1つの楽譜から無限の音楽が生まれるように、 データから導かれる答えも一つではない ––データにもとづくマーケティング組織対談|前編 | データで越境者に寄り添うメディア データのじかん
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1つの楽譜から無限の音楽が生まれるように、 データから導かれる答えも一つではない ––データにもとづくマーケティング組織対談|前編

よいモノをつくれば売れる時代は過去のものとなり、さまざまな企業にマーケティング思考が求められるようになっている。ただ、日本企業は依然として過去の成功体験にしばられ変革ができていない。その要因はどこにあるのか。アドビでDXを推進する祖谷考克氏とウイングアーク1stでマーケティングを統括する久我温紀が意見を交換した。

         

(写真左)アドビ株式会社DXインターナショナルマーケティング本部 執行役員 本部長 祖谷 考克 氏
(写真右)ウイングアーク1st株式会社 マーケティング本部 執行役員 本部長 久我 温紀 氏

誤ったデータ至上主義に陥りつつある日本企業

久我:祖谷さんはかつてはビジネスコンサルタントとしてクライアントのデジタルビジネス推進を支援していただけでなく、現在はアドビ自体のDX戦略にも携わり、成果を上げています。サブスクリプション型ビジネスへの移行やBtoBマーケティングの推進も、過去のアドビから見ると新しい取り組みだと思います。
足元ではコロナ禍もあり、DX、デジタル化の文脈でのペーパーレス化などが一気に進みました。アドビの製品もその実現に向けて大いに貢献しています。その一方で、日本の企業の中には依然として、BtoBのセールスやマーケティングを不得意とするところも多いようです。要因はどこにあると考えていますか。

祖谷:まず近年の日本企業のDXに限って言うと、手段が目的化しているケースを見かけます。ペーパーレスにしても、紙をデジタルに置き換えることが主眼になってしまい、削減枚数などを目標にしています。
アナログなものをデジタルにする「デジタイゼーション(digitization)」にとどまってしまっていては、「デジタライゼーション(digitalization)」や「デジタルトランスフォーメーション(DX)」すなわち変革は起こりません。単なるデジタイゼーションでは、業務効率はよくなったりコストも削減できるかもしれませんが、新たな価値や顧客体験の創出に至るのは困難です。

久我:そもそも何のためにデジタル化をするのか、その前提として、自社の顧客は誰なのか、その顧客に対して、どのようなアプローチをすべきなのかといった議論がなされていないのでしょう。セールスにおいても、売り上げを上げるためにPDCAを回して分析をして改善するのではなく、とりあえず営業担当者の人数を増やすという発想に着地しがちです。本来であれば、営業担当者がどれくらい活動していて、人数が増えることによってそれがどれだけ成果につながるのか、ROI(投下資本利益率)の観点で仮説を立て、検証しなければなりません。ファクトというか、データにもとづく議論が非常に少ないことを懸念しています。

祖谷:それでいて日本企業は、「カスタマーサクセス」や「カスタマーデータプラットフォーム(CDP)」といった新しい概念は、好んで取り入れています。データ活用に関しても、経営幹部から「うちもデータを使って何かやれ」と言われ、目的もなく、とりあえずデータを収集しています。データを持つことによるリスクもあるはずですが……。

久我:「データドブリン経営」という言葉もバズワードになっていますね。先ほど、データにもとづく議論が少ないと言いましたが、逆にデータ至上主義に陥っている企業もあります。「データを用いれば答えが出てくる」という考え方です。

データからストーリーを見いだすことが大切

祖谷:データに「支配」されるのは危険です。というのも、データは人によって解釈が異なります。私は、子どものころから音楽をやっていて、中学の時に所属していたコーラス部は全国優勝したこともある強豪校(笑)でした。そんな経験もあり、大学では学生指揮者をやる機会にも恵まれました。音楽のスコア(楽譜)は、ある種のデータです。大昔から同じものを見て歌ったり演奏したりしています。ところが歌い手や指揮者、演奏者によって、表現されるものは大きく異なります。それは書いてあるスコアは限定的なデータであり、だからこそそこにどのような作曲者の意図が含まれているのかを読み取って表現するからです。

データについても同様だと思います。現状、私たちが見ているデータもそれだけで全てを把握できる「完全なもの」ではありません。そのため、同じデータを見ても、答えは一つに決まるものではありません。大切なのは、そのデータからどのようなストーリーを見いだすかということです。

久我:逆に、結論ありきで、それに合致するようなデータを探す人もいます。それでは本末転倒です。
ところで、祖谷さんが指摘されたように、データからストーリーが見いだせるような人材を育成するためには、どのような取り組みが必要でしょうか。

祖谷:短時間では難しいかもしれません。大切なのは、すぐに正解を求めない、ということかもしれません。例えば学校教育では、1+1は?といったように、みんなと同じ「一つの答え」にたどり着く設問がほとんどでした。こういった問いかけは一方通行のオペレーションのスピードを上げる上では効果的です。しかし一方で、一つの正解を求めるあまり、それ以外のさまざまな可能性を検証するという思考プロセスの育成には寄与しないと思います。特に変化の激しい時代では、これまで当たり前(=正解)だと思われていたことが突然そうではなくなってしまう、ということが頻発します。だからこそ正解を求める前にまずは一度立ち止まり、さまざまな可能性について検討の幅を広げる癖をつけることが重要に思えます。そういう意味でも、一人一人が異なる視点からアイデアを検討しあえるダイバーシティーな環境が必要になってきているのではないでしょうか。

久我:大手企業ではダイバーシティーの取り組みも進んでいます。リスキリングのための施策を実施するところも増えています。日本企業も徐々に変化しつつあるといったところでしょうか。40代以上のビジネスパーソンは「会社が変わらないのであれば辞めるしかない」と、危機感を持つ人も多いようです。

社員全員がマーケティング思考を持つべき

久我:これからの時代、企業で生き残る人材には、データにもとづくマーケティング思考ができることが大切だと思います。祖谷さんは、マーケティング思考とはどのようなものと考えていますか。

祖谷:私は、相手の視点で考えられる力だと捉えています。自分たちの会社の都合だけでなく、最終的に顧客に何をどのように届けるかというところまで責任を持って見る力とも言えるかもしれません。そしてそのためには論理的思考(ロジカルシンキング・垂直思考)だけでなく、水平思考(ラテラルシンキング)との組み合わせが大事なのではないかと考えています。

久我:ゴールからバックキャスト(逆算)して、今何をすべきか考えることもマーケティング思考に含まれそうですね。おそらく短期的な施策ではなく、本質を探った上での長期的なものになると思います。営業は目の前の敵を刈り取るような短期的な動きが求められますが、戦局を有利に進めるためには、長期的な視点が不可欠です。

祖谷:注意すべきは、先ほども触れましたが、日本企業は形から入りやすいということです。デジタルマーケティングが大事だから「デジタルマーケティング部」といった組織をつくって、そこにマーケティング活動をやらせようという企業があります。そもそもマーケティング思考とは、全員がマーケターであれという話なのだと私は思います。インターネット上のアクティビティー(活動)を統括する部門という意味ではそのような部署があってもいいのかもしれませんが、デジタルマーケティング部が全社のデジタル上でのマーケティングを全て担うというのは私にはおかしな話に思えます。
デジタルやマーケティングは、全ての活動・全ての部署において必要なものです。その意識を共有するために、語弊があるのを承知の上で、私はマーケティング部をなくすべきでは、と放言したこともあります。

久我:「形から入る」という点では、サブスクリプション(定額課金)サービスも注目されています。同じく注目されている「カスタマーサクセス経営」の実現のためには、PLG(Product-Led Growth:プロダクト主導型成長)戦略にもとづくリテンション(継続的な利用)モデルが重要だといわれます。そのために、サブスクがその前提となると考える人もいるようです。ただ、このあたりにも誤解がありそうです。

祖谷:その通りです。リテンションモデルはユーザーがその商品を使い続けたいと考えることにフォーカスするものであり、定額課金を実装するためのモデルのことではありません。株主などから「うちもサブスクにして売り上げを上げろ」と言われたり、新規事業としてサブスクに取り組んだりするケースもあるようですが、中には「単なる分割払い」になってしまっているケースも散見されます。それでは、ユーザーにとってもメリットはありません。

久我:たびたび議論される問題ですが、米国でも溢れるサブスクのサービスを無闇に取り入れるのではなく、各分野で自社に最適なシステムを取捨選択し選ぶ、ベスト・オブ・ブリード型を戦略として取る企業もあれば、企業内の情報システムをすべて同一ベンダーの製品でそろえるスイート型を取る企業もあります。どちらにしても、自社の分析をしっかりと行い最適なやり方を使い分けていくことです。将来的な付加価値の向上が約束できないのであれば、サブスクにする意味がありません。


アドビ株式会社DXインターナショナルマーケティング本部 執行役員 本部長
祖谷 考克 氏(写真左)
広告会社にてマーケティング領域全般のプロデュース業務に約15年従事。ブランドマーケティングだけでなく、デジタルコミュニケーション戦略立案、施策最適化など、デジタル領域でのプラニング/プロデュース業務も担う。2013年よりアドビに参画、ビジネスコンサルタントとして顧客のデジタルビジネスを推進。2018年、新組織デジタルストラテジーグループを日本で立ち上げ、経営視点からの中期的なデジタル変革の戦略策定を支援。2019年11月より現職。アドビのデジタルエクスペリエンス事業のマーケティングとインサイドセールスを統括。

ウイングアーク1st株式会社 マーケティング本部 執行役員 本部長
久我 温紀 氏 (写真右)
ウイングアーク創業時に事業へ参画。法人向けソフトウェアのアカウントセールスとして5期連続トップセールスを達成し、マネージャーに最年少で就任。成績不振の営業部門の再建に関わり全部門予算達成を実現、過去最大の事業成長を牽引する。2016年 営業統括責任者に就任。2017年 経営戦略担当を兼任し、2018年よりマーケティング統括責任者。2019年9月より現職。セールス&レベニューエヴァンジェリストとして、メディアへの寄稿や講演等を行う。


(取材・TEXT:JBPRESS+稲垣 PHOTO:Inoue Syuhei 企画・編集:野島光太郎)

 

 
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