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定量データと現地で得た定性的なデータを紐解きプロセスに落とす ヤンマーホールディングスCDO奥山博史氏が 愚直に実践してきた改革

農業機械、船舶用エンジン・推進システム、小型建機など、多様な事業を手がけるヤンマー。創業者である山岡孫吉氏の「人々の労働の負担を軽減するソリューションを提供したい」という思いを受け継ぎながら、開拓者精神でDXにも取り組んでいる。2022年6月には、前ヤンマー建機株式会社代表取締役社長の奥山博史氏が、ヤンマーホールディングス株式会社の取締役 CDOに就任した。同役職はこのたび、新設されたという。その狙いはどこにあるのか、奥山氏に聞いた。

         

総合商社、コンサルティングファームを経てヤンマーへ

写真中|ヤンマーホールディングス株式会社 取締役 CDO 奥山 博史 氏

ヤンマーホールディングスは2022年6月24日、取締役 CDO(最高デジタル責任者)に奥山氏が就任することを発表した。奥山氏はそれまで、グループ内のヤンマー建機の社長としてさまざまな変革に取り組み、業績を向上させてきた実績を持つ。

奥山氏は大学院修了後、国内の大手総合商社、大手コンサルティング会社などを経て、2015年にヤンマーホールディングスに入社した。

「実は、大学院では化学を専攻していました。ただ、その理由は、両親がともに大学の化学の先生だったからで、何も考えずにそこまで進学してしまいました。このまま研究者になるよりも、人と触れ合って、世の中にダイレクトにインパクトを出し、それを自分で感じられる方が向いていると感じて、総合商社に就職しました」

商社では貿易や海外の化学会社への投資などに携わった。その間に米国の大学に留学しMBAを取得している。その経緯もあって、留学後すぐに同社が買収したスイスの化学品トレーディング会社にCFOとして赴任した。

「4人いるマネジメントコミッティーの1人が私でした。日本人は私だけです。当時私は30歳でしたが、『親会社から送り込まれた使えない日本人の若造』と思われないように、さまざまな工夫を凝らしました。その会社には4年間いましたが、最終的には高く評価されて業績も上がった状態で任務を終えられたのは、大きな自信になりました」と振り返る。

その後、国内の大手コンサルティングファームに転職し、7年間ほど、多くの企業の経営支援に携わる。そして、「一生コンサルタントでいるよりは、もう一度事業を運営する側に戻りたい」と考え、転職したのがヤンマーだった。

ヤンマーは、100年以上にわたって、小型のディーゼルエンジンの開発を皮切りに働く皆さんにソリューションを提供し、農業、舶用、建設・産業用分野へと貢献の幅を広げてきている。対象とする事業フィールドは私たちが暮らす「大地」「海」「都市」そのものと捉え、世界各地に生産・販売拠点を設け、各地域の特性やニーズにマッチした最適地生産・最適地調達を行っている。参照:ヤンマーHP(ヤンマーグループの事業フィールド)

「ヤンマーは非上場で、創業以来、テクノロジーをベースに、グローバルの農家さん、漁師さんなどに貢献することを目指している会社です。日本人として応援したくなるような会社であるという思いに加え、高い技術力があるがグローバルなマーケティングでは改善余地が大きく、私の強みや価値を発揮できる環境があると感じました」と奥山氏はヤンマーを転職先に選んだ理由を語る。

入社後は、本社で経営企画やマーケティングの部長を経験した後、2018年の3月からヤンマー建機の専務、一年後からは社長を務めた。

ヤンマーは2012年に創業100周年を迎えている。翌2013年には新ブランドマーク「FLYING-Y」を発表、2014年にはヤンマー新本社ビルが竣工した。「大きな変革が起きている中で、私のような人材を外部から入れるということも、その一環だったと思います」と奥山氏は語る。

従来のヤンマー建機の建設機械のカラーは黄色(ヤンマーターメリックイエロー)を採用していたが、2022年1月、ヤンマーのブランドカラーである「ヤンマープレミアムレッド」を採用することを発表した。このようにグループとしてブランドイメージの統一を図り、さらなるブランド価値向上にも取り組んでいる。

定量データとともに、海外の農家を訪問し、生の声を定性データとして収集

奥山氏が入社した時点で、さまざまな改革に着手していたヤンマーだが、課題もあったという。

「例えばマーケティング一つとってみても、マクロの視点が中心で、ミクロでお客さまを捉えることについては改善余地がありました。一人一人のお客さまを、購買行動や背後にある生活様式や価値観などまで入り込んだ上で、きちんとセグメンテーションを実施する。その上で私たちの製品にもっとも価値を感じていただけるお客さまを抽出する必要があると感じました。プロセスを組み直し、方法論を確立し、それを主要な事業に展開することをまずマーケティングとして行いました」と奥山氏は紹介する。

むろん、それまでも各事業部では一般的なセグメンテーションやターゲティングなどは行っていた。ただし、それが本当に顧客のことを理解した上でやっているのかという点で改善の余地があったという。

「日本なら、営業担当者がお客さまとフェイス・トゥ・フェイス(対面)でやり取りしているため、それほどシステマチックにやらなくても、お客さまのことは分かっています。しかし海外の場合、現地のディーラー経由になるケースが多いため、なかなか情報が入ってきていませんでした」。ディーラーの協力も得ながら、顧客理解の仕組みを構築していく必要があった、と書くと簡単だが、実際の取り組みを聞くと、多くの人が驚くのではないだろうか。

「まず自分から動こうと強く思いました。そこで私は、東南アジア、中国、韓国、ブラジル、米国、イタリアなどの現場を回りました。農家の方を朝から何件も訪問して、田んぼや軒先でヒアリングさせてもらう他、実際に農作業に付き合わせていただくこともしました」

その結果、発見があった。例えば、農機具の使われ方も国(地域)ごとに差があり、農家の人の価値観や働き方も異なる。国によっては、機械を持っている人が自分で作業する国もあれば、機械を所有する人がオペレーターを雇って作業を任せる国もある。

「さまざまなプレーヤー、ステークホルダーがいて、それぞれインセンティブが異なる中で、どこにどう売ればいいか、何を売ればいいかが変わってきます。例えば機械のオーナーが自分で乗らない場合、機械の乗り心地をいくら改善しても関心を引くことはできません。そのような知見をひもといてプロセスに落とすことで売り込み方が決まってくるのです。それをベースに事業部と議論しながら一緒に売り方を考えていく活動に取り組みました」

日本の大手農機具メーカーの経営企画部長が海外の農家を訪問し、ヒアリングして回るといったことは前代未聞のことだろう。

左画像:トルコなどで展開している建機シェアリングサービス「MakinaGetir」。奥山氏が「農機具の使われ方も国(地域)ごとに差があり、農家の人の価値観や働き方も異なる」と述べていたように、「何をどのように売るべきか」は国(地域)により正解が異なる。
右画像:2022年2月には、ヤンマーホールディングスのグループ会社であるYanmar America Corporationが、世界最大のボートシェアリングサービスを展開するGetMyBoatの株式の一部を2100万ドルで追加取得した。今後、GetMyBoatのプラットフォームやノウハウも活用しながら、ヤンマーグループのデジタルトランスフォーメーション(DX)を一層加速していくという。

「Quick-Win(クイック-ウィン)」をつくり出し、全社を巻き込む

農家の生の声は、いわばアナログな定性的なデータといえるだろう。DXとして活用するために、どのような取り組みを行ったのだろうか。

NPS(ネット・プロモーター・スコア=顧客推奨度)という指標があります。お客さまがヤンマーの製品を『親しい友人や知人にどの程度、推薦したいと思うか』という度合いを表すものですが、これを1つのKPI(成果指標)として見ていました。また、ヒアリング時に聞いた単語をマインドマップに落とし込み、裏側(奥)にある原因を分類しました」

例えば、アフターサービスに不満を持つ顧客がいれば、それは部品の価格なのか、サービス担当者の質なのか、サービスを利用できるまでかかる時間なのか、といったことを25にも及ぶ項目に細分しスコア化していった。

「その上で、スコアを改善するためには何をすべきかを分析し、実行していきました」と奥山氏は説明する。社会学には、ある集団に属する人々の生活や行動を詳細に分析する「エスノグラフィー」という手法がある。研究者はときに、その集団と寝食をともにすることもあるというが、奥山氏らのグローカライズの取り組みはそれをほうふつとさせる。ハードデータだけでなく、まさにユーザーの生の声を吸い上げ、製品やサービスに反映していくというプロセスを10年近く前からすでに行っていたわけだ。

前例のない取り組みだけに、苦労も多かったのではないだろうか。「日本の事業部のスタッフも、現地のディーラーの経営者も、最初は『こんなことをやって、本当に売り上げアップにつながるのか』と半信半疑でした。やらなければならない仕事も増えますし、否定的な人もいたことでしょう。しかし、数人が『あなたの言うように実行したら、新しい発見があった、売れるようになった』と反応を示し、それにより巻き込まれる人が増え、取り組みが広がっていきました。他のDXの取り組みも同様だと思います。最初のQuick-Win(クイック-ウィン)をどのようにつくっていくかがポイントです」

各事業部にいる意欲ある社員をエバンジェリストとして育成

経営企画部長時代の取り組みが評価され、奥山氏は2018年にヤンマー建機の専務に、そして一年後には社長に就任した。期待通り、データ活用を推進し、約4年間でパフォーマンスを着実に向上させた。そして今年、再びヤンマーホールディングスの本社へ戻ってきた。肩書は取締役 CDO。同社グループにこれまでなかった役職である。ヤンマーとしてデジタルに真剣に取り組んでいく決意の表れであろう。具体的に、奥山氏のミッションはどのようなものなのか。

「大きく4つのことをやっていきたいと考えています。1つ目はインフラの強化、2つ目がマスターデータの再構築も含めたレガシーシステムのモダナイゼーション、3つ目が先ほどのQuick-Win(クイック-ウィン)のような草の根のDXの推進、そして4つ目がデータのさらなる分析・活用による新しい付加価値の提供です」

社内情報を安全に管理するSoR(Systems of Record)と、自社と顧客とをつなぐSoE(Systems of Engagement)の両面から、さらに守りと攻めという全方位のDXを推進しようとしているわけだ。社内の機運は高まっているのだろうか。

「具体的な課題感は人によってまちまちですが、意識は高まっています。取締役 CDOの内示が出た後、本社の全取締役や部門長と、各地域のトップ25人ほどに話を聞きました。先ほどの4つの取り組みはその結果をまとめたものです」。相手の懐に飛び込み、真のニーズをつかみ、それに応えようとする、奥山氏の姿勢は先述の農家へのヒアリングと変わりはない。

4つの大きな取り組みテーマの中で「データのさらなる分析・活用による新しい付加価値の提供」は大きな可能性がある。どのようなテーマが考えられるのか。

「農機具でも建機でも、安全性に対する意識は非常に高まっています。IoTやジャイロなどを利用した転倒防止や、異常時の自動停止などの技術開発に力を入れていきます。また、少子高齢化にともない労働人口が不足しています。当社では『イージーオペレーション』と呼んでいますが、農作業などを自動化し、機械がアシストする技術もさらもニーズが高まると考えています。さらにはIoTを活用した製品そのものや生産ラインの故障予知や、デジタルで有望顧客を見つけ、アプローチを最適化するなど、データ分析による新たな付加価値の実現には大きな可能性があります」

奥山氏は、学生の教育にも力を注いでいる。2017年から立命館アジア太平洋大学(APU)にて講義を実施。2021年には受講生たちは、「ヤンマーにとってのDX戦略はどうあるべきか?」をテーマに課題を分析し、施策立案に挑んだ。この取り組みは、同社の採用にも良い影響を与えていると奥山氏は話す。
写真参照:立命館アジア太平洋大学(APU) HPより

その実現に当たって、やはり鍵になるが人材であろう。農作業や建設作業を理解した上で、AIやアナリティクスを使って課題を解決できる人材が必要になる。

奥山氏は「外部から採用する方法もあるのですが、今回、いろいろと検討していて分かったのは、どの事業部にもこのような分野に興味があり、勝手にノーコードでアプリをつくってしまうような人材がいることです」。そのような人材は各事業会社の中で孤立しがちだ。「そこで、本社としてうまく組織化して全体として底上げし、盛り上げていきたい。そういった人たちを各事業の中でコアにし、その人たちから横に伝播してもらうエバンジェリストのような形で全社の組織や文化のトランスフォーメーションにつなげていきたいと考えています」と期待を込めて語る。

「数年後、世の中の多くの人が、『ヤンマーってデジタルに強いよね』といった印象を持つような会社になることを目指します」と奥山氏は加えた。その言葉どおり、同社のDXの進捗に大いに注目したい。

 

ヤンマーホールディングス株式会社 取締役 CDO
奥山 博史(おくやま・ひろし)氏

大学院卒業後、総合商社に入社。化学品の営業として4年間勤務した後米国留学を経てスイスにある化学品トレーディング会社でCFO就任。4年後帰国し外資系戦略コンサルティングファームに7年勤務後ヤンマーホールデングスに入社。グループ全体の経営企画・マーケティング部門を担当したのち、建機事業を4年間率い、その後ホールディングスに戻り2022年6月取締役CDO(新設)に就任。ヤンマーグループ全体のデジタル化を次のステージに高めることによりお客様価値の飛躍的増大を目指す。理学修士・経営学修士(MBA)

(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣/下原  PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)

 
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