獲得合戦を繰り広げ、テレビコマーシャルをはじめ、ラジオ、新聞、雑誌などのマス媒体で大量のプロモーションを行っていた。
「当社はプロモーションにかけられる予算が、同業他社の10分の1か20分の1ほどしかありませんでした。まともに戦っては勝てません。そこでWebに勝機を見いだそうとしました」
まだスマートフォン(スマホ)は登場しておらず、いわゆるガラケー(従来型携帯電話)の時代である。デジタルマーケティングという言葉も普及していなかったころから、西川氏はこの領域に取り組んできたことになる。
「デバイスはパソコンからガラケー、スマホへ。インターネットはポータルサイトからブログ、SNSへと進化してきました。その間ずっとPDCAサイクルを回して新たな施策を打ってきました。また当社が『女性のための医療保険』をキャッチフレーズに掲げ、女性に限定して訴求したことも功を奏し、一定のセグメントを確保できるようになりました」
冒頭で、データ分析の専門家ではないと西川氏は謙遜したが、まだデジタル活用の事例も少ないころから率先して挑戦を続けてきた。その点では、日本の生命保険業界におけるデータ活用のパイオニアといっても過言ではない。
「生命保険の販売は、お客さまに会い、信頼を得てご契約いただくのが主流でした。一方で私は、非主流であるデジタルを活用したダイレクトマーケティングを進めてきました。データ活用の基本のようなものをここで学ぶことができました。現在は、CDOを務めていますが、今でも自分はダイレクトマーケターだという思いがあります」
西川氏は、デジタルマーケティング部門に約12年在籍し、その後は本社で約7年間、事業企画やCX部門で新ビジネスの立ち上げに携わった。その後の3年間は静岡統括部長の任に当たり、2022年にCDOに就任した。
「静岡で再度、営業部門に携わったのですが、本社で考えたお客さまの健康応援や営業支援のためのデジタルツールやアプリが、営業現場で実際にどのように使われているのかを確認できたのは、貴重な経験でした」
2024年4月からはDX推進部長を兼任。同部は、各部門がトランスフォーメーションを進めていく上での支援がミッションだ。そのために興味深い取り組みも進めている。
「『CoE(センター・オブ・エクセレンス)構想』と呼んでいるのですが、社内の部門を横断し、ハブとなる組織をつくっています。人員は各部門から人を出してもらって兼任でやっているのですが、いずれの部門も出し惜しみするのではなく優秀な人材を派遣してくれ、非常に協力的です。今後は公募制を導入したり、評価制度を見直したりするなど、CoEの機能をさらに強化していきたいと考えています」
今では、生保業界の中でもデータ活用に積極的に取り組む企業として知られるSOMPOひまわり生命だが、最初からスムーズに進んだわけではなく、当初は社内の反発もあった、と振り返る。
「賛成より、異論や反論の方が多かったです。変革を起こすのは『若者、よそ者、バカ者』ともいわれますが、私は非主流の『バカ者』に徹しました。そうしているうちに、役員や部長の皆さんから『西川がそこまで言うのならやらせてみよう』と言ってもらえるようになりました」
むろん、単に自分の意見をただ押し通したわけではない。
「当社では、DXを『ビジネストランスフォーメーション with デジタル』と捉えています。実現には、これまでの業務のやり方を改めなければならないこともあります。多くの人はそれを嫌がるのですが、アジャイルで少しずつでも変えていき、小さな成果を実感してもらうことを繰り返していきました。DXにおいて本当に重要なのは、『インシュアヘルス』によりお客さまの『健康応援企業』になること。『健康応援企業』では、事務や営業の業務の在り方も現在とは変わるはずです。新たな保険商品の提供だけでなく、既存サービスにおける顧客体験を高めていくためにも、効率化を含む業務の変化など、『攻め』であり『守り』でもある取り組みが必要になると考えています」
そのために何をすべきかは、現場での議論も必要になる。従来から行っている事務でも「健康応援事務になろう」と同じ意識を共有して議論ができれば、価値創造につながる新たな施策も生まれるに違いない。
データ活用に関心を持つ企業が増え、CDOなどを設置する企業も出てきたが、西川氏が考えるデータ活用とはどのようなものなのか。
「データは『21世紀の石油』とも呼ばれます。可能性は無限大だと思います。私はデータを使うことによって付加価値をつくり出すことが『データ活用』の定義だと考えています。データを見ることによってこれまでになかったものが発見できたり、新たな気づきを得られたりします。ただし、これは人によってかなり差があります。データサイエンティストを名乗る人でも、データを集計するだけで新たな価値を生み出せていない人もいます」
SOMPOひまわり生命では、DXのための人材の育成にも意識を向けている。
「私は、部下をはじめとする社員には、データとビジネスを結びつけて考えるよう促しています。そのためには、日ごろのコミュニケーションが重要です。ビジネス側にいる人間はデータチームから言われたことを聞き、データサイエンス側は逆にビジネスの現場の生の声をできるだけ聞く。どちらが上でどちらが下ということはありません。一緒に意見を交換することで初めてデータ活用が実現します。これをさまざまな部署で実践できる状態にしたいと考えています」
同社の持ち株会社であるSOMPOホールディングス株式会社は、パーパスとして「“安心・安全・健康”であふれる未来へ」を掲げ、保険事業を基盤にグループ内の各事業の枠を超えた商品・サービスの融合で実現を目指す。そのために、グループ各社のCDOの連携も進めているという。
「CDOアライアンスでは当社の他、SOMPOホールディングス、損害保険ジャパン、SOMPOインターナショナル(Sompo International Holdings Ltd.および同社傘下のグループ会社の総称)、SOMPOケアなどのCDOが集まって、定期的に情報交換やナレッジの共有を行っています。他の企業の取り組みには、成功例もあれば失敗例もあります。それを疑似体験することで自社の事業に生かしていくことができますし、人財育成につなげることもできます」
※CDOアライアンス:SOMPOグループの各事業領域におけるCDO(最高デジタル責任者)が、デジタルとデータに関する専門知識を結集し、部門横断的なコラボレーションを促進するために結成した組織
例えば、AIの活用などで先行している事例があれば、グループの他の企業や事業に応用することも容易になる。「事業の枠を超えた商品・サービスの連携のためには、データの連携が不可欠です。データ活用の成否がますます企業価値創出の明暗を分けることになります。引き続き、前例にとらわれない挑戦をしていきたいと考えています」と西川氏は力を込めた。
(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原 PHOTO:渡邉大智 企画・編集:野島光太郎)
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