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アジア諸国の中でもデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)が一向に進まない国として知られている日本。そのような中、テクノロジーとノウハウを組み合わせ、ユーザー企業の求める最適なシステムを構築するSIerの役割は大きいはずなのですが、一方で、従来通りのやり方が通用しなくなっているのも事実です。
企業の「本質的なIT化」が喫緊の課題となる中、SI産業にとってDXの進展は何を意味するのでしょうか。また、SIerが今後も企業のIT部門にとって欠かせない存在であり続けるためにはどのような姿を目指し、どのような関係を築いていけばいいのでしょうか――。
本特集「なぜ、日本企業のIT化が進まないのか?」では、普段、SIerの顧客側としてユーザー企業内でシステム企画に携わる情シス部長を聞き手に、エンタープライズ業界を取り巻く問題の本質を探るとともに、IT化を成功に導くための情シスとSIerの関係を考えます。
2本目の本記事では、特集1本目の総論で課題として挙がったSIerの抱える問題とその解決策について、「納品のない受託開発」を標榜するソニックガーデン CEOの倉貫義人氏に語ってもらいます。
「働き方改革」という言葉が国策になって以来、多くの企業が残業時間の削減や在宅勤務など、社員の多様な働き方をサポートする制度を取り入れるようになってきている。SI業界も例外ではなく、これまで「3K」といわれてきた劣悪な労働環境を改善すべく、さまざまな取り組みが進められている。
そんな中、極めて大胆な働き方を実現している会社がある。「納品のない受託開発」という、まったく新たなSIビジネスモデルを掲げるソニックガーデンだ。同社はシステムを開発して納品するのではなく、月額定額のサブスクリプションモデルで企業に対してITの顧問サービスを提供し、顧客とともに絶え間ない業務改善を実現していくという、これまでにない新たな受託開発のモデルを提唱している。
日本のSI業界において例のないビジネスモデルを考案した同社 代表取締役社長の倉貫義人氏は、一体何を目指してこうした斬新な取り組みを始めたのか。SIer出身でこれまでオーディオメーカー、Webサービス企業で情シス部長を歴任し、2018年にITコンサル企業AnityAを立ち上げた同社代表取締役の中野仁氏が話を聞いた。
中野氏 倉貫さんはもともとSI大手のTISにプログラマーとして勤めながら、アジャイル開発のコミュニティーで活動されていたんですよね。
倉貫氏 はい。アジャイル開発の素晴らしさに感銘を受けて「これを何とか日本に広めたい」と考えて、社外で講演をしたり本を書いたりしていました。当然、TIS社内で普段行っていた開発の仕事にもアジャイル開発手法を導入しようといろいろ試してみたのですが、当時メインで行っていた受託開発のプロジェクトでは、残念ながらうまく定着しませんでした。
中野氏 それはなぜですか?
倉貫氏 受託開発の仕事では通常、開発のルールが既にきっちり決められているプロジェクトの中に、あくまで一人のプログラマーとして参加するわけです。そんな立場で「今からプロジェクトをアジャイル開発で進めよう」と声を上げたところで、誰も真剣に聞いてくれません。せいぜい、グループ内で振り返りや朝会を行う程度の「アジャイルごっこ」が関の山です。そこで、「アジャイルを本格導入するにはプロジェクトの上流工程から入らなければいけない」と考えて、要件定義の段階から参画してアジャイルの導入を提唱してみたのですが、やっぱり大抵の場合は、もうその時点でウォーターフォールでプロジェクトを進める方針が決まってしまっているんですね。
ならばと、今度はさらに上流の営業フェーズまでさかのぼって、自ら営業してアジャイル開発の案件を取ってくることまでやりました。当然、お客さんも含めて、当初からアジャイルでプロジェクトを進める方針が決まっていますから、「今度こそ真のアジャイル開発が実現する」と思っていたのですが、やはりうまくいきませんでした。
中野氏 アジャイル開発に傾ける情熱は、相当なものだったのですね! しかし、自ら営業までやったのに、なぜうまくいかなかったのでしょうか?
倉貫氏 お客さんと毎週、打ち合せをして、優先度の高い機能から順番にリリースしていき、実際に動くものを早い段階から提供して――と、途中まではほぼ理想的なアジャイル開発が実現できていてお客さんにもとても好評だったんです。そして全体の半分ほどの機能をリリースした段階で、残り半分の機能は不要だということがだんだん明らかになってきました。その代わり、それまでの開発の過程で明らかになった新たな課題点を解決するための機能を作ろうという話になりました。ところが、お客さんからは「残り半分の機能も作ってもらわないと検収ができないので、ぜひ作ってください」と言われたんですね。
中野氏 当初の契約で決めたものが全て揃わないと検収できないし、予算もきっちり決められているので、身動きが取れないんですね。そのために、不要であることが分かっている機能をわざわざ作らなければいけないと。
倉貫氏 そのとき、「決めたものを作って納品してお金をもらう」というSIのビジネスモデルそのものが、アジャイルの普及を阻む最大の障壁だということが分かったんです。せっかくアジャイルで現場のお客さんに喜んでもらっても、結局は当初決めたものを最後まで作らなくてはいけないのであれば、最初からウォーターフォールの方が良かったのではないかとさえ思いました。そういう意味では、現在の一括請負方式のSIビジネスモデルとウォーターフォール型開発手法は、ある意味不可分の関係なんですね。
中野氏 その後は、どのような形でアジャイル開発に携わられてきたのですか?
倉貫氏 結局、そのときは、「受託開発ではアジャイルは難しい」という結論に達して、受託開発以外の世界でアジャイルの可能性を探ることにしました。そこで社内システムの開発を行っている部門に移って、アジャイルで社内システムを開発するチームを立ち上げました。結果的にこの取り組みは大成功で、社内のさまざまなプロジェクトのアジャイル開発を支援するチームのマネジャーとして、アジャイルを社内に普及させる仕事に取り組んでいました。
中野氏 社内であれば契約に縛られることはありませんし、「こんな機能はもう、いりませんよね」と気兼ねなく言えますからね。
倉貫氏 そうなんです。ユーザーもすぐそばにいますからいつでもフィードバックを得られますし、「これはアジャイル開発にとっては最高の環境だな」と思っていたのですが、この幸せもそう長くは続きませんでした……。
中野氏 今度は何が起こったんですか?!
倉貫氏 大型プロジェクトに、チームのメンバーをごっそり引き抜かれてしまったんです。社内システムを作っているだけで、売上を上げていないので、どうしても社内的な立場が弱いんです。そのため、せっかく育成したメンバーをあっさり引き抜かれても文句ひとつ言えない。
中野氏 私もかつて、ベンダーから事業会社の情シスに転職した際に、情シスの立場の弱さは痛感しました……。
倉貫氏 「やっぱり稼いでいないと、言いたいことも言えないんだな」ということを思い知ったので、今度は稼ぐためにビジネスを立ち上げることにしました。当時、社内で情報を共有するための社内SNSツールを独自に開発していたのですが、これを外販するビジネスを立ち上げたいと会社に申し出ました。当初はTISの子会社として別会社を立ち上げたいと希望していたのですが、まずは社内ベンチャーとして3年間やってみて、収益化のめどが立ったら別会社にするという方針を当時の社長から取り付けました。
こうして2009年にTIS社内の事業部として社内ベンチャーを立ち上げて、その2年後には収益化のめどが立ったので、当時一緒にやっていたメンバー5人と2011年に独立してソニックガーデンを立ち上げました。
中野氏 立ち上げ当初の事業は社内SNS製品の販売がメインだったとのことですが、現在ではかつて痛い目を見た受託開発を主力事業にされていますよね。しかも「納品のない受託開発」という極めてユニークなビジネスモデルを打ち出しています。
倉貫氏 社内SNS製品のビジネスは利幅も大きかったですし、これはこれでとても面白かったんです。ただ、会社を立ち上げるに当たって「自分たちはこの会社で何をやっていくのか?」というビジョンを考えようとしたとき、製品を売っていくために営業を雇って、マーケッターを雇って、資金調達をして、上場を目指して……という、この道筋が果たして本当に自分たちがやりたいことなのかと考えた時、正直ピンと来なかったんです。
では、自分たちは一体何をやりたいんだろうとあらためて考えてみた時、私も含めてメンバー5人全員がプログラマーで、皆プログラミングをやりたいと考えていました。それなら、「プログラマーが楽しく働ける会社を目指せばいいのではないか」という結論に至りました。
中野氏 そこで「受託開発の世界に再び戻ろう」と思われたのは、なぜだったのでしょうか。
倉貫氏 プログラミングの仕事といっても、サービス開発や製品開発ではやはり営業やマーケッターが必要になります。純粋な「プログラマーの会社」を実現するには、やはり受託開発しかない、という結論に至りました。とはいえ、いったんは挫折した元の世界に戻るのも気が進まないし、第一、受託開発のSIの世界は信用力がものをいう世界です。人とお金をたくさん抱えて、たとえプロジェクトが炎上しても最後までやり遂げる体力と実績を持つ大手SIerでないと勝てない世界ですから、従業員わずか5人という零細企業はとても勝ち残れません。
そこで、従来の一括請負型のSIビジネスとは根本的に異なる「納品のない受託開発」という新たなビジネスモデルを立ち上げて、これに賛同していただける企業さんからの受託案件を請け負うようになりました。
倉貫氏 今日のSIのビジネスモデルは、プロジェクトの遅延や頓挫のリスクを多く見積もった方が、収益をより確保できるようになっていますよね。お客さんを「やばいですよ! やばいですよ!」と、散々脅してリスクバッファーをたくさん見積もって、より多くのお金を引き出したプロジェクトマネジャーが高く評価される。
もちろん、最初のうちは本当にお客さんのことを思って「やばいですよ」と言っているのでしょうが、業界に長くいるうちに、いつの間にか「お金を引き出すための方便」へと変質していってしまう。こういう商売のやり方も、自分たちが目指すべき方向性とは違うと考えたんです。
中野氏 しかもコンペ案件になると、「戦略的判断」「営業上の高度な判断」という名の下に、今度は値下げ合戦が始まる。そうなるとリスクバッファーの部分を極限まで削らなくてはならなくなって、いざ本当にプロジェクトが炎上したときには赤字になってしまいますし、場合によっては顧客にも不足分を請求せざるをえなくなって、結局は誰も幸せになりません。
倉貫氏 百歩譲って「戦略的判断」や「営業上の判断」がビジネス上の判断としては正しかったとしても、そこでプロジェクトの現場に実際に投入される人間のことがほとんど顧みられないのは、どうにも納得がいきません。戦略的という以上は、戦略を立てた人間が率先してリスクを取るべきなのに、実際はというと「戦略的判断」という名の負け戦にプログラマーがどんどん投入されて悲惨な目に遭っているわけです。
個人的には、プログラマーではない人間が「戦略的判断」などということを口にするのは、アンフェアだと思っています。確かにビジネス上の大局的な判断を誤れば会社の収益や株価に影響が及びますが、そこで考慮されるのは「お金が傷付くこと」だけであって、現場で生身の人間が傷付いていることはほとんど考慮されない。人間を扱っていることを忘れたマネジメントは、本当に悪でしかないと思うんです。
中野氏 過酷なプロジェクトでは、3割くらいのメンバーが身体や心を壊してしまうようなことも決して珍しくありませんしね。そういうプロジェクトには立場の弱い若手が連れて来られることが多いので、本来は最も大事に育てなければいけない貴重な若手人材から先に潰れていってしまう。会社の人材戦略としても、これは明らかにおかしいですよね。
倉貫氏 その人たちの人生を、ちゃんと考えてあげなければいけないと思うんですよね。たとえ身体や心が壊れなかったとしても、10年間ひたすら巨大プロジェクトの歯車として使われ続けて、外の世界のことを一切知らずにきた人が、10年後にプロジェクトから放り出された後に別の世界で活躍できるかというと、極めて厳しいのが現実です。
別に本人が頑張っていなかったわけではなく、勉強不足だったわけでもないのに、結局は人材としての市場価値がほとんど付かないまま事実上の使い捨てになってしまう状況は、やっぱり何とかするべきではないかと思います。
中野氏 最近、私は「若者のエンプラ離れ」という言葉をよく使うのですが、エンタープライズ系の開発や運用の仕事もやはり同じように、過酷な割には待遇がよくないし、地味な定型業務も多いので、そうした仕事に嫌気がさした若手の優秀なエンジニアが、サービス開発やコンサル系の仕事にどんどん流出しています。その結果、エンタープライズ系ITの現場の空洞化が進んでいるのですが、これもまたSI産業の構造から生み出された負の状況なのかなと思います。
倉貫氏 ただ、そうやって人がどんどん抜けて魅力的な職場に移っていくというのは、ある意味、健全な動きではないかとも思います。「このままこのプロジェクトにずっといたら、自身の市場価値が失われてしまう」といち早く気付いた人は、どんどん次のチャレンジに乗り出すでしょうし、今日ではネットでさまざまな情報を入手できますから、昔と比べれば自身が置かれた状況や進むべき道も見えやすくなっています。
そうやって健全な人材流動が進めば、会社の方も「このままではまずい」と危機感を持つようになって、経営陣の考え方も変わってくるかもしれません。そうやって古いビジネスモデルが駆逐されていくのだとすれば、それはそれでいいことなのかもしれません。
倉貫氏 現在、いろんな会社さんとお付き合いさせていただいているのですが、やっぱり伸びている会社はITを積極的に活用していますね。ただ、会社側としては、売り上げに直結するサービスサイドのITに優秀な人材を優先的に投入しますから、売り上げに直接貢献しづらいバックオフィス系業務に対するIT投資はどうしても後回しになりがちです。
その結果、ものすごく伸びている会社なのに、バックオフィスはいまだに「Excelで頑張ってます!」というところも珍しくありません。
中野氏 社員が数千人いるのに、社員名簿は「いまだにスプレッドシートで頑張ってます」という企業も少なくないですからね。
倉貫氏 僕たちはそういうところに、SIerやコンサルタントとしてではなく「パートナー」として入って、お客さんと一緒に業務改善を行っています。業務改善をするためには、業務のボトルネックを見つけ出して1つ1つつぶしていく必要があるんですけど、事業が成長したり会社の規模が大きくなるにつれて、業務のボトルネックはどんどん移動していくんですね。
従って、通常のSIのプロジェクトのように要件定義をして長い時間かけてシステムを開発しているうちに、当初あったボトルネックが別の場所に移っていってしまう。逆に言えば、要件定義に時間をかけているぐらいなら、その時々のボトルネックを時間をかけずにつぶしていくのが最も効率的なんです。僕たちはこれを「業務ハック」と呼んでいて、お客さんには「一緒に業務をハックしていきましょう」と提案しています。
中野氏 そのためには技術に関する知識だけでなく、業務に対する理解も欠かせませんよね。ただし、この両方を兼ね備えている人材はとても希少です。私は普段、人材の採用にも関わっているのですが、プログラムコードを書ける人はたくさん応募してくる一方で、業務のボトルネックを見極めることができたり、現状の業務を可視化してあるべき姿を描けたりするような人材はなかなかいないですね。
これは別に本人の能力が低いというわけではなくて、単にこれまで上流の仕事に関わる機会に恵まれなかったというだけのことなのですが、やはり本来は両方できるのが理想的です。でも実際にはそういう人材は、極めて少ないのが実情です。
倉貫氏 本当に少ないですね。逆に大手SIerの中には、上流工程しか経験したことがないので「プログラムは一切書けません」という人も多いですし。
中野氏 プログラムの実装経験がない人が行う設計って、やっぱり実効性の面で問題が多いんですよね。だから本当は、企画から設計、実装、導入、運用までを一気通貫でカバーできる人材がいればベストです。しかもエンタープライズITはサービスサイドのITとは違って、一人のエンジニアが見なければいけない分野が極めて多種に渡りますから、こうした人材は極めて希少価値が高いはずなんです。
にもかかわらず、サービスサイドのエンジニアと比べると給料は安いし地位も低く、不当に低い評価に甘んじているのが実情です。こうした状況に耐えかねた優秀な人がサービスサイドに流出していってしまうと、会社のバックオフィスの仕組みがどんどん空洞化していくわけです。
倉貫氏 これは大企業の情シスだけではなくて、中小企業で「ITに詳しそうだから」というだけの理由で社内のIT管理を任されている方にも当てはまる話です。そういう人がある日突然いなくなると会社の仕組みが一気に回らなくなりますから、本当はとても大事な仕事をやっているにもかかわらず、外から見ると仕事の中身がよく分からないために、「片手間の雑用」程度にしか思われていない。
僕たちはこうした状況を変えたいと思っていて、でも、そのために「情シスの再定義」みたいな小難しいことを言い始めても多くの方にとってはピンと来ないでしょうから、あえて「業務ハック」という分かりやすいキーワードを打ち出しています。業務だけでもない、プログラミングだけでもない、この両方を合わせて価値を発揮するのが「業務ハッカー」で、これまで単に「ITに詳しい方」という扱いだった人も実は業務ハッカーであり、会社にとって極めて貴重な存在なんだということをもっと多くの人に分かってもらいたいと思っているんです。
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[聞き手]AnityA 代表取締役 中野仁氏 (写真右)
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを立ち上げ代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。
ソニックガーデン 代表取締役 倉貫義人氏(写真右)
大手SIerにて経験を積んだのち、社内ベンチャーを立ち上げる。2011年にMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。月額定額&成果契約で顧問サービスを提供する「納品のない受託開発」を展開。全社員リモートワーク、オフィスの撤廃、管理のない会社経営など新しい取り組みも行っている。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』など。ブログ https://kuranuki.sonicgarden.jp/
(取材・TEXT:吉村哲樹 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:AnityA・野島光太郎)
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