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日本企業のIT化はなぜ進まないのか――日本特有のSI構造とエンタープライズITの在り方から探ってみると

         

 日本SI産業の構造問題は「IT人材の流動性の低さ」が一因 

中野氏 ちなみに、エンタープライズ系のエンジニアは転職することも少ないので、人材の流動性もWebサービス系のエンジニアと比べると低いですね。Webサービス系のエンジニアは、面白そうな仕事や働きやすそうな環境を求めてどんどん転職していきますから、企業側も優秀なエンジニアを雇用するために待遇を厚くしますし、自ずと給与も高くなります。

 一方でエンタープライズ系のエンジニアは社内の業務しか知りませんから、ほかの会社の業務や待遇のことになかなか目が行きません。そうなると、雇う側も足元を見てエンジニアを買いたたくんです。事実、エンタープライズ系のエンジニアもWebサービス系に負けず劣らず技術的には高度なことをやっているにもかかわらず、両者の待遇には明らかな差が生まれています。従って個人的には、エンタープライズ系のエンジニアもどんどん転職して、人材の流動化を進めるべきだと考えています。

斎藤氏 面白い発想ですね。「IT人材の流動性を高める」ことは、日本のSI産業の構造改革を考える上で極めて重要な論点だと思います。例えば、日米のITエンジニア構成の配分を見ると、日本では、ITエンジニアの約7割がSIerやITベンダー側に所属している一方で、米国では社内でその多くを抱えています。このように日米で逆転してしまっているのは、人材の流動性に違いがあるからです。これにより、北米の企業はITの内製化でDXを進められるだけでなく、流動性が高いからこそプロジェクトで人員が必要になったときに雇って、プロジェクトが終われば解雇することが可能なのです。

 ただし日本の雇用慣習の下ではそれができませんから、仕方なくIT人材の流動性をSIerが担保しています。つまり企業側は必要最低限の人員だけを雇用しておいて、要員の変動部分はSIerがプロジェクトに投入する人員の増減で吸収しているわけです。 

中野氏 日本では法規制によって雇用が守られている分、北米のような人材流動性が生まれにくい側面があります。そうした日本固有の事情を鑑みると、SIerに人員が集中する現在のSI業界の産業構造は、ある意味当然の帰結といえるかもしれません。しかも日本では「正社員至上主義」のようなものがあって、フリーランスや業務委託のような立場はどうしても下に見られる傾向があります。これもまた、人材の流動化を阻む一因かもしれません。

斎藤氏 個人的には、日本の企業社会にべったり根付いている「転職は悪である」という刷り込みが、実は最も影響しているのではないかと感じます。組織への忠誠心を重視するあまりか、副業や兼業、転職を悪いことであると見なす文化が、日本企業ではまだまだ根強いですね。

中野氏 「転職するやつは裏切り者だ!」というメンタリティですね。新卒至上主義が根強いのも、根本は同じでしょう。大手企業の経営陣は大抵、「新卒で入社してその会社一筋」という人がずらりと並んでいますから。

斎藤氏 そうやって「ずっと社内ばかりに目を向けてきた人たち」に多様性を求めるのは、やはり無理があると思います。実際、そういう古い体質の経営がまかり通っているSIerからは、最近優秀な人材がどんどん流出しています。

 この傾向が続くと、いずれは新しくて魅力的な会社にどんどん優秀な人材が集まり、一方で古い体質から抜け出せないSIerは今度淘汰されていくことになるでしょう。個人的には、こうした人材の流動化は極めて健全な傾向ではないかと思います。

中野氏 そうですね。IT業界で働く人たちにとって、これからは「この会社のこの部門に所属している」という感覚よりも、むしろ「この業界のこういう分野に従事している」「こんなテクノロジーのコミュニティーに所属している」という感覚の方が、よりリアルになっていくのかもしれません。

斎藤氏 私もそう思います。逆に言えば、優秀なIT人材を獲得したいと考えている企業は、優秀な人が「この会社で働き続けたい」と思わせるような環境やカルチャーを提供する必要があるでしょうね。特に、優秀な人材が「この会社で自分は成長できる」と感じてもらえるかどうかが重要です。

 その会社にいることで、自身のスキルや感性をバージョンアップしていけるかどうか。会社がそういう場を与えてくれるか――。そういうニーズに応えられる会社なら優秀な人材が集まるでしょうし、そうでない会社からは逆に人材が流出していくことなるのでしょう。

 最近では、IT人材に高い給与を保証することを前面に打ち出す企業も出てきましたが、必ずしもお金だけの話ではないんですよね。「成長できるかどうか」「エンジニアとして本来やりたい仕事に打ち込めるかどうか」といった観点が、エンジニアの側にも、彼らを雇うSIerやユーザー企業にとっても、今後は重要になっていくのだと思います。


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ネットコマース 代表取締役 斎藤昌義氏 (写真左)
ネットコマース代表取締役。1982年、日本アイ・ビー・エム入社。生産系、販売系、工場の工程管理などのコンサルティング営業に従事、マーケティング部門にて新規事業開発を担当。1995年、同社を退職し、ネットコマースを設立し現職に就任。IT・通信関連企業新規事業立ち上げのプロデュース、ITベンダーの営業力強化研修やコンサル、講演やイベントのファシリテーション、雑誌、Webメディアの記事寄稿など多数。近著に『未来を味方にする技術』。

AnityA 代表取締役 中野仁氏 (写真右)
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを立ち上げ代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。


ITは今後「Before DX」と「After DX」に分かれていく

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